/* Sitemap plugin By MyBloggerLab */ #bp_toc { color: #666; margin: 0 auto; padding: 0; border: 1px solid #d2d2d2; float: left; width: 100%; } span.toc-note { display: none; } #bp_toc tr:nth-child(2n) { background: #f5f5f5; } td.toc-entry-col1 a { font-weight: bold; font-size: 14px; } .toc-header-col1, .toc-header-col2, .toc-header-col3 { background:#9E9E9E; } .toc-header-col1 { padding: 10px; width: 250px; } .toc-header-col2 { padding: 10px; width: 75px; } .toc-header-col3 { padding: 10px; width: 125px; } .toc-header-col1 a:link, .toc-header-col1 a:visited, .toc-header-col2 a:link, .toc-header-col2 a:visited, .toc-header-col3 a:link, .toc-header-col3 a:visited { font-size: 13px; text-decoration: none; color: #fff; font-weight: 700; letter-spacing: 0.5px; } .toc-header-col1 a:hover, .toc-header-col2 a:hover, .toc-header-col3 a:hover { text-decoration: none; } .toc-entry-col1, .toc-entry-col2, .toc-entry-col3 { padding: 5px; padding-left: 5px; font-size: 12px; } .toc-entry-col1 a, .toc-entry-col2 a, .toc-entry-col3 a { color: #666; font-size: 13px; text-decoration: none } .toc-entry-col1 a:hover, .toc-entry-col2 a:hover, .toc-entry-col3 a:hover { text-decoration:underline; } #bp_toc table { width: 100%; margin: 0 auto; counter-reset: rowNumber; } .toc-entry-col1 { counter-increment: rowNumber; } #bp_toc table tr td.toc-entry-col1:first-child::before { content: counter(rowNumber); min-width: 1em; min-height: 3em; float: left; border-right: 1px solid #fff; text-align: center; padding: 0px 11px 1px 6px; margin-right: 15px; } td.toc-entry-col2 { text-align: center; }
ラベル Disks の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Disks の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026/03/29

ジャズ・バラードの森(9)Darn That Dream

例年春先の2,3月になると、毎晩のように面白い夢を見る。それもカラーで、面白いストーリーで、イヤな夢とかはほとんど見ない。シチュエーションや登場人物は、やはり会社員時代のこと、同僚とか先輩、後輩が多くて、基本的には仕事関係で、何か話し合っていることが多い。それと私の場合、仕事上の経験から海外で一人で外人に囲まれている会議の場なども多くて、そこでは英語で会話したり、議論している(何を喋っているのか、内容はもちろん覚えていないが)。こちらは懐かしく、楽し気なこともあるが、「難しい議論」をしていることもあって、目が覚めると、結構頭が疲れていることも多い。夢の中で、何と言おうか英語の表現を考えているからだろう。普通の日本人はみなそうだと思うが、今思えば、やはり海外でのそういう場は、かなりストレスがあったのだろうと想像する。

さて "ダーン・ザット・ドリーム Darn That Dream" も、「いったい何なんだ、あの夢は…」というニュアンスの曲である。Darnは"Damn"からの派生語と言われていて、「チクショー」とか、「チェッ」とかいう意味なので、昔は『いやな夢』という、ずいぶんあっさりした邦題までつけられていた。だがこの曲のタイトルは、悪夢とかそういう夢を指すのではなく、「別れた恋人が毎晩夢に現れて、私を抱きしめたりするけど、目が覚めると、そこにあなたはいない…。いったい何なのあの夢は…」という、切ない気持ちを唄った曲なのだ。Jimmy Van Heusen作曲、Eddie De Lange作詞で、1939年のブロードウェイ・ミュージカル『Swingin' the Dream』で初めて唄われた(この時代、1930/40年代のアメリカのポップスは本当に名曲が多い)。最初のヴォーカルはミルドレッド・ベイリーだったようだが、私はヴォーカルはビリー・ホリデイBillie Holidayのヴァージョンしか持っていない(マイルスの『クールの誕生』のケニー・ヘイグッドのヴォーカルは別)。収録されたアルバム『Body and Soul』は1957年の録音で、ノーマン・グランツが企画し、衰えつつあったホリデイの歌を、ベン・ウェブスター(ts)、ハリー"スウィーツ"エディソン(tp)、ジミー・ロウルズ(p)、バーニー・ケッセル(g)、レッド・ミッチェル(b)といった豪華布陣でバックアップしている。ホリデイの歌だけでなく、このバックのベテラン・ミュージシャンたちの、懐かしくも、豊潤で、リラックスした演奏を楽しめるのもこのアルバムの魅力だ。

私有の他のCDはインストばかりだが、やはりピアノがいちばん多い。ホーンではアート・ファーマー(tp)の『Art』や、デクスター・ゴードンDexter Gordon (ts)のブルーノート・レーベル収録のバラード・コンピ盤『Ballads』があって、後者は私の愛聴盤だ。この曲のオリジナル録音は『Daddy Plays the Horn』(1955)に収録されていて、ケニー・ドリュー(p)、リロイ・ヴィネガー(b)、ローレンンス・マラブル(ds)というワン・ホーン・カルテット。「朗々とした」という日本語がいちばんふさわしいのが、この時代のデクスター・ゴードンのテナー・サウンドだが、このバラード集では、どの曲からも、朗々としていながら、言葉にできない不器用な男のやるせないような哀愁が聞こえてくるデクスターのバラード・プレイは最高だ。特にこの曲は素晴らしい。

ビル・エヴァンスBill Evansとジム・ホール Jim Hall のデユオ『Undercurrent』(UA) における、密やかで、静謐で、それでいて緊張感に満ちた演奏は、この二人にしか作れない世界だ。しかし実はジャズ初心者の頃、この演奏が "Darn That Dream" だとはまったく気づいていなかった。二人のインタープレイによる曲の解体ぶりが見事すぎて、初心者の駄耳ではメロディさえもよく聞き取れていなかったからだ。ジム・ホールはデュオの名手だが、ビル・エヴァンスを相手に実にきめ細やかに、しかも常に空間、余白を感じさせるさすがの演奏を繰り広げている。このアルバム収録曲はどれも美しく、ジャズ・デュオの最高の手本というべき演奏がつまっている。

先日、テレ朝の『徹子の部屋』に渡辺貞夫氏が出演していた。93歳になるが元気に語り、演奏も聞かせていた。徹子氏が、自分のことを棚に上げて「いつまでもお元気で…」と驚いたように言っていたのがおかしかった(二人とも1933年生まれだ)。同年生まれのギタリスト中牟礼貞則氏は昨年まで元気にライヴ出演していたが、サポーターの写真家平口さんによると、最近体調を崩して入院したということだ(お元気になってまた演奏に復帰されることを祈っている)。ソニー・ロリンズ(1930年生まれ)は存命で95歳だが、もう10年以上前に演奏活動は休止している。ホーン奏者としては長生きだったリー・コニッツ(1927年生まれ)は、2020年にコロナのために92歳で亡くなった。パーカーは34歳、コルトレーンは40歳、マイルスは64歳没とホーン奏者はおしなべて短命だが、原因はほぼドラッグだ。長生きするジャズマンはドラッグの影響を回避できた人たちである。モンク(64歳没)もドラッグさえやっていなければ90歳までは生きたはずだ、と奥さんのネリーが言っている。さて、世界中でも最長老と言えるジャズ・ミュージシャンの一人は、渡辺貞夫の先輩だった我らが秋吉敏子氏(1929年生まれ97歳)である。私が最後に見た来日公演は2018年の「東京文化会館」での夫妻共演で、あれから7年以上経つが、昨年も元気に来日して演奏を披露している。1956年、26歳で単身渡米して以来70年以上を、米国のジャズシーンで生き抜いてきたまさにレジェンドである。その秋吉敏子が1994年にリリースしたアルバム『Night and Dream』(日本コロンビア)で "Darn That Dream" を取り上げている。この曲はMickey Roker(b), Peter Washington(ds)というトリオに、3管が加わったセクステットによる演奏。録音も良く、秋吉のピアノも美しく捉えられた好アルバムである。「理」の人、秋吉敏子によるクールなバラード演奏も一聴の価値がある。

手持ちのピアノ・トリオはホレス・パーラン、ジョン・ライト、大西順子、ソロは、レニー・トリスターノ、ピート・ジョーリー盤などがある。私は、ピアノはモンクとバド・パウエルを別格とすれば、凛とした気品のあるトミー・フラナガン、いぶし銀のバリー・ハリス、哀愁のデューク・ジョーダンという3人の名ピアニストが好きだ。この曲もピアノトリオでは、初期のデューク・ジョーダンによる『Duke Jordan Trio』(1954)での演奏が好きだ。ジョーダンはテクニックや華々しさはないピアニストだし、これもなんということもない地味なアルバムだが、"Embraceable You" とともに、ここでの"Darn That Dream" の、シンプルだがしみじみした演奏はとてもいい。この頃から60年代ヨーロッパ時代にかけてのデューク・ジョーダンは、とにかく「美メロ」製造機のようで、イントロから始まり、日本人好みのメロディが次から次へと出て来る。スローバラードを解体して、まったく別の曲のごとく再構成して演奏するのもジャズの魅力ではあるが、バラードは妙な技巧もひねりもいらない、名人が美しいメロディをそのまま弾けばいいのだ、と言っている典型的演奏。

