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2026/01/28

ジャズ・バラードの森(7)ソニー・ロリンズ  

現在95歳のソニー・ロリンズ Sonny Rollins の伝記『Saxophone Colossus』(Aidan Levy著)の邦訳版が今春、亜紀書房からようやく出版される見通しとなった。原書は800ページ近い大作なので、訳書も900ページ近い大著になり、翻訳開始から出版まで、やはり3年かかってしまった。それまでロリンズのレコードをそれほど集中して聴いた記憶はないが、コニッツやモンク、レイシーの時と同じように、翻訳中はロリンズの録音をずっと聞きまくっていた。バラードに関しては、コルトレーンにはそのものズバリの『Ballads』(1963 Impulse!) というアルバムがあるし、マイルス、コルトレーン、デクスター・ゴードンなどには、バラード演奏だけを集めたコンピレーションCDが以前からあるが、ロリンズ版は見たことがなかった。念のために調べたら、2002年に『Ballads』というUK盤が出ているが、それはデクスターと同じくBlue Note の録音だけを集めたものだ。『Saxophone Colossus』(1956 Prestige) の "You Don't Know What Love Is" のように超有名なバラード演奏はあるが、他のロリンズのバラードは、ロリンズのファンを除けば、これまで意外と聞かれて(知られて)いなかったような気がする。というわけで、この数年集中して聴いてきて、私が改めて気に入ったロリンズのバラード演奏を以下に紹介したい。

ロリンズと言えば、豪快で男性的なサウンドのテナーサックスで有名だ。スタン・ゲッツのソフトで流麗なサウンドや、コルトレーンの端正で透き通ったテナー・サウンドに比べると、バラード・プレイでもロリンズのサウンドは分厚く、個性的タンギング奏法ゆえに、引っかかりが多いゴツゴツした感触のプレイが多い印象がある。だが一方で、そのサウンドからは他の奏者にはない、深いエモーションと、「物語性」を強く感じさせる濃厚な人間的味わい、歌心がある。そしてポピュラーソングの知識が半端ないので、選曲がユニークで、誰でも知っているような単なるスタンダード曲ではなく、「アメリカン・ソングブック」の隅から引っ張り出してきたような珍しい曲を演奏することが多いのも特長だ。

ロリンズの初リーダー作が、26歳のときの『Sonny Rollins with The Modern Jazz Quartet』(1956 Prestige)で、MJQとの共演4曲(録音1953年)と 、ケニー・ドリュー(p)、パーシー・ヒース(b)、アート・ブレイキー(ds)というトリオ他(1曲マイルスがピアノを弾くという珍品も入っている)との9曲(録音1951年)のセッションを1枚にまとめたコンピアルバムだ。とても20代前半とは思えない、ロリンズの滑らかかつ骨太のワンホーン・テナーが、ミディアム・テンポとスロー・バラードの全編にわたって心地よく響く名盤である。LPが主流になる以前で、全曲3分前後という短さも気持ちよく聞ける理由の一つだ。バラードではMJQとの "In a  Sentimental Mood" が実に良い味を出しているが、ケニー・ドリュー・トリオをバックにした"Time on My Hands", "This Love of Mine"という2曲もリラックスして余裕綽々の若きロリンズの歌声が聞こえてくる。「"モダン・ジャズ"というものを聞いてみたい」という人には、真っ先にこのアルバムを勧める。

Prestige2枚目となるリーダー作が『Moving Out』(1956 )。これも1954年の2回のセッションのコンピで、"More Than You Know" 1曲だけセロニアス・モンクがピアノで参加している。他の4曲は、ケニー・ドーハム(tp)、エルモ・ホープ(p)、パーシー・ヒース(b)、アート・ブレイキー(ds)による2管クインテット。モンクの入った"More Than You Know" は、いかにもモンク的なバラード演奏で味わいがあるが、このアルバムで最も印象に残るバラード曲はやはり"Silk 'N' Satin"だ。メランコリックな曲調のこの曲はロリンズ作とされているが、何かインスパイアされた原曲があるのだろう(フランスのHenri Herpin作 "(All of a Sudden)My Heart Sings" を改作したと言われている)。ホレス・シルヴァーかと思ったら、エルモ・ホープだったラテン風味の哀感のあるピアノ、ロリンズのテナーとも素晴らしい。ハードボイルドな印象があるロリンズだが、実はメランコリックな曲が好きなんだと自分でも言っている。

『Tenor Madness』(1956 Prestige) は『Saxophone Colossus』(1956年6月録音/57年リリース)の1ヶ月前(同年5月)に同じヴァン・ゲルダー・スタジオで録音されているが、メンバーが異なり、レッド・ガーランド(p)、ポール・チェンバース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)という当時のマイルス・クインテットのリズム・セクションとの4曲に、12分に及ぶタイトル曲のみコルトレーンがゲスト参加した2管クインテットというアルバムだ。ケンタッキーの麻薬農場での4ヶ月強の治療を経て、ヘロインを克服して1955年に復帰したロリンズは、精神・体力ともに当時はまさに絶好調で、まずはクリフォード・ブラウンとマックス・ローチの双頭バンドに参加する。4歳年長のコルトレーンの遥か前を文字通り突っ走っていた時期であり、ライヴァルだったロリンズvsトレーンが唯一競演した曲 "Tenor Madness" を収録したアルバムである。バラード "My Reverie" はドビュッシーのピアノ曲『夢想』(1890) のメロディを基にして、1938年にラリー・クリントンが作詞して米国でヒットしたジャズ&ポピュラー曲だ。ドビュッシーのメロディ、和声はジャズに通じるところが多く、多くのミュージシャンをインスパイアしてきた。これはそのロリンズ流解釈。

