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2019/12/09

京都晩秋行

赤山禅院
例年通り、11月末に京都へ出かけた。去年は11月中旬に行って、まだ紅葉には早すぎたので、今年は半月ほど遅らせてみた(遅らせすぎた、と言えるだろう)。最近はずっと春と秋の年2回、3泊4日と決めている。ほぼ3日間は目いっぱい使えるからだ。京都のホテルは最近予約しにくく値上がりが激しいが、リーズナブルな料金で、JRや地下鉄の駅に近く、便利で、かつできるだけ新しいホテルを選んでいる。歩き疲れて帰って寝るだけなので、高級ホテルは必要ないが、ホテルはやはり水回り、遮音など、できるだけ新しい方が一般的には快適に過ごせる。ただし時間も節約したいので、朝食付きが望ましいし、静かさという点からは、今だとアジア系観光客のできるだけ少ないホテルというのも要件だ。今回は初めて、京都駅八条口側の開業してまだ半年のホテルに宿泊したが、上記条件をほぼ満たした良いホテルだった。京都駅の南側はだいぶ開発されて昔のうらぶれた感じがなくなり、今はホテルラッシュですっかり様変わりしていた。変化から取り残されていた駅東側の崇仁地区も、京都市芸大が2023年に移転して来るということで、大掛かりな区画整備が進行中で、移行をスムースにするために、”崇仁新町” という期間限定の簡易屋台街が、行列で有名なラーメン店の向かい側に出現している。

石山寺
初日は関西在住の会社時代の先輩たちと会って、大津の石山寺に出かけ紅葉を楽しみ、瀬田川沿いを散策し、夜は近江牛料理で会食した。皆さん10歳も年長だが、まだまだお元気だ。石山寺は初めて行ったが、西国三十三所第13番札所という奈良時代創建の観音霊場で、紅葉のきれいなお寺だ。瀬田川は琵琶湖から流れ出る唯一の自然河川で、この辺りは大学のボート部などの漕艇場になっていて、広くゆったりとした穏やかな流れと周囲の景観が非常に美しい。この瀬田川がやがて宇治まで流れ下って、宇治川になるということを初めて知った(その後鴨川と合流して淀川)。関西人ではないので、地理的に琵琶湖と京都の南にある宇治という2地点が、これまでまったく結びつかなかったのだ。紫式部が『源氏物語』を起筆したのが石山寺だと言われているので、なるほど最後に宇治(十帖)ともつながっているのだ、と感心した。しかし、昨年の鞍馬寺、神護寺でも感じたが、平地は何でもないのだが、階段の多いこうした寺院は特に下りの足下が最近あやういと感じる。高所恐怖症のせいもあるが、高低差の大きな寺院巡りは、これからは遠慮することになりそうだ(先輩方のほうが、ずっとしっかりしているようで、我ながら情けない)。

実相院
2日目は洛北を目指した。まず出町柳から叡山電車で岩倉駅まで行って、そこから実相院(門跡)まで20分ほど歩いた。小さな川沿いのゆるい登りで、のんびりした良い道だ。ここは岩倉具視も一時居住していたことや、庭の紅葉が床に映る「床もみじ」で有名で、確かに美しいが、今は残念ながら内部からの写真撮影は禁止されている。それでも、やや遅い感もある紅葉と庭のたたずまいは美しい。それから修学院駅まで戻って、赤山禅院、修学院離宮(前のみ)、曼殊院という、お気に入りのコースを歩いて巡った。曼殊院(門跡)は昨秋も今春も行ったが、内部ももちろんだが、特にその外壁周りは、もみじが緑でも黄でも赤のときでも、苔の緑と調和していて、いつ訪れてもたたずまいが本当に美しい。ここは比叡山へと続く京都の東北の方角(鬼門)にあたり、高台なので風通しがよく、また京都市街の眺望や周囲の景色も良い。まだ自然も残されていて、何より春も秋も人が少なくひっそりとしているところがいい。観光客で一年中ごったがえしている嵯峨野あたりとは違い、家は増えたのだろうが、まだ昔の京都郊外のひなびた感じが味わえる場所だ。

曼殊院・外壁
周囲は他に圓光寺、詩仙堂など紅葉の見どころも多いが、今回は歩き疲れたのでスキップした。昼食は乗寺にある “ラーメン街道” と呼ばれる通り(なぜそうなったのかは不明)の某有名ラーメン店に行ってみた。生来、行列というものが大嫌いで、昔は並んで順番を待って食べるなどもってのほかだったのだが、最近は年のせいで多少気も長くなったのか、あまり苦にならなくなった(ヒマなこともある)。30分くらい並んでやっと食べたのが、ラーメンとカレー風味の鳥のから揚げという、人気のある微妙なセットメニューだったが、食べてみると、これが意外にうまくてあっさり完食してしまった。しかし、京料理の高級イメージに反して、京都には行列のできるラーメン店が昔からあちこちにあるようだが、いったいどういう歴史や背景があるのか不思議だ。「餃子の王将」も京都が発祥だし、よく言われるように、商人が多くて忙しいのでファストフードのニーズが昔からあったからなのか、貧乏学生が多いせいなのか。加えて最近は、行列に外国人観光客の姿もかなり見かけるので、安くて “ハズレのない” 食事として彼らの間で流行っていることも理由の一部なのかもしれない。