ピアノのもう1枚は、セロニアス・モンクThelonious Monkのソロ。モンクは『The Unique Thelonious Monk』(1956 Riverside) では、トリオでこの曲を演奏しているが、15年後の1971年のヨーロッパ・ツアー時に、ロンドンで録音したBlack Lionレーベルの『London Collection Vol.1』というアルバムでもソロで演奏している。これはモンク最後の公式録音であり、ソロ演奏(録音)もこれが生涯最後だ。モンクはやはりソロが最高だと思う。「余計な音を加えるな。コードなんかどうでもいい。メロディをプレイするんだ」という、「メロディの髄」を弾くモンクの演奏思想をそのまま体現しているからだ。衰えた晩年のこの演奏でも、それは同じだ。モンクはこの曲 "Darn That Dream" のメロディが好きだったのだろう、一つ一つの「音」を慈しむように弾いていることがとてもよくわかる。Vol.1は全編ソロ演奏を集めたもので、静謐なスタジオに鳴り響くモンクのサウンドが美しい。アルバム最後の、曲とも言えない試奏 "Chordially" での、弾いていない、音のない空間という余白にも響き渡る音が聞こえてくる感覚は、まさにモンクのソロならではの世界だ。晩年のバド・パウエルもそうだったが、衰えた手指の多少のもたつきなど関係ない。天才のサウンドは技巧など超えているのである。

2026/02/28

ジャズ・バラードの森(8)Ruby, My Dear

2月17日はセロニアス・モンクThelonious Monkの命日だ(1982年没64歳)。モンクは亡くなるまでの最後の10年近く、ハドソン河をはさんだマンハッタン対岸ウィーホーケンの崖上に建つニカ夫人邸で暮らしていた。演奏活動は1976年を最後に終えている。モンクは生涯に70曲以上作曲している屈指のジャズ作曲家だが、モンクらしい難解で個性的な曲だけでなく、ジャズ・スタンダードになった美しいバラードも何曲か作っている。

いちばん有名なのは、もちろん "Round Midnight"だが、"Reflections", "Ask Me Now"などの優しくきれいな曲もあり、さらにこの "ルビー・マイ・ディア "も、モンクを代表する傑作バラードだ。私の訳書『セロニアス・モンク/独創のジャズ物語』(Robin Kelley著)では、タイトルの「ルビー」とは、モンクの姉の友人で、初恋の相手だった「ルビー・リチャードソン」のことだと言われているが(ルビー本人の写真も収載、長身の美人だ)、同時に、モンクが実際にそのルビーのことを想って書いたかどうかは分からない、とも書かれている。最初は"Manhattan Mood"という曲名だったが、後になってタイトルを変えたという話もある。まあ、モンクのことなので、みんな「謎」のままの方が楽しい。

モンクはこの曲を1945年頃に作曲し、自身の初録音は1947年(30歳)のBlue Note『Genius of Modern Music Vol. 1』で(Gene Ramey -b,  Art Blakey-dsとのトリオ)、その10年後1957年にRiversideの『Monk's Music』で、コールマン・ホーキンズ(ts)他との共演、さらに同年Jazzland盤の『wth John Coltrane』でコルトレーンと共演している(リリースは1961年)。さらに『Alone in San Francisco』(1959 Riverside)、『Solo Monk』(1965 Colombia)でソロ録音している。その後1967年の『パロ・アルト』ライヴ、1969年のパリでのカルテットのライヴ録音、そして1971年のロンドン(Black Lion)でのソロ録音が最後だ。好みだが、この中でこの曲の代表作を選ぶなら、やはり1957年録音のコルトレーンとの共演盤だろうか。ドラッグが理由で、マイルスバンドをクビになったコルトレーンをモンクが雇い、「ファイブスポット」出演による特訓中に録音された演奏で、コルトレーンにPrestigeとの契約があったためRiversideから出せずに、サブ・レーベルだったJazzlandから4年後にリリースされたもの。コルトレーンはその期間に、モンクからバラード演奏の何たるかも学んだといい、覚醒しつつあった飛躍前のコルトレーンとモンクの貴重な共演だ。ベースはWilbur Ware、ドラムスはShadow Wilson。

モンク以外のピアノだと、まずはバド・パウエルのヨーロッパ録音『Portrait of Thelonious』(録音1961/リリース1965)だろう。私がこの曲を知ったのも、実はこのアルバムを聴いてからだ。疑似ライヴ録音だが、音質も良く、当時としてはパウエルの調子も悪くないので、昔からの愛聴盤だ。モンクとパウエルは兄弟のような付き合いをしていて、パウエルはモンクから多くを学んでいたが、師匠の曲を弾かせたらモンク以上だったと言われている。ただし、パウエルのモンク作品録音記録はほとんどない。このアルバムは、パウエルがそのモンク作品だけを演奏した貴重な記録なのだ。メンバーはPierre Michelot (b)、Kenny Clarke (ds)というパリ在住のミュージシャンによるトリオ、モダンなアルバムジャケットは、二人を支えていたあのニカ夫人が描いた抽象画である。

パウエル以外の私有のアノ・トリオでは、ケニー・ドリュー、ランディ・ウェストン、ジョン・ヒックス、マッコイ・タイナーの各バージョンがあって、それぞれ個性的で楽しめるが、60年代にヨーロッパに移住する前、ニューヨーク時代のドリューが残したクラシックなピアノ・トリオの秀作『Kenny Drew Trio』(1956 Riverside)が、アルバム全体の出来も含めて個人的にはいちばん好みだ(Paul Chambers-b, Philie Joe Jones-ds)。ロリンズ伝記『Saxophone Colossus』には、若きロリンズとパウエルの他、ハーレム時代のケニー・ドリューたちとのワイルドなエピソードが出て来て興味深い。ドリューはパウエルと同じくクラシック・ピアノの素養があり、NYCの音楽芸術高校を卒業した神童だった。

ポール・モチアンPaul Motian (ds)が、ジョー・ロヴァーノ Joe Lovano (ts)、ビル・フリゼール Bill Friesell (g)とベースレス・トリオで全10曲モンク作品だけに挑戦した『Monk in Motian』(1988)が好きだ。モンク本人が聴いたら一番喜びそうなモンク・トリビュート・アルバムのような気がする。モチアンの叩くドラムス上に漂うような、浮遊感のあるロヴァーノ、フリゼールのプレイが新鮮で、特にフリゼールのアブストラクトなプレイが素晴らしい。そこにジェリ・アレンGeri Allen(p)とデューイ・レッドマンDewy Redman(ts)が各2曲ずつ客演し、"Ruby, My Dear" にはジェリ・アレンが参加してカルテットとなり、モンキッシュなピアノでモンク・ワールドをさらに陰翳濃く表現している。このアルバムは、他のモンク曲も(モンク好きなら)すべて楽しめる。

モンク自身、ビッグ・バンドで自作曲に3度挑戦しているが、モンクの曲は大編成バンドでやると非常に魅力的な音楽になる「可能性」があるのだ。ただし当然だが複雑で難しすぎるので、挑戦するミュージシャンが少ないのが残念だ。スタン・ケントン楽団にいた西海岸の作編曲家ビル・ホルマンBill Holmanの『Brilliant Corners: The Music Of Thelonious Monk』(1997)は、20世紀で唯一ビッグバンドでその世界に挑戦したアルバムで、演奏も非常にクオリティが高く、ゴージャスで楽しめる。2010年代には、ジョン・ビーズリーJohn Beasleyがビッグバンド『Monk'estra』を結成して何枚か同名アルバムをリリースしている。もう1枚は、気鋭の狭間美帆が率いるオランダのメトロポール・オーケストラ・ビッグバンドのライヴ盤『The Monk: Live at Bimhouse』だ。こちらはモンク生誕100年という2017年に録音されたトリビュート・アルバム。"Ruby, My Dear" はビル・ホルマンと狭間の両アルバムで取り上げられている。曲自体はモンクにしては素直で美しいメロディを持つ曲なので、アレンジも演奏難度も、そう高くないかもしれないが、さすがに狭間のオーケストラ・アレンジとサウンドは全体にモダンで聴きやすい。

この曲はもちろん、モンクがインストルメンタルとして作曲したものだが、後年Sally Swisherが歌詞をつけたヴォーカル・ヴァージョンも録音され、"Dear Ruby" というタイトルで何枚かリリースされている。私が持っているのは、『 Carmen Sings Monk』 (1990)のカーメン・マクレーCarmen McRae、T.S.Monkの『 Monk on Monk』 (1997) でのケヴィン・マホガニーKevin Mahogany、さらにJohn Beasleyの『Monk'estra Vol.2』(2017) でのダイアン・リーヴスDianne Reevesの3つのヴァージョンだ。唄うのは結構難しい曲だと思うし、どれがいいかは好みによるだろうが、やはりこの3枚でいちばんジャズ&モンクを感じるのは、大御所カーメン・マクレーのヴァージョンだろう。このレコードは全部がモンクの作曲した作品であり、クリフォード・ジョーダン(ts)、ジョージ・ムラーツ(b)、アル・フォスター(ds)他の参加で、全曲でカーメンの円熟の歌唱も楽しめる。またこのCDは録音も非常に良いので気持ちがいい。カーメンはこのアルバムで1990年グラミー賞「Best Jazz Vocal Performance - Female」にノミネートされている。