『Sonny Rollins Vol.1』(1957 Blue Note)は、ロリンズのブルーノート第1作で、リリースは1957年だが、録音は1956年12月16日である。ということは、同年6月26日のクリフォード・ブラウンの自動車事故死の約半年後になる。5,6月の上記Prestigeの2作録音の直後、ブラウンとリッチー・パウエル(p)を同時に失って呆然自失状態だったブラウン・ローチ・クインテットにまだ在籍中の録音である。ブラウンに代わったドナルド・バード(tp)、パウエルに代わりウィントン・ケリー(p)、ベースにはジーン・ラメイをロリンズは雇った。ロリンズはその後徐々に、ピアニストとドラマーの選択に厳しくなってゆくが、カリブ出身のウィントン・ケリーとは、モンクと同じくリズム面での相性が良く、気分よく吹いているのが分かる。このアルバムは5曲のうち4曲がオリジナルで、唯一のスタンダードがバラード "How Are Things in Glocca Morra" 。ブロードウェイ・ミュージカル『フィニアンの虹』(1947) の主題歌で、ロリンズ好みのゆったりとした美しいメロディを持つ曲だ。

ある意味寄せ集めのブローイング・セッションだが、集まったのがスーパースターたちなので、文句なくモダン・ジャズの超名盤になったのが『Sonny Rollins Vol.2』(1957 Blue Note)。J.J.ジョンソン(tb)、セロニアス・モンク/ホレス・シルヴァー(p)、ポール・チェンバース(b)、アート・ブレイキー(ds)という超豪華布陣で、時代がハードバップ全盛期となると悪かろうはずがない。"Misterioso", "Reflections"という、モンクのブルースとバラードの名曲が入り、しかもモンクは若きロリンズ(高校時代)の師匠だったわけで、この二人の息の合い方、間(ま)の取り方は絶妙だ。マイルスの『Kind of Blue』(1959)がモードというコンセプチュャル・ジャズ・アルバムの最高峰なら、この『Rollins Vol.2』は、ジャケット写真のカッコよさと共に、フリー・ブローイング・ハードバップ・アルバムの最高峰だろう。バラード "Poor Butterfly" はプッチーニのオペラ『蝶々夫人』に触発されて、Raymond Hubbellが1916年に作曲し、ブロードウェイのショーで唄われた。タイトル通り、哀切さを感じさせる1曲だ。この曲ではシルヴァーがピアノを弾いているが、ロリンズ以前だと、アート・テイタム(1945)、エロル・ガーナー(1951)というピアニストが録音している。サックス奏者ではキャノンボール・アダレイ(1959)、ポール・デスモンド(1963)が取り上げているが、いずれもこのロリンズ版の後だ。この曲を選んだのがロリンズ本人なのかどうかは不明(おそらくそうだろうと思う)。

50年代からのもう1枚は、ピアニスト、ソニー・クラーク Sonny Clarkと共演した『The Sound of Sonny』(1957 Riverside)だ。パーシー・ヒースとポール・チェンバース がベース、ロイ・ヘインズがドラムスというと、わくわくするようなアルバムを期待するが、全体に軽快な演奏が多い普通のハードバップ・アルバムだ。クラークは名盤『Cool Struttin'』(1958 Blue Note) 参加の前年であり、ロリンズもクラークも調子が良い時期で、気負うことなくリラックスした演奏に終始している。唯一のバラードが "What Is There to Say?" (by Vernon Duke, E.Y. "Yip" Harburg)で、中盤でコロコロとしたクラークの気持ちの良いピアノソロも聴けるが、気のせいか、何となく全体にロリンズのプレイと溶け合っていないような感じがする。ロリンズは1957年6月のこのアルバムの直前3月に、西海岸でピアノレスの『Way Out West』、直後の11月に同じくピアノレスのライヴ盤『Village Vangurd』を録音している。このアルバムでも2曲はピアノレスだ。したがって本アルバムあたりを境にして、ピアノレスの演奏とアルバムが増えてくる。演奏中に、自分の頭の中で鳴っている和声(コード)と、ピアニストの弾くコードが衝突することに段々我慢できなくなっていったようだ。

ここに挙げた7枚のレコードはいずれも1950年代、すなわちロリンズが20歳代の録音の一部であり、しかもこれらのバラード曲に限らず、数多くの圧倒的名演があることを考えると、あらためてジャズ史におけるソニー・ロリンズの偉大さが見えてくる。しかし「橋」への隠遁以降、1960年代になるとモードやフリーへとジャズ自体も多様化し、ロリンズの演奏スタイルも変化してゆく。その時代以降のバラード演奏については、別途まとめて紹介したい。