恵文社・一乗寺店
昼食後、一度行ってみたかった書店、恵文社・一乗寺店に寄ってみた。目利きのスタッフが厳選した本を並べ、小物類も販売しているというユニークな哲学で有名な書店だが、確かに外も内も個性的なたたずまいと味わいのある書店で、本好きにはたまらない雰囲気を持っている。ネットや今どきの巨大書店では絶対に味わえない、昔、街の書店に入るときに感じた、あの妙に胸がわくわくするような独特の気分を懐かしく思い出した。おまけに、そう多くはない音楽書コーナーに、私の訳書『セロニアス・モンク』と『パノニカ』の2冊が置いてあった(正直言って、これは単純に嬉しかった)。夜は、祇園の某有名居酒屋に偶然に入店できたのでそこで食事した。確かに料理も酒も旨い店だが、外国人が多いこともあって、常にわさわさして落ち着けないところと、客あしらいに多少の問題ありか(これは、まったくの個人的好みだが)。

京都市立植物園にて
翌日は、地下鉄で北山にある京都市立植物園へと向かった。ここも以前から一度行こうと思っていた場所で、紅葉もイチョウも、やや時期が遅いがきれいだった。ここは珍しい植物もたくさんあるし、何より広々していて開放的で、あまり京都らしくないところが逆にいい。流行っているのか、両手にストックを持った中高年がやたらと園内を歩いていた。健康増進のためらしいが、平地なのに妙な光景だった。

賀茂川の京都育ち(?) のサギ
北山通の進々堂で昼食をとり、植物園裏手の賀茂川沿いを歩いて南に下った。しかし大津の瀬田川もそうだったが、京都の高野川、賀茂川や鴨川は、どこも土手や河床がきれいに整備されて芝や桜や樹木が植えられ、広々とした公園のようでのんびりと散策できる。私の自宅近くを流れている川とは大違いだ。シラサギ、アオサギ、カワウ、セキレイなどは普段自宅くの川でよく見かけるので珍しくはないが、京都の池や川の水辺にいるサギたちは、サギにも京都ブランド(?)があるかのように、どういうわけか、そのたたずまいや動きまで、どこか上品で優雅に見えるから不思議だ(もちろん思い込み、なのだろうが)。それから、楽しみにしていた今宮神社名物の “あぶり餅” を久々に賞味しようと行ってみたのだが、なんと昔から向かい合わせで営業している店が2軒とも休日でがっかりした。他にもがっかりして帰る人たちを何人も見かけた。同じ日に休まず、別々の曜日を休日にしたらお互い商売的にもいいと思うのだが、なぜ同じ曜日なんだろうか? 仕方がないので、久々に隣の大徳寺の中をぶらつくことにしたが、その途中で、石田三成の墓所がある三玄院という塔頭を知った。帰りに千本通りの某有名居酒屋に寄りたかったが、予約なしでは入れそうもないので今回はあきらめた。

三十三間堂 長い…
翌日は東山方面に向かい、ずっと見損なっていた三十三間堂の内部を高校時代以来半世紀ぶりに見学した。昔のことは覚えていないが、あらためて観察すると、確かに一体一体表情の異なる千手観音像がずらりと並んだ内部の様子は壮観かつ荘厳で、本家の風神、雷神の彫像も含めて何かものすごいエネルギーというものを感じる。内部見学してみたかった隣の京都国立博物館はその週から公開は休止中で、入館できず。やむなく秀吉の大仏殿跡、方広寺の鐘、豊国神社(骨董市を開催)を見学し、甘春堂でぜんざいを食べ、六波羅蜜寺を通過、有名な幽霊飴屋で飴を買い(500円。これはナチュラルでうまい)、建仁寺の中を通って、花見小路、四条通を越え、最後に祇園の有名うどん店で柔らかめの ”京うどん” なるものを食べてから帰ろうと思ったら、なんとそこも休日で、仕方なく別の店へ入った(ツイていないが、店の休日が何曜日かは、よく確認しておくべきだったと反省)。

実質3日間の行程で、朝から晩まで1日平均2万歩近く歩いたのでかなりの距離だろう(歩き過ぎか)。今回は、できるだけこれまで行けなかった場所を訪ねる、というコンセプトだったはずだが、結局行ったのはいつもの場所が多く、まだまだ行っていない場所がかなりある。とはいえ、これまでに大方の場所には行ったはずなので、もうこれでいいかと毎回思うのだが、翌年の春や秋がやってくると、また行きたくなるのが京都の不思議だ(そういえば今回、来年流行りそうな明智光秀がらみの場所にいくのも忘れていたし…)。