2026/01/28

ジャズ・バラードの森(7)ソニー・ロリンズ  

現在95歳のソニー・ロリンズ Sonny Rollins の伝記『Saxophone Colossus』(Aidan Levy著)の邦訳版が今春、亜紀書房からようやく出版される見通しとなった。原書は800ページ近い大作なので、訳書も900ページ近い大著になり、翻訳開始から出版まで、やはり3年かかってしまった。それまでロリンズのレコードをそれほど集中して聴いた記憶はないが、コニッツやモンク、レイシーの時と同じように、翻訳中はロリンズの録音をずっと聞きまくっていた。バラードに関しては、コルトレーンにはそのものズバリの『Ballads』(1963 Impulse!) というアルバムがあるし、マイルス、コルトレーン、デクスター・ゴードンなどには、バラード演奏だけを集めたコンピレーションCDが以前からあるが、ロリンズ版は見たことがなかった。念のために調べたら、2002年に『Ballads』というUK盤が出ているが、それはデクスターと同じくBlue Note の録音だけを集めたものだ。『Saxophone Colossus』(1956 Prestige) の "You Don't Know What Love Is" のように超有名なバラード演奏はあるが、他のロリンズのバラードは、ロリンズのファンを除けば、これまで意外と聞かれて(知られて)いなかったような気がする。というわけで、この数年集中して聴いてきて、私が改めて気に入ったロリンズのバラード演奏を以下に紹介したい。

ロリンズと言えば、豪快で男性的なサウンドのテナーサックスで有名だ。スタン・ゲッツのソフトで流麗なサウンドや、コルトレーンの端正で透き通ったテナー・サウンドに比べると、バラード・プレイでもロリンズのサウンドは分厚く、個性的タンギング奏法ゆえに、引っかかりが多いゴツゴツした感触のプレイが多い印象がある。だが一方で、そのサウンドからは他の奏者にはない、深いエモーションと、「物語性」を強く感じさせる濃厚な人間的味わい、歌心がある。そしてポピュラーソングの知識が半端ないので、選曲がユニークで、誰でも知っているような単なるスタンダード曲ではなく、「アメリカン・ソングブック」の隅から引っ張り出してきたような珍しい曲を演奏することが多いのも特長だ。

ロリンズの初リーダー作が、26歳のときの『Sonny Rollins with The Modern Jazz Quartet』(1956 Prestige)で、MJQとの共演4曲(録音1953年)と 、ケニー・ドリュー(p)、パーシー・ヒース(b)、アート・ブレイキー(ds)というトリオ他(1曲マイルスがピアノを弾くという珍品も入っている)との9曲(録音1951年)のセッションを1枚にまとめたコンピアルバムだ。とても20代前半とは思えない、ロリンズの滑らかかつ骨太のワンホーン・テナーが、ミディアム・テンポとスロー・バラードの全編にわたって心地よく響く名盤である。LPが主流になる以前で、全曲3分前後という短さも気持ちよく聞ける理由の一つだ。バラードではMJQとの "In a  Sentimental Mood" が実に良い味を出しているが、ケニー・ドリュー・トリオをバックにした"Time on My Hands", "This Love of Mine"という2曲もリラックスして余裕綽々の若きロリンズの歌声が聞こえてくる。「"モダン・ジャズ"というものを聞いてみたい」という人には、真っ先にこのアルバムを勧める。

Prestige2枚目となるリーダー作が『Moving Out』(1956 )。これも1954年の2回のセッションのコンピで、"More Than You Know" 1曲だけセロニアス・モンクがピアノで参加している。他の4曲は、ケニー・ドーハム(tp)、エルモ・ホープ(p)、パーシー・ヒース(b)、アート・ブレイキー(ds)による2管クインテット。モンクの入った"More Than You Know" は、いかにもモンク的なバラード演奏で味わいがあるが、このアルバムで最も印象に残るバラード曲はやはり"Silk 'N' Satin"だ。メランコリックな曲調のこの曲はロリンズ作とされているが、何かインスパイアされた原曲があるのだろう(フランスのHenri Herpin作 "(All of a Sudden)My Heart Sings" を改作したと言われている)。ホレス・シルヴァーかと思ったら、エルモ・ホープだったラテン風味の哀感のあるピアノ、ロリンズのテナーとも素晴らしい。ハードボイルドな印象があるロリンズだが、実はメランコリックな曲が好きなんだと自分でも言っている。

『Tenor Madness』(1956 Prestige) は『Saxophone Colossus』(1956年6月録音/57年リリース)の1ヶ月前(同年5月)に同じヴァン・ゲルダー・スタジオで録音されているが、メンバーが異なり、レッド・ガーランド(p)、ポール・チェンバース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)という当時のマイルス・クインテットのリズム・セクションとの4曲に、12分に及ぶタイトル曲のみコルトレーンがゲスト参加した2管クインテットというアルバムだ。ケンタッキーの麻薬農場での4ヶ月強の治療を経て、ヘロインを克服して1955年に復帰したロリンズは、精神・体力ともに当時はまさに絶好調で、まずはクリフォード・ブラウンとマックス・ローチの双頭バンドに参加する。4歳年長のコルトレーンの遥か前を文字通り突っ走っていた時期であり、ライヴァルだったロリンズvsトレーンが唯一競演した曲 "Tenor Madness" を収録したアルバムである。バラード "My Reverie" はドビュッシーのピアノ曲『夢想』(1890) のメロディを基にして、1938年にラリー・クリントンが作詞して米国でヒットしたジャズ&ポピュラー曲だ。ドビュッシーのメロディ、和声はジャズに通じるところが多く、多くのミュージシャンをインスパイアしてきた。これはそのロリンズ流解釈。

『Sonny Rollins Vol.1』(1957 Blue Note)は、ロリンズのブルーノート第1作で、リリースは1957年だが、録音は1956年12月16日である。ということは、同年6月26日のクリフォード・ブラウンの自動車事故死の約半年後になる。5,6月の上記Prestigeの2作録音の直後、ブラウンとリッチー・パウエル(p)を同時に失って呆然自失状態だったブラウン・ローチ・クインテットにまだ在籍中の録音である。ブラウンに代わったドナルド・バード(tp)、パウエルに代わりウィントン・ケリー(p)、ベースにはジーン・ラメイをロリンズは雇った。ロリンズはその後徐々に、ピアニストとドラマーの選択に厳しくなってゆくが、カリブ出身のウィントン・ケリーとは、モンクと同じくリズム面での相性が良く、気分よく吹いているのが分かる。このアルバムは5曲のうち4曲がオリジナルで、唯一のスタンダードがバラード "How Are Things in Glocca Morra" 。ブロードウェイ・ミュージカル『フィニアンの虹』(1947) の主題歌で、ロリンズ好みのゆったりとした美しいメロディを持つ曲だ。

ある意味寄せ集めのブローイング・セッションだが、集まったのがスーパースターたちなので、文句なくモダン・ジャズの超名盤になったのが『Sonny Rollins Vol.2』(1957 Blue Note)。J.J.ジョンソン(tb)、セロニアス・モンク/ホレス・シルヴァー(p)、ポール・チェンバース(b)、アート・ブレイキー(ds)という超豪華布陣で、時代がハードバップ全盛期となると悪かろうはずがない。"Misterioso", "Reflections"という、モンクのブルースとバラードの名曲が入り、しかもモンクは若きロリンズ(高校時代)の師匠だったわけで、この二人の息の合い方、間(ま)の取り方は絶妙だ。マイルスの『Kind of Blue』(1959)がモードというコンセプチュャル・ジャズ・アルバムの最高峰なら、この『Rollins Vol.2』は、ジャケット写真のカッコよさと共に、フリー・ブローイング・ハードバップ・アルバムの最高峰だろう。バラード "Poor Butterfly" はプッチーニのオペラ『蝶々夫人』に触発されて、Raymond Hubbellが1916年に作曲し、ブロードウェイのショーで唄われた。タイトル通り、哀切さを感じさせる1曲だ。この曲ではシルヴァーがピアノを弾いているが、ロリンズ以前だと、アート・テイタム(1945)、エロル・ガーナー(1951)というピアニストが録音している。サックス奏者ではキャノンボール・アダレイ(1959)、ポール・デスモンド(1963)が取り上げているが、いずれもこのロリンズ版の後だ。この曲を選んだのがロリンズ本人なのかどうかは不明(おそらくそうだろうと思う)。

50年代からのもう1枚は、ピアニスト、ソニー・クラーク Sonny Clarkと共演した『The Sound of Sonny』(1957 Riverside)だ。パーシー・ヒースとポール・チェンバース がベース、ロイ・ヘインズがドラムスというと、わくわくするようなアルバムを期待するが、全体に軽快な演奏が多い普通のハードバップ・アルバムだ。クラークは名盤『Cool Struttin'』(1958 Blue Note) 参加の前年であり、ロリンズもクラークも調子が良い時期で、気負うことなくリラックスした演奏に終始している。唯一のバラードが "What Is There to Say?" (by Vernon Duke, E.Y. "Yip" Harburg)で、中盤でコロコロとしたクラークの気持ちの良いピアノソロも聴けるが、気のせいか、何となく全体にロリンズのプレイと溶け合っていないような感じがする。ロリンズは1957年6月のこのアルバムの直前3月に、西海岸でピアノレスの『Way Out West』、直後の11月に同じくピアノレスのライヴ盤『Village Vangurd』を録音している。このアルバムでも2曲はピアノレスだ。したがって本アルバムあたりを境にして、ピアノレスの演奏とアルバムが増えてくる。演奏中に、自分の頭の中で鳴っている和声(コード)と、ピアニストの弾くコードが衝突することに段々我慢できなくなっていったようだ。