2025/12/24

ジャズ・バラードの森(6)I Get Along Without You Very Well

「自動からくり人形」が主演するボックス・シアター という、唯一無二のコンパクト夢幻劇場を製作し続ける「ムットーニ」こと武藤政彦氏は知る人ぞ知るアーティストだ。オルゴールを拡大、複雑化、豪華絢爛にした創作アートというコンセプトが近いのだろうが、ノスタルジーとロマンに満ちた作品群は、世界のどこにもない独創的アートとしての魅力に溢れていて、一度でも見たことのある人は、その美しさと面白さに夢中になる。特に日本人は、人形浄瑠璃以来の人形好きで、抵抗なく人形物語に感情移入しやすいので、世代を問わず人形アートが好きだ(たとえばNHKの昔の人形劇「平家物語」などは、その素晴らしさに感動したものだ)。現代版人形劇とも言えるムットーニ作品の素晴らしさは、自動(機械式)人形の造形の美しさとその精密な動き、シアター全体の色彩と光、物語性などいろいろあるのだが、欠かせない重要な要素の一つは、オルゴールがそうであるように、その「サウンド」である。ジャズ、クラシック、ラテン系音楽、シャンソンなど多彩だが、いずれも作者の趣味とこだわりが強く感じられ、作品の物語性と音楽が見事に調和し、しかもあの小さなステージ(箱)から、びっくりするような実に素晴らしいサウンドが流れてくるのである。女性ファンが多いようなので、このサウンドの魅力が十分に伝わっているかどうか分からないが、オーディオ好きなら、すぐにその魅力が分かるだろう。ムットーニ氏は、オーディオにも相当なこだわりと技術をお持ちのようだ(どんなスピーカーやアンプを使っているのか興味がある)。

ヘル・パラダイス(2018年部分)
作品は関東では世田谷、前橋等の美術館で常設されているようだが、八王子市夢美術館は2009年以来、数年おきにムットーニの特集展「ムットーニワールドからくりシアター」を開催しており、昨年に続き、規模は小さいながら2025年も11月末から「セレクション」として開催されたので、今回も行ってきた(これで4回目だ)。夢美術館に寄託された六作の小品展示に加えて、密林の秘密の劇場で、歌姫とバンドがサルサのリズムで踊り唄う「ジャングル・パラダイス」、真夜中に地底から現れる妖怪骸骨バンドのマンボをバックに美女が唄う「ヘル・パラダイス」、未来の宇宙船内で地球の20世紀のビッグバンド・ジャズとヴォーカルが上演される「サテライト・キャバレー」、さらにパイプオルガンと合唱の荘厳なサウンドと、天使の昇天が美しい「カンターテ・ドミノ」など、お馴染みの幻想的で、楽しくも美しい大型作品が今回も展示されていた。加えて、2025年の最新作として展示されていたのが「スケッチング・スカイスクレーパーズ(Sketching Skyscrapers)」という、スカイスクレイパー(摩天楼)・シリーズの新作だ。

スケッチング・スカイスクレーパーズ
2025年部分 作家蔵
摩天楼をバックに、別れた恋人への追憶と、その思いを断ち切ろうとしている主人公(女性)、公園のベンチに座る彼女の背後に現れる昔の恋人(男性)、背景として昼から夜、現在から過去へと変化してゆく高層ビル群の形、窓、色彩、光、そして青く広い夜空が実に美しく描かれるロマンチックな作品だ。この作品で使われている音楽が、チェット・ベイカー Chet Bakerの歌だった。それは分かったが、人形の動きとか造形、色彩に気を取られて、会場で1回聴いただけなので歌詞もよく聞いていなかった。そこで家に帰ってから確認すると、あの名盤『Chet Baker Sings』(1954/56 Pacific)に入っている有名曲 "I Get Along Without You Very Well" だった。昔さんざん聴いたアルバムだが、しばらくまともに聞いていなかったので、この曲のことはすっかり忘れていた。実は、知ったかぶりして書いた上記の追憶ストーリーは、この曲の歌詞を読んで、なるほどと合点が行ったものだ。つまり「あなたがいなくても、ちゃんとやっている…でも…」と、別れた恋人のことを何とか忘れようとしているが、静かな雨が降る日や、名前を聞いたりするとつい心が揺れる…という女性の追憶と葛藤が描かれた曲なのだ。ムットーニさんの作品は、この曲をモチーフにして作ったものだと分かった。「スケッチング・スカイスクレーパーズ」は、物語と曲とチェットのヴォーカルの美しさがマッチして、とにかく抒情的で素晴らしい作品だ。最初に見終わった後、思わず拍手してしまったくらいだ。