ここに挙げた7枚のレコードはいずれも1950年代、すなわちロリンズが20歳代の録音の一部であり、しかもこれらのバラード曲に限らず、数多くの圧倒的名演があることを考えると、あらためてジャズ史におけるソニー・ロリンズの偉大さが見えてくる。しかし「橋」への隠遁以降、1960年代になるとモードやフリーへとジャズ自体も多様化し、ロリンズの演奏スタイルも変化してゆく。その時代以降のバラード演奏については、別途まとめて紹介したい。

2025/12/24

ジャズ・バラードの森(6)I Get Along Without You Very Well

「自動からくり人形」が主演するボックス・シアター という、唯一無二のコンパクト夢幻劇場を製作し続ける「ムットーニ」こと武藤政彦氏は知る人ぞ知るアーティストだ。オルゴールを拡大、複雑化、豪華絢爛にした創作アートというコンセプトが近いのだろうが、ノスタルジーとロマンに満ちた作品群は、世界のどこにもない独創的アートとしての魅力に溢れていて、一度でも見たことのある人は、その美しさと面白さに夢中になる。特に日本人は、人形浄瑠璃以来の人形好きで、抵抗なく人形物語に感情移入しやすいので、世代を問わず人形アートが好きだ(たとえばNHKの昔の人形劇「平家物語」などは、その素晴らしさに感動したものだ)。現代版人形劇とも言えるムットーニ作品の素晴らしさは、自動(機械式)人形の造形の美しさとその精密な動き、シアター全体の色彩と光、物語性などいろいろあるのだが、欠かせない重要な要素の一つは、オルゴールがそうであるように、その「サウンド」である。ジャズ、クラシック、ラテン系音楽、シャンソンなど多彩だが、いずれも作者の趣味とこだわりが強く感じられ、作品の物語性と音楽が見事に調和し、しかもあの小さなステージ(箱)から、びっくりするような実に素晴らしいサウンドが流れてくるのである。女性ファンが多いようなので、このサウンドの魅力が十分に伝わっているかどうか分からないが、オーディオ好きなら、すぐにその魅力が分かるだろう。ムットーニ氏は、オーディオにも相当なこだわりと技術をお持ちのようだ(どんなスピーカーやアンプを使っているのか興味がある)。

ヘル・パラダイス(2018年部分)
作品は関東では世田谷、前橋等の美術館で常設されているようだが、八王子市夢美術館は2009年以来、数年おきにムットーニの特集展「ムットーニワールドからくりシアター」を開催しており、昨年に続き、規模は小さいながら2025年も11月末から「セレクション」として開催されたので、今回も行ってきた(これで4回目だ)。夢美術館に寄託された六作の小品展示に加えて、密林の秘密の劇場で、歌姫とバンドがサルサのリズムで踊り唄う「ジャングル・パラダイス」、真夜中に地底から現れる妖怪骸骨バンドのマンボをバックに美女が唄う「ヘル・パラダイス」、未来の宇宙船内で地球の20世紀のビッグバンド・ジャズとヴォーカルが上演される「サテライト・キャバレー」、さらにパイプオルガンと合唱の荘厳なサウンドと、天使の昇天が美しい「カンターテ・ドミノ」など、お馴染みの幻想的で、楽しくも美しい大型作品が今回も展示されていた。加えて、2025年の最新作として展示されていたのが「スケッチング・スカイスクレーパーズ(Sketching Skyscrapers)」という、スカイスクレイパー(摩天楼)・シリーズの新作だ。

スケッチング・スカイスクレーパーズ
2025年部分 作家蔵
摩天楼をバックに、別れた恋人への追憶と、その思いを断ち切ろうとしている主人公(女性)、公園のベンチに座る彼女の背後に現れる昔の恋人(男性)、背景として昼から夜、現在から過去へと変化してゆく高層ビル群の形、窓、色彩、光、そして青く広い夜空が実に美しく描かれるロマンチックな作品だ。この作品で使われている音楽が、チェット・ベイカー Chet Bakerの歌だった。それは分かったが、人形の動きとか造形、色彩に気を取られて、会場で1回聴いただけなので歌詞もよく聞いていなかった。そこで家に帰ってから確認すると、あの名盤『Chet Baker Sings』(1954/56 Pacific)に入っている有名曲 "I Get Along Without You Very Well" だった。昔さんざん聴いたアルバムだが、しばらくまともに聞いていなかったので、この曲のことはすっかり忘れていた。実は、知ったかぶりして書いた上記の追憶ストーリーは、この曲の歌詞を読んで、なるほどと合点が行ったものだ。つまり「あなたがいなくても、ちゃんとやっている…でも…」と、別れた恋人のことを何とか忘れようとしているが、静かな雨が降る日や、名前を聞いたりするとつい心が揺れる…という女性の追憶と葛藤が描かれた曲なのだ。ムットーニさんの作品は、この曲をモチーフにして作ったものだと分かった。「スケッチング・スカイスクレーパーズ」は、物語と曲とチェットのヴォーカルの美しさがマッチして、とにかく抒情的で素晴らしい作品だ。最初に見終わった後、思わず拍手してしまったくらいだ。

しかし、自宅に戻って聴いた私有ヴァージョンと、ムットーニ展で聞こえた音楽がどこか違うなと感じた。思い出してみると、ムットーニ版ではチェットのヴォーカルの後に、確かトランペットのソロが1コーラス入り、またヴォーカルに戻って終わったはずなのだが、私の所有音源ではトランペットの部分がなく、ヴォーカルだけなのだ。これは約3分の演奏で、ネットでもいろいろ調べてみたが、ヴォーカルとトランペットを両方演奏しているチェットのヴァージョン(つまり3分よりずっと長い)はどうしても見つからなかった。みんな同じ約3分ヴァージョンである。AIにも質問してみたが、やはり「ありません」というそっけない回答(?)だった。そもそもオリジナルは1954年のモノ録音なので、LPレコード(33回転)初期で、ジャズもまだ大半がSP盤(78回転)で3分内に収まるように演奏していたようだ。ということは、ひょっとしてあの音楽も、ムットーニさんが作品のために制作、編集した特別ヴァージョンなのだろうか? ヴォカールに続くトランペット演奏も、まさかトランペットも吹くというムットーニさんなのか!? 謎だが、ムットーニ作品では、この例に限らず、どうも背景音楽もまた相当作者の手が加えられているのではないかと思った。実は、今回はその確認のためもあって、もう一度見に行き(入場料は安価なので)、そのときに初めてムットーニさんの、活動弁士さながらのプレゼン付き上演会を拝見・拝聴した(前方の観客はみんな床に座って見るので、昔懐かしい子供の頃の紙芝居を思い出した)。そこでトランペットのコーラス部分を確認し、上演後、その疑問をご本人に直説確認したところ、やはり私の推量がほぼ当たっていることが分かった。(詳細は企業秘密なので、書けないが…)

その後、この曲について調べたら、作曲は "Stardust" や "Georgia on My Mind" 、"Nearness of You"など、名曲をたくさん書いているホーギー・カーマイケル Hoagy Carmichael (1899-1981)だが、作詞はジェーン・ブラウン・トンプソンJane Brown Thompsonというほぼ無名の女性詩人だということが分かった。ショパンの "ノクターン" から着想したらしいというロマンチックなメロディだが、当初は作詞者が不明で、カーマイケルは発表(1939年)するにあたって、作詞者不詳のままではいけないということで、友人のラジオ・コメンテーター、ウォルター・ウィンチェルにも依頼してラジオ放送を通じて何度も呼びかけ、ようやく約1ヶ月後に、老人ホームに入居していた71歳の未亡人トンプソンを見つけるのだが、契約した1ヶ月後に彼女は亡くなってしまったのだそうだ(この伝説には諸説あり)。

I Thought About You
A Tribute to Chet Baker
Eliane Elias (2013)
私有CDデータをチェックしたら、ビリー・ホリデイ(『Lady in Satin』 1958)、ニーナ・シモン (『NIna Simone and Piano』 1969)、レナータ・マウロ(『Ballads』 1972年?)、ダイアナ・クラール(『The Look of Love』2001)という4枚が見つかったが、チェット盤以外は全員女性歌手だ。ところが女性の歌なのに、ホリデイもシモンもクラールも、女性が唄うと、なんだか妙にサッパリしてしまって、チェットの歌から感じられるあの濃密で、細やかな感情の起伏があまり感じられないのである。その後調べてみると、カーマイケル自身やフランク・シナトラ、マット・モンローなどの男性ヴォーカル・ヴァージョンもあるが、そもそも女性詩人が書いた上記の詩が原詞でもあり、歌詞全体を読んでも、やはりムットーニさんが描いたように女性主人公の方がしっくりとくる曲だ。ついでに、YouTubeにアップされている同曲の歌唱(素人含めて何十もある)を聞きまくってみたが、男性はもちろん、女性歌手もみな同じようなもので、どれもピンと来ない。特にアメリカ人女性ヴォーカルは全滅だ。そもそもこの曲は、その曲想からして、シナトラみたいに高らかに唄い挙げたり、楽しそうに唄うような曲ではなく、ひそやかに、あるいはつぶやくようにその「心情」を唄うのが正解だろう(1930年代のアメリカ人女性には、そうした心情がまだ多少残っていたものと推察される)。

My Ideal
A Tribute to Chet Baker Sings
Amos Lee (2022)

私見だが、カーマイケルの曲はどれもメロディそのものが美しいので、ヴォーカルもインストも、変にジャズ的にいじったり、妙なアレンジをせずに、原曲を生かしてできるだけシンプルに演奏する方がいいのだ。そこに「適度に」ジャズの香りを取り入れると、さらに洗練され、原曲の美しさと心地よさが倍増するのである。『チェット・ベイカー・シングス』では、チェットの中性的美声のバックで流れる、ラス・フリーマン Russ Freeman の西海岸風のさらりとしたピアノ・トリオのおかげで、ただのきれいなポピュラー曲ではなく、ジャズ・ミュージシャンならではのジャズのスパイス配分が絶妙で、そこが非常に効いている。現代の歌唱をいろいろ聞いた限り、強いてあげれば、イリアーヌ・イリアス Eliane Elias と、エイモス・リー Amos Lee というアメリカのポップスの男性歌手の二人がまあまあかと思った。イリアーヌはブラジル人だが、弾き語りピアノを含めて、独特の抑えた歌唱にいちばん雰囲気があるし、エイモス・リーは "Nearness of You" を唄ったジェイムズ・テイラー James Taylorと同じで、ジャズ風のアレンジをバックに、透き通ったさらりとした高音の美声で素直に唄うところが、カーマイケル作品に合っていると思う。ちなみに、このCDは2作とも、チェット・ベイカーへの"トリビュート"であるところが、その表現と関係しているのだろう。

しかし、はっきり言って、1954年のチェット・ベイカーをしのぐヴォーカルは一つもなかった。何と言っても、久々に聴いた若きチェット・ベイカーの、本当に繊細で密やかなヴォーカルとアレンジは絶品だと改めて思った。いつの時代も、チェットの歌の魅力にハマるジャズファンが絶えないのがよくわかる。ただしオリジナルは3分と、あまりに短いので、あれ以来ムットーニ版で聞ける、ヴォーカルに続くチェットのトランペットのコーラスがどうしても続けて聴きたくなるので困る。

2025/09/18

ジャズ・バラードの森(5)Blame It on My Youth

 "ブレイム・イット・オン・マイ・ユース Blame It on My Youth"は、1934年に作曲された古いバラード(曲 Oscar Levant、詞 Edward Heyman)。「あれも、これも、若さゆえの……」という歌詞で、タイトル通り、どう訳しても日本語なら『若気の至り』しかないだろう。誰しもそうかもしれないが、思い起こせば私も「若気の至り」が山ほどあって、入りたい穴がいくつあっても足りないくらいだ。しかし、人間若いころは本当にバカなことを言ったり、したりするものだと思う。反省するしかない(もう遅いが)。

After Midnight (1957)
Nat King Cole
私有ヴォーカルではナット・キング・コール Nat King Coleの『After Midnight』 (1957)、クリス・コナーChris Connorの『This is Chris』(1956)、チェット・ベイカーChet Bakerの『Let's Get Lost』(1989)の3枚がある。女性ヴォーカルではクリスのハスキーな歌声もいいが、恋愛に関わる若気の至りという内容からして、やはり男性歌手の方が似合うと思う。したがって個人的には、ナット・キング・コールの永遠の名盤『After Midnight』のヴァージョンが好きだ。コールはピアノの名手であり(元々ピアニストだった)、このレコードでも、”Route 66" や "Candyなど、懐かしく豊かな1950年代アメリカを象徴するような明るく、スウィンギングなピアノとヴォーカルが最高だ。この曲 ”Blame It....”を、コールは甘くハスキーな声で、ゆったりと唄いあげている。

The Cure (1990)
Keith Jarret
”Blame It on My Youth”という曲自体は、歌詞もメロディも、あの時代らしいシンプルな美曲で、特にどうということはない楽曲だと思うが、ライヴ・アルバム『The Cure』(1990 ECM)で、
その単純な曲を素晴らしいジャズ・バラード演奏に昇華させたのがキース・ジャレット Keith Jarrett だ。それ以前にはこの曲のピアノトリオでの演奏は見当たらないので、『The Cure』でのキースのスタンダード・トリオ(Gary Peacock-b, Jack DeJohnette-ds)によるライヴ演奏(NYタウンホール)によって、それ以降この曲はジャズ・ピアノのスタンダードになり、様々なピアニストが取り上げるようになったのだと思う。キースは90年代になって一度病に倒れた後、1997年のソロアルバム『The Melody at Night, with You』で、再度この曲を取り上げていて、そちらも心に沁みる良い演奏だ。『The Cure』で、中盤のゲイリー・ピーコックのベースソロの後、徐々に美しく高揚してゆくキースの耽美的演奏は、本当にため息が出るほど素晴らしい。キースには美しいバラード演奏がたくさんあるが、これは同じくライヴ・アルバム『Tribute』(1990)での"Ballad of the Sad Young Men"と並び、キースの私的ベスト・バラードである。

The Art of the Trio Vol 1 (1997)
Brad Mehldau
おそらくキースの演奏に最初に触発されたピアニストがブラッド・メルドーBrad Mehldau で、『
The Art of the Trio Vol.1』(1997)でこの曲に初挑戦している。流れるような美しいメロディの奔流で、まるで別の曲のように格調高く仕上げてゆくキースの演奏に対して、メルドーは独特のリズムをベースにした寡黙な演奏で、余白と間合いをたっぷりと取り入れながら、訥々と、繊細にこの曲を仕上げている。他の曲を含めて、このCDを聞いただけで、メルドーがキースを含めた20世紀の他のジャズ・ピアノ奏者たちとは違う独特のフィーリングとコンセプトを持ったピアニストであることがよくわかる。

Minor Meeting (2001)
Carsten Dahl

もう1枚のピアノ・トリオは、日本のマシュマロ・レーベル(Marshmallow Records )からリリースされたデンマークのピアニスト、
カーステン・ダールCarsten Dahl トリオの『マイナー・ミーティングMinor Meeting』(2001)だ(Jesper Lundgaard-b、Alex Riel-ds)。ダールは元ドラマーで、デンマークを代表するピアニストであり、今は絵画も手掛ける芸術家。ジャケット写真がジャズっぽくないのが残念だが、内容はバラード系のスタンダード曲を集めたもの。このCDは録音が独特で、ピアノもベースもエコーがかなり強めだが、逆にそれがこの曲の耽美的性格を強調しているので、そういうサウンドが好みの人にとってはいいかもしれない。この人の演奏はどの曲にも不思議な感覚がある。ダールの作品は、同じくマシュマロからリリースした『ブルー・トレインBlue Train』(2005)も持っているが、こちらはメンバー、録音ともに違うので本作とはイメージが異なる。

Pao (2001)
Eugene Pao
私有のCD中、この曲の唯一のギター・ヴァージョンが収録されているのがユージン・パオ
Eugene PaoPao』(2001 Stunt) だ。このCDは私の愛聴盤で、本ブログ記事の「ジャズ・ギターを楽しむ(1)」(2018/10)でも紹介している。ユージン・パオは、香港生まれ北米(アメリカ、カナダ)育ちのジャズ・ギタリストで、このCDもマッズ・ヴィンディングMads Vinding(b)のトリオ(Alex Riel-ds、Olivier Antunes-p)というデンマークのミュージシャンとの共演盤である。全9曲のうち6曲がナイロン弦のガットギターによる演奏で、"Blame It on My Youth"の他、ウェイン・ショーター作の"Infant Eyes" や"My Foolish Heart" などの古いバラード曲の演奏は、ナイロン弦の響きがとても曲調と合っている。録音も非常にクリアで、共演のマッズ・ヴィンディングのベース、オリビエ・アントゥヌスのピアノの音色、パオのガットギターの響きも余韻も非常に美しい。

2025/07/21

ジャズ・バラードの森(4)Misty

1970年代、六本木がまだ静かな大人の街だったころ、今はミッドタウンになった防衛庁前の暗い通り沿いに、"MISTY"と縦のネオンサインが ぽつんと浮かんでいた「ミスティ」 は、いいジャズクラブだった。中本マリや安田南がボーカルで、山本剛トリオがハウス・バンドで出演していた。地下の入り口への階段を降りて行くと、休憩中の安田南が煙草を吸っていて、一言二言会話した。関西フォーク「ザ・ディラン」メンバーだった西岡恭蔵の作った曲「プカプカ」のモデルが、その安田南だったらしいと知ったのは最近のことだ。中に入ると、しっくいの白壁に囲まれた穴倉のような作りで、幅広のカウンターがグランド・ピアノの回りをぐるりと囲んでいた。飲んでいる目の前でピアノを弾く山本剛、歌う安田南と、実にぜいたくな大人の雰囲気に満ちていた。大音量のスピーカーから出てくる音を暗がりで聴くジャズ喫茶や、「新宿Pit Inn」の結構過激なライヴに慣れていた目からすると、本当に不思議な空間だった。オシャレな年配の客が多く、落ち着いて酒を飲みながら演奏を楽しんでいて、当時20代だった自分も一気に大人の仲間入りをしたような気がした。その後70年代の終わりになるとフュージョンを取り入れるようになって店の雰囲気も変わり、徐々に足が遠のくまでずいぶん通ったが、80年代バブルの到来とともに店も消えた。伝説的な存在だった安田南も70年代末頃に消え、その後の行方もはっきりしなかったそうだ。一緒に店に通ったジャズ好きな商社マンAさんも、その後まもなくして亡くなってしまった。