しかし、自宅に戻って聴いた私有ヴァージョンと、ムットーニ展で聞こえた音楽がどこか違うなと感じた。思い出してみると、ムットーニ版ではチェットのヴォーカルの後に、確かトランペットのソロが1コーラス入り、またヴォーカルに戻って終わったはずなのだが、私の所有音源ではトランペットの部分がなく、ヴォーカルだけなのだ。これは約3分の演奏で、ネットでもいろいろ調べてみたが、ヴォーカルとトランペットを両方演奏しているチェットのヴァージョン(つまり3分よりずっと長い)はどうしても見つからなかった。みんな同じ約3分ヴァージョンである。AIにも質問してみたが、やはり「ありません」というそっけない回答(?)だった。そもそもオリジナルは1954年のモノ録音なので、LPレコード(33回転)初期で、ジャズもまだ大半がSP盤(78回転)で3分内に収まるように演奏していたようだ。ということは、ひょっとしてあの音楽も、ムットーニさんが作品のために制作、編集した特別ヴァージョンなのだろうか? ヴォカールに続くトランペット演奏も、まさかトランペットも吹くというムットーニさんなのか!? 謎だが、ムットーニ作品では、この例に限らず、どうも背景音楽もまた相当作者の手が加えられているのではないかと思った。実は、今回はその確認のためもあって、もう一度見に行き(入場料は安価なので)、そのときに初めてムットーニさんの、活動弁士さながらのプレゼン付き上演会を拝見・拝聴した(前方の観客はみんな床に座って見るので、昔懐かしい子供の頃の紙芝居を思い出した)。そこでトランペットのコーラス部分を確認し、上演後、その疑問をご本人に直説確認したところ、やはり私の推量がほぼ当たっていることが分かった。(詳細は企業秘密なので、書けないが…)

その後、この曲について調べたら、作曲は "Stardust" や "Georgia on My Mind" 、"Nearness of You"など、名曲をたくさん書いているホーギー・カーマイケル Hoagy Carmichael (1899-1981)だが、作詞はジェーン・ブラウン・トンプソンJane Brown Thompsonというほぼ無名の女性詩人だということが分かった。ショパンの "ノクターン" から着想したらしいというロマンチックなメロディだが、当初は作詞者が不明で、カーマイケルは発表(1939年)するにあたって、作詞者不詳のままではいけないということで、友人のラジオ・コメンテーター、ウォルター・ウィンチェルにも依頼してラジオ放送を通じて何度も呼びかけ、ようやく約1ヶ月後に、老人ホームに入居していた71歳の未亡人トンプソンを見つけるのだが、契約した1ヶ月後に彼女は亡くなってしまったのだそうだ(この伝説には諸説あり)。

I Thought About You
A Tribute to Chet Baker
Eliane Elias (2013)
私有CDデータをチェックしたら、ビリー・ホリデイ(『Lady in Satin』 1958)、ニーナ・シモン (『NIna Simone and Piano』 1969)、レナータ・マウロ(『Ballads』 1972年?)、ダイアナ・クラール(『The Look of Love』2001)という4枚が見つかったが、チェット盤以外は全員女性歌手だ。ところが女性の歌なのに、ホリデイもシモンもクラールも、女性が唄うと、なんだか妙にサッパリしてしまって、チェットの歌から感じられるあの濃密で、細やかな感情の起伏があまり感じられないのである。その後調べてみると、カーマイケル自身やフランク・シナトラ、マット・モンローなどの男性ヴォーカル・ヴァージョンもあるが、そもそも女性詩人が書いた上記の詩が原詞でもあり、歌詞全体を読んでも、やはりムットーニさんが描いたように女性主人公の方がしっくりとくる曲だ。ついでに、YouTubeにアップされている同曲の歌唱(素人含めて何十もある)を聞きまくってみたが、男性はもちろん、女性歌手もみな同じようなもので、どれもピンと来ない。特にアメリカ人女性ヴォーカルは全滅だ。そもそもこの曲は、その曲想からして、シナトラみたいに高らかに唄い挙げたり、楽しそうに唄うような曲ではなく、ひそやかに、あるいはつぶやくようにその「心情」を唄うのが正解だろう(1930年代のアメリカ人女性には、そうした心情がまだ多少残っていたものと推察される)。

My Ideal
A Tribute to Chet Baker Sings
Amos Lee (2022)

私見だが、カーマイケルの曲はどれもメロディそのものが美しいので、ヴォーカルもインストも、変にジャズ的にいじったり、妙なアレンジをせずに、原曲を生かしてできるだけシンプルに演奏する方がいいのだ。そこに「適度に」ジャズの香りを取り入れると、さらに洗練され、原曲の美しさと心地よさが倍増するのである。『チェット・ベイカー・シングス』では、チェットの中性的美声のバックで流れる、ラス・フリーマン Russ Freeman の西海岸風のさらりとしたピアノ・トリオのおかげで、ただのきれいなポピュラー曲ではなく、ジャズ・ミュージシャンならではのジャズのスパイス配分が絶妙で、そこが非常に効いている。現代の歌唱をいろいろ聞いた限り、強いてあげれば、イリアーヌ・イリアス Eliane Elias と、エイモス・リー Amos Lee というアメリカのポップスの男性歌手の二人がまあまあかと思った。イリアーヌはブラジル人だが、弾き語りピアノを含めて、独特の抑えた歌唱にいちばん雰囲気があるし、エイモス・リーは "Nearness of You" を唄ったジェイムズ・テイラー James Taylorと同じで、ジャズ風のアレンジをバックに、透き通ったさらりとした高音の美声で素直に唄うところが、カーマイケル作品に合っていると思う。ちなみに、このCDは2作とも、チェット・ベイカーへの"トリビュート"であるところが、その表現と関係しているのだろう。