Misty
 山本剛 (1974)
エロル・ガーナー作の曲 "Misty" は、当時の日本人が最も好きなジャズ・バラードの一つだった。この曲の代表的奏者だった山本剛は、店も曲 も"Misty"と共にあった。濃い霧の彼方から人影が徐々に浮かんでくるような山本の弾く神秘的な"Misty"は素晴らしい。クラブ「Misty」でのスタインウェイの豊かで柔らかな響きとは異なり、ピアノの「音の芯」をデフォルメしたようなスリー・ブラインド・マイス (TBM/神成芳彦Eng) のアルバム『Misty』(1974) のサウンドには色々な意見があったが、これはこれで山本剛のピアノタッチの瞬間の美しさを忠実に捉えていたと言えるだろう(福井五十雄-b、小原哲次郎-ds)。しかし、今でもこのアルバムを聴きながら、70年代の六本木 「Misty」 で流れていたあの時間を想い出すと、何故かまるで夢の中の出来事だったような気がするのである。

The Original Misty
Errol Garner (1954)
一方、こちらは文字通りガーナー本人のアルバム『The Original Misty』(1954) である。ガーナーと言えば、日本では『Concert by the Sea』(1955)での熱いライヴ演奏が有名だが、この本家が弾くオリジナルの "Misty" も素晴らしい。ニューヨークからシカゴへ飛ぶ飛行機の窓から見えた霧の様子から瞬間的に着想した曲で、ガーナーは譜面が書けなかったので、到着後すぐにピアニストに依頼して曲を完成させたという。ガーナーのリズミックな他の曲や演奏とは大分趣が違うが、タイトル「Misty (霧深き)」そのままの印象的なメロディを持つ実に美しい曲である。他に、ケニー・ドリュー、ジャック・ウィルソン、レイ・ブライアントのトリオ演奏盤も持っているが、やはりピアノトリオはこの本家と、山本剛盤がいちばん好きだ。ところで、先日NHK-BSで『恐怖のメロディ』(1971)というクリント・イーストウッドの初監督作品をやっていた。その原題が『Play Misty For Me』といういかにもジャズ好きなイーストウッドらしいタイトルで、ラブロマンスか?と予想して観たら、なんと、後年の映画『危険な情事』『ミザリー』の元ネタになったという元祖女ストーカー、サイコ・スリラー映画でびっくりした(日本語タイトルの理由がわかった。肝心のガーナーのMistyは映画の最後に使われただけで、映画中ではまったく流れなかったが)。

Vaughan and Violins 
Sarah Vaughan (1959)
この曲はピアノ曲として誕生したが、後になってジョニー・バークという作詞家が1959年に詞を書いて、ジョニー・マチスが唄ったヴォーカル・ヴァージョンもポピュラーになった。日本でもジャズ・ヴォーカルの定番としてよく唄われていた。エラ・フィッツジェラルドのバージョンもあるが、私が持っているのはキャロル・スローン、ケイコ・リー、そしてサラ・ヴォーンSarah Vaughan のコンピ盤中の1曲だ。サラのオリジナル盤は、クインシー・ジョーンズのアレンジで、ストリングスをバックにしてパリ録音した左記アルバム『Vaughan and Violins』に収録されている。ここにはケニー・クラークのドラムスに加え、ズート・シムズがサックスで参加している。サラがリラックスして伸びやかに唄っている。

Smokin' at the Half Note
Wes Montgomery (1964)
ギター・バージョンは、やはりウェス・モンゴメリーWes Montgomery の「ハーフ・ノート」ライヴ演奏(実際はスタジオ録音とのミックス)だろう。ウィントン・ケリーのピアノ・トリオにウェスが客演した形を取った『Smokin' at the Half Note』(1964 ) は、ウェスがポップス寄りの演奏に移行する前の録音で、ウェス全作品の中でも、その圧倒的なドライヴ感が楽しめる名盤だ。LP時代からジャケット色の違いから青盤、赤盤と音源が分散していたが、CD時代になってからも何度かリリースされていて、構成がよくわからないレコードだ。私が持っているCDはオリジナルの『Smokin' at the Half Note』(5曲)と追加で出たCompleteと称した9曲入りCDだ。"Misty" は後者に収録されている。ウェスはリバーサイドでのメジャー・デビュー前の、地元インディアナポリスでの発掘音源『Echoes of Indiana Avenue』(1958 ?)でも"Misty" を演奏している。こちらもライヴで、アーシーかつブルージーな"Misty" が聴ける。

Flamingo
S.Grappelli & M.Petrucciani (1995)
手持ちのインストものをもう1枚挙げれば、ヴァイオリンのステファン・グラッペリStéphane Grappelli (1908-97)とピアノのミシェル・ペトルチアーニMichel Petrucciani (1962-99) が共演した『フラミンゴ Flamingo』(1995)だ。グラッペリ87歳、ペトルチアーニ32歳のときの録音であり、ジョージ・ムラーツ(b)、ロイ・ヘインズ(ds)をバックにして、有名なジャズ・スタンダードをリラックスして流麗に演奏している楽しいアルバムだ。いかにもフランス的な軽妙かつ優雅な"Misty" が聴ける。

2025/06/29

ジャズ・バラードの森(3)For All We Know

"フォー・オール・ウィ・ノウ For All We Know" は、1934年に書かれた古い曲で (J. Fred Coots曲/ Sam M. Lewis詞)、短く、どちらかと言えば歌詞もメロディも地味だが、別れゆく男女の、やむにやまれぬ切ない気持ちが込められた非常に美しいラヴソングである(70年代にカーペンターズが唄ったのは同名異曲)。だが単に陳腐でセンチメンタルな恋歌ではなく、曲に品格があり、いかにもアメリカン・バラード的な温かさ、やさしさが歌詞とメロディ全体から伝わってくる名曲だ。だから唄い上げるよりも、哀切さと共に、歌の底に流れる、相手を思いやるやさしさが、さりげなく表現されている穏やかな歌唱や演奏が曲想に合っていると思う。『Lady in Satin』(1958) のビリー・ホリデイBillie Holiday の歌唱はこの点でまさに完璧だ。

Lady in Satin 
Billie Holiday 
(1958)
ホリデイは ”Sweetheart, the night is growing old/ Sweetheart, my love is still untold……" というヴァースから唄っている。    

    For all we know / We may never meet again
    Before you go / Make this moment sweet again
    We won't say "Good night(bye)" until the last minute
    I'll hold out my hand and my heart will be in it…… 

この曲のタイトル "For All We Know"(=as far as we know たぶん、おそらく) の適切な和訳は意外と難しい。歌詞の内容に即して、ふさわしい日本語タイトル名をいろいろ考えてみたが、なかなか良い案が出ない。やはり「分かってはいるけれど……(たぶん二人はもう二度と会えないだろう)」という哀切さと、諦念のニュアンスのこもった短い日本語が適切だろう。どうにもならない運命には逆らえず、二人の未来はもうあきらめるしかない、というニュアンスが欲しい。思い切り意訳すれば、「今宵限りの」という訳も可能かもしれない。つまりは「今日でお別れ」である(古いが…原曲も古いので)。

私有の女性ジャズ・ヴォーカルでは、ニーナ・シモン (1957)、とドーリー・ベイカー(1993)があるし、男声ではナット・キング・コール (1958) も有名だ。しかし上述した理由から、ゴスペル調でドラマチックに唄い上げるニーナ・シモンや、高らかな美声のナット・キング・コールよりも、最晩年(亡くなる前年)、人生を知り尽くし、彼岸に向かって歩き始めたかのように、ストリングスをバックに仄かな暗さを湛えて唄う『Lady in Satin』のビリー・ホリデイの枯れた歌唱が、私的にはやはりいちばん心に響く。声や技術の衰えとか、年齢による歌唱の質の問題はあるだろうが、そんなことなど超越した、歌に込めた情感の素晴らしさがこのアルバムのホリデイにはある(それは、バド・パウエルやモンクといったジャズの巨人たちの、最晩年の演奏にも感じることだ。)"I'm a Fool to Want You" をはじめ、 ホリデイのこのレコードは全曲が素晴らしいが、特にこの曲は短く、シンプルで、美しいがゆえに、なおさらだ。

The Art of the Trio Vol.3
 Brad Mehldau 
(1998)
インストではピアノ・ヴァージョンが多く、私が持っているピアノ盤では、デイヴ・マッケンナ Dave McKenna の相変わらず味わいのあるソロピアノ(1955 『Solo Piano』)、ギルド・マホネス Gildo Mahoness の古風だが技巧を凝らした華麗なトリオ演奏(1990 『Gildo Mahoness Trio』)、ブラッド・メルドー Brad Mehldauの端正でモダンなトリオ演奏 (1998 『The Art of the Trio Vol.3』)もあって、それぞれに美しい。ピアノ・トリオとしては、ラリー・グレナディア (b), ホルヘ・ロッシィ(ds)というメルドー・トリオの演奏が、ホリデイ盤と並んで曲想をもっとも美しく表現し、完成度が高いように思う。このアルバムは、冒頭の "Song-Song" をはじめ、他の曲も20代の若きメルドーのロマンチックで繊細な表現が美しく、名演ぞろいの傑作CDである。20世紀末の録音、あれから、もう30年近く経ったのか…という感慨もひとしお感じるレコードだ。
原曲の持つ、哀しいが、素朴で温かな別れ歌のイメージをもっともよく表現しているもう1枚のピアノ演奏は、病から回復途上にあったキース・ジャレット Keith Jarretが、ベースのチャーリー・ヘイデン Charlie Hadenと久々にデュオで共演した『Jasmin』(2010) 中の1曲だ。キースが他のアルバムで演奏したこの曲の音源を私は聞いたことがないので、想像だが、これはアメリカン・バラードを好むチャーリー・ヘイデンの選曲かもしれない。ECMの他のキースのライヴ・アルバムのような、きらびやかで、きれいに余韻が響き渡る録音ではなく、キースの自宅スタジオでいわば私家録音されたかのような音源は、響きが抑え気味で地味だが、ピアノとベースの質感はよく捉えており、病を経たキースの訥々とした丁寧な演奏が、逆にこの曲の持つ素朴な美しさと哀切さをよく表現しているように思う。このCDは、他の演奏も同じムードを感じさせ、キースの他のレコードとはどこか異なる、しみじみと枯れた味わいを持ったレコードだ。

Guitar On the Go
Wes Montgomery
 (1961)
私が保有しているこの曲の唯一のギター盤が、Wes Montgomeryの『Guitar On The Go』(1961)で、メル・ラインのハモンド・オルガンとウェスのギターによるデュオによる演奏で、ホリデイ盤から3年後の録音だ。インディアナ・ポリスの盟友であるこの二人の、ブルージーでリラックスしたサウンドは、他のレコードのような哀切さはあまり感じられないが、この曲のメロディの美しさを別の視点で捉えた、さらりとした "For All We Know" を聞かせてくれる。実は、この曲を初めて聴いたのも、良い曲だとメロディを覚えたのも、高校生時代に生まれて初めて買ったジャズ・レコード、ウェスのこのアルバムだった。他の曲もすべてスムーズかつブルージーな気持ちの良い演奏で、私の愛聴盤の1枚だ。

Live in Tokyo
Chet Baker
 (1987 King)
そして、この曲のヴォーカルとインスト(トランペット)両方の極めつけが、ホリデイから30年後に録音されたチェット・ベイカーChet Bakerの『Live in Tokyo』(1987)ではないかと思う。オランダで不慮の死を遂げる前年の、最晩年の「東京」でのライヴ公演であり、チェット唯一の日本録音である。独特のアンニュイでブルージーなヴォーカルとトランペットが、「未来のない恋人たち」という曲想にピタリとはまって、私的にはビリー・ホリデイ盤と並ぶこの曲のベスト・トラックだ。私は行けなかったが、1987年、昭和女子大・人見講堂でのチェット最後の来日公演は、バブル真っ盛りで浮き立っていた一方で、どこかに「これでいいのか…?」と漠然とした不安や疲労も感じていた日本のジャズファンを癒し、魅了したことだろう。この2枚組CD(Memorial Box) は録音も非常に良く、音の粒立ちがきれいで、ハロルド・ダンコ Harold Danko (p), Hein van de Geyn (b), John Engels (ds)というトリオをバックにしたカルテットだが、当時ヨーロッパでリー・コニッツと双頭カルテットを率いていたダンコの、チェットに寄り添うような知的で控え目なピアノも美しい。リー・コニッツはチェット・ベイカーのことを、唄うがごとく自然にトランペットでメロディを生み出す真正のインプロヴァイザーだと評していたが、この曲を聴くと、まさにその通りだと思う。ヴォーカルとトランペットが、切れ目なく自然に流れてゆくようなチェットのサウンドは実に見事で美しい。

最晩年のチェット・ベイカーの他のスタジオ録音は、それなりに魅力があるが、時どきあの世に一緒に連れて行かれそうなほど暗いイメージがあるのであまり聴かない。だが、このCDはライヴ録音ということもあってそこまでの暗さはなく、むしろはかなく美しい。若い頃に比べると声に瑞々しさが欠けているのは仕方がないが、それでも持ち前の、囁くように深くどこまでも沈みこむヴォーカルと、底知れない孤独を表現するチェットのトランペット・サウンドには唯一無二の魅力があり、この名曲の最高の解釈と演奏の一つだと思う。東京公演を収めたこの2枚組CD(愛蔵版)には、他のスタンダード曲と共に、"Almost Blue" 、"My Funny Valentine"、 "I'm a Fool to Want You"などチェットの得意なバラードも収録されており、彼が最晩年に、それも東京で残した傑作だ。

2025/05/31

ジャズ・バラードの森 (2)Soultrane

Mating Call
Dameron/Coltrane
(1957 Prestige)

日本語で「ソウルトレーン」 をネット検索すると、ジョン・コルトレーンJohn Coltrane が1958年2月にPrestigeレーベルに録音した初リーダー作のアルバム『Soultrane』がまず出て来る。だが、そのレコードにはここで言う曲・演奏 である "Soultrane" は収録されていない。また1970年代に日本でもTV放送されていた、米国のソウル・ダンス番組『ソウル・トレイン(こちらのスペルは "Soul Train")』とも関係ない。ややこしいが、これはピアニストで作曲家のタッド・ダメロン Tadd Dameron (1917-65) がリーダーのアルバム『Mating Call』(1957 Prestige) 中の1曲で、ダメロンが作曲し、カルテット(+ John Simmons-b, Philie Joe Jones-ds)で1956年にコルトレーンが初演した曲だと知ったのは、かなり後になってからのことだ。

"Soultrane" という曲名は、たぶん"Soul"と"Coltrane" からの合成語だろう(確認していないが)。アルバム『Mating Call』の録音は1956年11月なので、コルトレーンがドラッグ問題でフィリー・ジョーと共にマイルス・バンドをクビになった頃だろうが、いずれにしろ翌1957年7月から「ファイブ・スポット」で、モンクが初リーダーとなったカルテットの一員として誘われ、そこでモンクの下で修行・開眼する前、まだほぼ無名時代のトレーンの演奏だ。1956年と言えば、コルトレーンより一足早くドラッグを克服したソニー・ロリンズが『Saxophone Colossus』(Prestige) をはじめとして一気に何枚もレコーディングし、飛ぶ鳥を落とす勢いで台頭した年で、コルトレーンもロリンズの『Tenor Madness』(1956 Prestige) では一部共演しているが、当時ロリンズには大きく水をあけられていた。だからこの時代の演奏は、堂々としたロリンズに比べると、まだどこかぎこちない部分もあるが、逆にこの "Soultrane" などでは、後の名盤『Ballads』(1961 Impulse!) に通じる、飛躍前のコルトレーンの素朴で美しいバラード演奏が聴ける。

コルトレーンが吹く "Soultrane" を聴くと、半世紀以上前の学生時代、夜明け前の神戸の夜景を思い出す。大学の封鎖で授業もなく、やることもないので、毎晩、空がうっすらと明るくなるまで起きて本を読んだりしながら当時夢中になっていたジャズを聴いていたからだ。擦り切れるまで聴いたそのLPレコードは、ジャズ初心者だった自分で買ったばかりの、日本編集のコルトレーンのオムニバス盤(コンピレーション)で、コルトレーンの50年代の有名曲だけを集めたアルバムだった。"Soultrane" はその中の1曲で、たぶん私が初めて感動した「ジャズ・バラード」  だった。ジャズ・バラードの美しさというものを初めて感覚的に理解し、ジャズ全体への興味を深めるきっかけになった1曲だ。ダメロンの弾くシンプルで美しいピアノのイントロを聴いただけで、今でもじわりと懐かしさが込み上げてくる。続くコルトレーンのきしむような切ないテナーのサウンドも胸に沁みる。コルトレーンのバラード演奏は、いつ聞いても本当に素晴らしい。だから私にとってコルトレーンの吹くこの "Soultrane"こそが 「 ジャズ・バラード」 のデフォルトなのだ。

Plays Tadd Dameron
Barry Harris (1975 Xanadu)
1970年代半ばには、当時隆盛だったフリー・ジャズやフュージョンへの反動もあって、バップ・リヴァイバルというべき流れが生まれ、多くのベテラン・ジャズ・ミュージシャンたちがビバップ的ジャズを「新譜」で吹き込んでいた。『バリー・ハリス・プレイズ・タッド・ダメロン Barry Harris Plays Tadd Dameron』(1975 Xanadu) もそうしたアルバムの1枚で、多くのバップ曲を作ったダメロンの曲だけを演奏したピアノ・トリオ・アルバムだ(+ Gene Taylor-b、Leroy Williams-ds)。バリー・ハリス (1929-2021) はデトロイトのバド・パウエルと呼ばれていたほど、パウエルの影響を受けていたピアニストで、後進のピアニストたちを長年ニューヨークで指導してきた人としても有名だ。私はバリー・ハリスのファンだったので(本ブログ記事2017年4月「鈍色のピアノ」参照)、そのハリスの弾く "Soultrane"ときたら否も応もなく、当時すぐにこのレコードを入手した(Xanaduの質素なLPジャケットは、まあ置いておくとして…)。相変わらず渋く心に響くハリスのピアノから、ダメロンの美しく印象的なメロディが流れてくるのを聴いているときほど楽しい時間はなかった。このレコードは他にもバップ的名曲が並ぶので、ハリスのピアノが好きな人なら大いに楽しめる。