しかし、はっきり言って、1954年のチェット・ベイカーをしのぐヴォーカルは一つもなかった。何と言っても、久々に聴いた若きチェット・ベイカーの、本当に繊細で密やかなヴォーカルとアレンジは絶品だと改めて思った。いつの時代も、チェットの歌の魅力にハマるジャズファンが絶えないのがよくわかる。ただしオリジナルは3分と、あまりに短いので、あれ以来ムットーニ版で聞ける、ヴォーカルに続くチェットのトランペットのコーラスがどうしても続けて聴きたくなるので困る。

2025/09/18

ジャズ・バラードの森(5)Blame It on My Youth

 "ブレイム・イット・オン・マイ・ユース Blame It on My Youth"は、1934年に作曲された古いバラード(曲 Oscar Levant、詞 Edward Heyman)。「あれも、これも、若さゆえの……」という歌詞で、タイトル通り、どう訳しても日本語なら『若気の至り』しかないだろう。誰しもそうかもしれないが、思い起こせば私も「若気の至り」が山ほどあって、入りたい穴がいくつあっても足りないくらいだ。しかし、人間若いころは本当にバカなことを言ったり、したりするものだと思う。反省するしかない(もう遅いが)。

After Midnight (1957)
Nat King Cole
私有ヴォーカルではナット・キング・コール Nat King Coleの『After Midnight』 (1957)、クリス・コナーChris Connorの『This is Chris』(1956)、チェット・ベイカーChet Bakerの『Let's Get Lost』(1989)の3枚がある。女性ヴォーカルではクリスのハスキーな歌声もいいが、恋愛に関わる若気の至りという内容からして、やはり男性歌手の方が似合うと思う。したがって個人的には、ナット・キング・コールの永遠の名盤『After Midnight』のヴァージョンが好きだ。コールはピアノの名手であり(元々ピアニストだった)、このレコードでも、”Route 66" や "Candyなど、懐かしく豊かな1950年代アメリカを象徴するような明るく、スウィンギングなピアノとヴォーカルが最高だ。この曲 ”Blame It....”を、コールは甘くハスキーな声で、ゆったりと唄いあげている。

The Cure (1990)
Keith Jarret
”Blame It on My Youth”という曲自体は、歌詞もメロディも、あの時代らしいシンプルな美曲で、特にどうということはない楽曲だと思うが、ライヴ・アルバム『The Cure』(1990 ECM)で、
その単純な曲を素晴らしいジャズ・バラード演奏に昇華させたのがキース・ジャレット Keith Jarrett だ。それ以前にはこの曲のピアノトリオでの演奏は見当たらないので、『The Cure』でのキースのスタンダード・トリオ(Gary Peacock-b, Jack DeJohnette-ds)によるライヴ演奏(NYタウンホール)によって、それ以降この曲はジャズ・ピアノのスタンダードになり、様々なピアニストが取り上げるようになったのだと思う。キースは90年代になって一度病に倒れた後、1997年のソロアルバム『The Melody at Night, with You』で、再度この曲を取り上げていて、そちらも心に沁みる良い演奏だ。『The Cure』で、中盤のゲイリー・ピーコックのベースソロの後、徐々に美しく高揚してゆくキースの耽美的演奏は、本当にため息が出るほど素晴らしい。キースには美しいバラード演奏がたくさんあるが、これは同じくライヴ・アルバム『Tribute』(1990)での"Ballad of the Sad Young Men"と並び、キースの私的ベスト・バラードである。

The Art of the Trio Vol 1 (1997)
Brad Mehldau
おそらくキースの演奏に最初に触発されたピアニストがブラッド・メルドーBrad Mehldau で、『
The Art of the Trio Vol.1』(1997)でこの曲に初挑戦している。流れるような美しいメロディの奔流で、まるで別の曲のように格調高く仕上げてゆくキースの演奏に対して、メルドーは独特のリズムをベースにした寡黙な演奏で、余白と間合いをたっぷりと取り入れながら、訥々と、繊細にこの曲を仕上げている。他の曲を含めて、このCDを聞いただけで、メルドーがキースを含めた20世紀の他のジャズ・ピアノ奏者たちとは違う独特のフィーリングとコンセプトを持ったピアニストであることがよくわかる。

Minor Meeting (2001)
Carsten Dahl

もう1枚のピアノ・トリオは、日本のマシュマロ・レーベル(Marshmallow Records )からリリースされたデンマークのピアニスト、
カーステン・ダールCarsten Dahl トリオの『マイナー・ミーティングMinor Meeting』(2001)だ(Jesper Lundgaard-b、Alex Riel-ds)。ダールは元ドラマーで、デンマークを代表するピアニストであり、今は絵画も手掛ける芸術家。ジャケット写真がジャズっぽくないのが残念だが、内容はバラード系のスタンダード曲を集めたもの。このCDは録音が独特で、ピアノもベースもエコーがかなり強めだが、逆にそれがこの曲の耽美的性格を強調しているので、そういうサウンドが好みの人にとってはいいかもしれない。この人の演奏はどの曲にも不思議な感覚がある。ダールの作品は、同じくマシュマロからリリースした『ブルー・トレインBlue Train』(2005)も持っているが、こちらはメンバー、録音ともに違うので本作とはイメージが異なる。

Pao (2001)
Eugene Pao
私有のCD中、この曲の唯一のギター・ヴァージョンが収録されているのがユージン・パオ
Eugene PaoPao』(2001 Stunt) だ。このCDは私の愛聴盤で、本ブログ記事の「ジャズ・ギターを楽しむ(1)」(2018/10)でも紹介している。ユージン・パオは、香港生まれ北米(アメリカ、カナダ)育ちのジャズ・ギタリストで、このCDもマッズ・ヴィンディングMads Vinding(b)のトリオ(Alex Riel-ds、Olivier Antunes-p)というデンマークのミュージシャンとの共演盤である。全9曲のうち6曲がナイロン弦のガットギターによる演奏で、"Blame It on My Youth"の他、ウェイン・ショーター作の"Infant Eyes" や"My Foolish Heart" などの古いバラード曲の演奏は、ナイロン弦の響きがとても曲調と合っている。録音も非常にクリアで、共演のマッズ・ヴィンディングのベース、オリビエ・アントゥヌスのピアノの音色、パオのガットギターの響きも余韻も非常に美しい。

2025/07/21

ジャズ・バラードの森(4)Misty

1970年代、六本木がまだ静かな大人の街だったころ、今はミッドタウンになった防衛庁前の暗い通り沿いに、"MISTY"と縦のネオンサインが ぽつんと浮かんでいた「ミスティ」 は、いいジャズクラブだった。中本マリや安田南がボーカルで、山本剛トリオがハウス・バンドで出演していた。地下の入り口への階段を降りて行くと、休憩中の安田南が煙草を吸っていて、一言二言会話した。関西フォーク「ザ・ディラン」メンバーだった西岡恭蔵の作った曲「プカプカ」のモデルが、その安田南だったらしいと知ったのは最近のことだ。中に入ると、しっくいの白壁に囲まれた穴倉のような作りで、幅広のカウンターがグランド・ピアノの回りをぐるりと囲んでいた。飲んでいる目の前でピアノを弾く山本剛、歌う安田南と、実にぜいたくな大人の雰囲気に満ちていた。大音量のスピーカーから出てくる音を暗がりで聴くジャズ喫茶や、「新宿Pit Inn」の結構過激なライヴに慣れていた目からすると、本当に不思議な空間だった。オシャレな年配の客が多く、落ち着いて酒を飲みながら演奏を楽しんでいて、当時20代だった自分も一気に大人の仲間入りをしたような気がした。その後70年代の終わりになるとフュージョンを取り入れるようになって店の雰囲気も変わり、徐々に足が遠のくまでずいぶん通ったが、80年代バブルの到来とともに店も消えた。伝説的な存在だった安田南も70年代末頃に消え、その後の行方もはっきりしなかったそうだ。一緒に店に通ったジャズ好きな商社マンAさんも、その後まもなくして亡くなってしまった。

Misty
 山本剛 (1974)
エロル・ガーナー作の曲 "Misty" は、当時の日本人が最も好きなジャズ・バラードの一つだった。この曲の代表的奏者だった山本剛は、店も曲 も"Misty"と共にあった。濃い霧の彼方から人影が徐々に浮かんでくるような山本の弾く神秘的な"Misty"は素晴らしい。クラブ「Misty」でのスタインウェイの豊かで柔らかな響きとは異なり、ピアノの「音の芯」をデフォルメしたようなスリー・ブラインド・マイス (TBM/神成芳彦Eng) のアルバム『Misty』(1974) のサウンドには色々な意見があったが、これはこれで山本剛のピアノタッチの瞬間の美しさを忠実に捉えていたと言えるだろう(福井五十雄-b、小原哲次郎-ds)。しかし、今でもこのアルバムを聴きながら、70年代の六本木 「Misty」 で流れていたあの時間を想い出すと、何故かまるで夢の中の出来事だったような気がするのである。

The Original Misty
Errol Garner (1954)
一方、こちらは文字通りガーナー本人のアルバム『The Original Misty』(1954) である。ガーナーと言えば、日本では『Concert by the Sea』(1955)での熱いライヴ演奏が有名だが、この本家が弾くオリジナルの "Misty" も素晴らしい。ニューヨークからシカゴへ飛ぶ飛行機の窓から見えた霧の様子から瞬間的に着想した曲で、ガーナーは譜面が書けなかったので、到着後すぐにピアニストに依頼して曲を完成させたという。ガーナーのリズミックな他の曲や演奏とは大分趣が違うが、タイトル「Misty (霧深き)」そのままの印象的なメロディを持つ実に美しい曲である。他に、ケニー・ドリュー、ジャック・ウィルソン、レイ・ブライアントのトリオ演奏盤も持っているが、やはりピアノトリオはこの本家と、山本剛盤がいちばん好きだ。ところで、先日NHK-BSで『恐怖のメロディ』(1971)というクリント・イーストウッドの初監督作品をやっていた。その原題が『Play Misty For Me』といういかにもジャズ好きなイーストウッドらしいタイトルで、ラブロマンスか?と予想して観たら、なんと、後年の映画『危険な情事』『ミザリー』の元ネタになったという元祖女ストーカー、サイコ・スリラー映画でびっくりした(日本語タイトルの理由がわかった。肝心のガーナーのMistyは映画の最後に使われただけで、映画中ではまったく流れなかったが)。