Gentle November
Kazunori Takeda (1979 Frasco)
もう1枚は、本ブログの別記事(2018年12月、「男のバラード」)でも紹介した日本のテナーサックス奏者で、早逝した武田和命(かずのり、1939-89)の最初にして最後のリーダー作『ジェントル・ノヴェンバー Gentle November』(1979 Frasco) だ。山下洋輔(p)、国仲勝男(b)、森山威男(ds) とのワンホーン・カルテットで、"Soul Trane"(このレコードでは、このスペルで表記されている)を含むコルトレーンにちなむ4曲と、武田の自作曲4曲からなるバラード集である。60年代には山下洋輔Gで活動し、フリー・ジャズの人と思われていた伝説のサックス奏者、武田和命が復帰し、予想を裏切る優しく穏やかなサウンドで演奏している。国や民族に関わらず人間の抱く感情に差はないと思うが、その「表現」の仕方はそれぞれ異なる。日本人奏者のジャズにおける感情表現も、当然日本的になるものだが、それを普遍的な表現にまで昇華させるのは簡単ではない。コルトレーンにはコルトレーンの美と素晴らしさがあるが、武田の吹く "Soul Trane"には、「日本人の男」にしか表現できない哀切さと抒情が満ちているのだ。カムバックした武田を支える山下トリオの控えめで友情に満ちたバッキングもそうだ。この演奏は、日本男児のバラードを見事に表現した名演である。その武田の死後、1989年に山下Gに加わったサックス奏者が菊地成孔だったというのも、今や有名な話だ。

Playin' Plain
Koichi Hiroki (1996 Biyuya)
"Soultrane" は、それほどポピュラーなジャズ曲ではないので、他の楽器で演奏したアルバムとして私が所有しているのは、廣木光一のギターソロ『Playin' Plain』(1996 Biyuya)だけだ。ガット(ナイロン弦)ギターによるジャズ・スタンダードのソロ演奏だけのレコードは、他にはジョー・パスしか私は知らない(ラルフ・タウナーが12弦ギターでやっている)。タイトル通り、原曲をシンプルに弾くというコンセプトを基本に、時に前衛的に、時にオーソドックスに、ガットギター一本だけで、ジャズ・スタンダードに挑戦するという姿勢が素晴らしい。さすがに師・高柳昌行の薫陶を受けた人だけのことはある。ここでの "Soultrane" も、シンプルに、スペースたっぷりの余韻を生かした個性的な演奏だ。他に"Everything Happens to Me", "Over the Rainbow", "Ruby, My Dear" などポピュラーなバラード曲も並ぶが、どれもユニークで聞き飽きない。武田和命と同じく、廣木光一のガット・ギター演奏からも、清々しい抒情という日本的な美が強く感じられる。このCDは私の30年来の愛聴盤だが、残念なことに今はもう入手できないようだ。中古CDのみになるが、探してみる価値はある。廣木光一は他にも、渋谷毅(p)との美しいデユオ・アルバムや、ボッサなどラテンの香りの強いユニークなアルバムも発表しているので、ガットギターのサウンドが好きな人は、是非これらの演奏を聴いてみることをお勧めしたい。

2025/04/30

ジャズ・バラードの森(1)Spring Can Really Hang You Up the Most

Clap Hands, Here Comes Charlie!
Ella Fitzgerald (1961 Verve)
『ジャズ・バラードの森』は、まず季節柄、「春」にちなんだ名曲 "Spring Can Really Hang You Up the Most" で始めたい。長ったらしいタイトルだが、歌詞も長い。Wikiによればフラン・ランデスマンという女性詩人の詩に、トミー・ウルフという人が曲をつけたという(1955)。タイトルは、T.S.エリオットの詩『荒地 (The Waste Land)』の冒頭の "四月は最も残酷な月 (April is the cruellest month)" という一節を、ジャズ風にアレンジしたものだという。この "hang (you) up" は、「人を悩ませる、困らせる」の意。要は「春は良い季節だが、どうしても憂鬱になる」という洋の東西を問わない「春先の嘆き、ぼやき」の歌。歌詞も長いが、女性の作者でもあり、メロディが魅力的なので、ジャズでは特に女性ヴォーカルで取り上げられることが多く、またこの曲のファンも多いようだ。ネット上で見ると、「訳詞案」もずいぶんと目にするので、興味のある人はどうぞ。この曲は声を張り上げず、抑え気味に囁くように唄うのが正解かと思う("ぼやき" なので)。近年(2022年)ノラ・ジョーンズの、デビュー前の未発表録音がリリースされて話題を呼んだようだが、私の所有レコードの中では、まずエラ・フィッツジェラルドElla Fitzgeraldのアルバム『Clap Hands, Here Comes Charlie!』(1961 Verve) が挙げられる。ルー・レヴィー(p)、ハーブ・エリス(g) 他が共演したこのレコードでは、エラがしっとりと美しく唄いあげている。エラは高速スキャットだけでなく、やはりこういう曲も非常にうまいことがよく分かる。

Where is Love?
Irene Kral (1975 Choice)
囁きという点では同じく、アイリーン・クラール Irene Kral が癌で亡くなる数年前に録音した名盤『Where is Love?』(1975 Choice) 中の1曲だ。このレコードは、全ジャズ・ヴォーカルのレコード中でも名盤と言えるほど、ジャズ・ヴォーカルのエッセンスが詰まった名作で、”Spring Can…" はもちろんのこと、1曲目の "I Like You, You are Nice" から始まるどのトラックも実に素晴らしい。カーメン・マクレーはビリー・ホリデイを、アイリーン・クラールはカーメン・マクレーを尊敬して手本としていたそうだが、3者に共通するのは歌唱の上品さで、きれいに発音する歌詞と、そこに込められた得も言われぬ微妙な情感が素晴らしい(ちなみに歌手&ピアニストのダイアナ・クラールの手本はアイリーン・クラールだそうで、このアルバム中の ”When I Look in Your Eyes" を自身の持ち歌として何度かカバーしている)。こうしたスロー・バラードを唄うと、単に歌がうまいとかいうことを超越した、「ジャズの歌い手」としての真の技量が分かる。本作はニュージーランド出身で、レニー・トリスターノに師事したという変わったキャリアのピアニスト、アラン・ブロ-ドベントのピアノだけが伴奏のデュオであり、小さな会場で語りかけるように唄うアイリーンのシャンソン風の名唱が堪能できる。

Pop Pop
Rickie Lee Jones (1991 Geffen)
3枚目は、まったく世界の異なる1作だが、私の大好きなアルバム、リーッキー・リー・ジョーンズRickie Lee Jones (1954-)の『Pop Pop』(1991) 中の1曲だ。この人はジャズの人ではないが、このアルバムでの歌唱は素晴らしくユニークで、時どきどうしても聴きたくなる中毒性がある。ロベン・フォードのガット・ギター、チャーリー・ヘイデンのベースの他、バンドネオン、ヴァイオリンなど多彩なアコースティック楽器による伴奏をバックに、ジャズ・スタンダードやロック曲を、ブルースやカントリー風の味付けを加えてジョーンズが鼻づまり気味(?)の声で唄う。まるで「あのちゃん」が唄っているように聞こえるが、この唯一無二のけだるい世界に嵌ると病みつきになる。メロディ・ガルドー(1985-)の世界は、ある意味この延長線上にあるような気もする(違うか?)。このCDは、さるオーディオ紙にも取り上げられたほどだったので、特にロベン・フォードのナイロン弦ギターをはじめ、アコースティックな響きを見事にとらえた録音も素晴らしい(しかし、ここで紹介している4枚のレコードはどれも録音が良い)。

Zoot Sims in Paris
(1961 UA)
この曲のインストものは少ないが、唯一私が保有しているのは、ズート・シムズ Zoot Sims (ts) がパリでライヴ録音した『Zoot Sims in Paris』(Live at Blue Note 1961 UA) だ。実を言えば、この曲を美しい曲だなと感心したきっかけは、このレコードのズートの演奏なのだ。米国ジャズメンのパリ録音、特にライヴ演奏は、なぜか名盤と呼ばれるレコードが多い。大衆音楽ではなく、ジャズを初めて芸術だと認めたフランスとパリの持つ独特の空気が、彼らの精神をインスパイアするのだと思う。ズートのパリ録音にも『デュクレテ・トムソン』(1956)など他にも何枚か名盤と呼ばれているレコードがあるが、この密室感の強いクラブ・ライヴも何度も聞き返したくなるような魅力がある名作だ。ズートがアンリ・ルノーのピアノ・トリオをバックにしたカルテットの演奏で、他のバラード曲 "These Foolish Things" や " You Go to My Head" も、しっとりと唄うズートのテナーが、曲想にぴたりと合ってどの演奏もしみじみして素晴らしい。ズート・シムズの演奏の魅力は、テクニックだけでなく、人柄の滲み出たその温かなサウンドにある。このパリでのライヴ・アルバムでも、短いプレイだが、"Spring Can..." の持つ春の憂鬱を表現しつつ、そのサウンドにはどこか春の温かさも感じられる、とてもいい演奏だ。