Vaughan and Violins 
Sarah Vaughan (1959)
この曲はピアノ曲として誕生したが、後になってジョニー・バークという作詞家が1959年に詞を書いて、ジョニー・マチスが唄ったヴォーカル・ヴァージョンもポピュラーになった。日本でもジャズ・ヴォーカルの定番としてよく唄われていた。エラ・フィッツジェラルドのバージョンもあるが、私が持っているのはキャロル・スローン、ケイコ・リー、そしてサラ・ヴォーンSarah Vaughan のコンピ盤中の1曲だ。サラのオリジナル盤は、クインシー・ジョーンズのアレンジで、ストリングスをバックにしてパリ録音した左記アルバム『Vaughan and Violins』に収録されている。ここにはケニー・クラークのドラムスに加え、ズート・シムズがサックスで参加している。サラがリラックスして伸びやかに唄っている。

Smokin' at the Half Note
Wes Montgomery (1964)
ギター・バージョンは、やはりウェス・モンゴメリーWes Montgomery の「ハーフ・ノート」ライヴ演奏(実際はスタジオ録音とのミックス)だろう。ウィントン・ケリーのピアノ・トリオにウェスが客演した形を取った『Smokin' at the Half Note』(1964 ) は、ウェスがポップス寄りの演奏に移行する前の録音で、ウェス全作品の中でも、その圧倒的なドライヴ感が楽しめる名盤だ。LP時代からジャケット色の違いから青盤、赤盤と音源が分散していたが、CD時代になってからも何度かリリースされていて、構成がよくわからないレコードだ。私が持っているCDはオリジナルの『Smokin' at the Half Note』(5曲)と追加で出たCompleteと称した9曲入りCDだ。"Misty" は後者に収録されている。ウェスはリバーサイドでのメジャー・デビュー前の、地元インディアナポリスでの発掘音源『Echoes of Indiana Avenue』(1958 ?)でも"Misty" を演奏している。こちらもライヴで、アーシーかつブルージーな"Misty" が聴ける。

Flamingo
S.Grappelli & M.Petrucciani (1995)
手持ちのインストものをもう1枚挙げれば、ヴァイオリンのステファン・グラッペリStéphane Grappelli (1908-97)とピアノのミシェル・ペトルチアーニMichel Petrucciani (1962-99) が共演した『フラミンゴ Flamingo』(1995)だ。グラッペリ87歳、ペトルチアーニ32歳のときの録音であり、ジョージ・ムラーツ(b)、ロイ・ヘインズ(ds)をバックにして、有名なジャズ・スタンダードをリラックスして流麗に演奏している楽しいアルバムだ。いかにもフランス的な軽妙かつ優雅な"Misty" が聴ける。

2025/06/29

ジャズ・バラードの森(3)For All We Know

"フォー・オール・ウィ・ノウ For All We Know" は、1934年に書かれた古い曲で (J. Fred Coots曲/ Sam M. Lewis詞)、短く、どちらかと言えば歌詞もメロディも地味だが、別れゆく男女の、やむにやまれぬ切ない気持ちが込められた非常に美しいラヴソングである(70年代にカーペンターズが唄ったのは同名異曲)。だが単に陳腐でセンチメンタルな恋歌ではなく、曲に品格があり、いかにもアメリカン・バラード的な温かさ、やさしさが歌詞とメロディ全体から伝わってくる名曲だ。だから唄い上げるよりも、哀切さと共に、歌の底に流れる、相手を思いやるやさしさが、さりげなく表現されている穏やかな歌唱や演奏が曲想に合っていると思う。『Lady in Satin』(1958) のビリー・ホリデイBillie Holiday の歌唱はこの点でまさに完璧だ。

Lady in Satin 
Billie Holiday 
(1958)
ホリデイは ”Sweetheart, the night is growing old/ Sweetheart, my love is still untold……" というヴァースから唄っている。    

    For all we know / We may never meet again
    Before you go / Make this moment sweet again
    We won't say "Good night(bye)" until the last minute
    I'll hold out my hand and my heart will be in it…… 

この曲のタイトル "For All We Know"(=as far as we know たぶん、おそらく) の適切な和訳は意外と難しい。歌詞の内容に即して、ふさわしい日本語タイトル名をいろいろ考えてみたが、なかなか良い案が出ない。やはり「分かってはいるけれど……(たぶん二人はもう二度と会えないだろう)」という哀切さと、諦念のニュアンスのこもった短い日本語が適切だろう。どうにもならない運命には逆らえず、二人の未来はもうあきらめるしかない、というニュアンスが欲しい。思い切り意訳すれば、「今宵限りの」という訳も可能かもしれない。つまりは「今日でお別れ」である(古いが…原曲も古いので)。

私有の女性ジャズ・ヴォーカルでは、ニーナ・シモン (1957)、とドーリー・ベイカー(1993)があるし、男声ではナット・キング・コール (1958) も有名だ。しかし上述した理由から、ゴスペル調でドラマチックに唄い上げるニーナ・シモンや、高らかな美声のナット・キング・コールよりも、最晩年(亡くなる前年)、人生を知り尽くし、彼岸に向かって歩き始めたかのように、ストリングスをバックに仄かな暗さを湛えて唄う『Lady in Satin』のビリー・ホリデイの枯れた歌唱が、私的にはやはりいちばん心に響く。声や技術の衰えとか、年齢による歌唱の質の問題はあるだろうが、そんなことなど超越した、歌に込めた情感の素晴らしさがこのアルバムのホリデイにはある(それは、バド・パウエルやモンクといったジャズの巨人たちの、最晩年の演奏にも感じることだ。)"I'm a Fool to Want You" をはじめ、 ホリデイのこのレコードは全曲が素晴らしいが、特にこの曲は短く、シンプルで、美しいがゆえに、なおさらだ。

The Art of the Trio Vol.3
 Brad Mehldau 
(1998)
インストではピアノ・ヴァージョンが多く、私が持っているピアノ盤では、デイヴ・マッケンナ Dave McKenna の相変わらず味わいのあるソロピアノ(1955 『Solo Piano』)、ギルド・マホネス Gildo Mahoness の古風だが技巧を凝らした華麗なトリオ演奏(1990 『Gildo Mahoness Trio』)、ブラッド・メルドー Brad Mehldauの端正でモダンなトリオ演奏 (1998 『The Art of the Trio Vol.3』)もあって、それぞれに美しい。ピアノ・トリオとしては、ラリー・グレナディア (b), ホルヘ・ロッシィ(ds)というメルドー・トリオの演奏が、ホリデイ盤と並んで曲想をもっとも美しく表現し、完成度が高いように思う。このアルバムは、冒頭の "Song-Song" をはじめ、他の曲も20代の若きメルドーのロマンチックで繊細な表現が美しく、名演ぞろいの傑作CDである。20世紀末の録音、あれから、もう30年近く経ったのか…という感慨もひとしお感じるレコードだ。
原曲の持つ、哀しいが、素朴で温かな別れ歌のイメージをもっともよく表現しているもう1枚のピアノ演奏は、病から回復途上にあったキース・ジャレット Keith Jarretが、ベースのチャーリー・ヘイデン Charlie Hadenと久々にデュオで共演した『Jasmin』(2010) 中の1曲だ。キースが他のアルバムで演奏したこの曲の音源を私は聞いたことがないので、想像だが、これはアメリカン・バラードを好むチャーリー・ヘイデンの選曲かもしれない。ECMの他のキースのライヴ・アルバムのような、きらびやかで、きれいに余韻が響き渡る録音ではなく、キースの自宅スタジオでいわば私家録音されたかのような音源は、響きが抑え気味で地味だが、ピアノとベースの質感はよく捉えており、病を経たキースの訥々とした丁寧な演奏が、逆にこの曲の持つ素朴な美しさと哀切さをよく表現しているように思う。このCDは、他の演奏も同じムードを感じさせ、キースの他のレコードとはどこか異なる、しみじみと枯れた味わいを持ったレコードだ。

Guitar On the Go
Wes Montgomery
 (1961)
私が保有しているこの曲の唯一のギター盤が、Wes Montgomeryの『Guitar On The Go』(1961)で、メル・ラインのハモンド・オルガンとウェスのギターによるデュオによる演奏で、ホリデイ盤から3年後の録音だ。インディアナ・ポリスの盟友であるこの二人の、ブルージーでリラックスしたサウンドは、他のレコードのような哀切さはあまり感じられないが、この曲のメロディの美しさを別の視点で捉えた、さらりとした "For All We Know" を聞かせてくれる。実は、この曲を初めて聴いたのも、良い曲だとメロディを覚えたのも、高校生時代に生まれて初めて買ったジャズ・レコード、ウェスのこのアルバムだった。他の曲もすべてスムーズかつブルージーな気持ちの良い演奏で、私の愛聴盤の1枚だ。

Live in Tokyo
Chet Baker
 (1987 King)
そして、この曲のヴォーカルとインスト(トランペット)両方の極めつけが、ホリデイから30年後に録音されたチェット・ベイカーChet Bakerの『Live in Tokyo』(1987)ではないかと思う。オランダで不慮の死を遂げる前年の、最晩年の「東京」でのライヴ公演であり、チェット唯一の日本録音である。独特のアンニュイでブルージーなヴォーカルとトランペットが、「未来のない恋人たち」という曲想にピタリとはまって、私的にはビリー・ホリデイ盤と並ぶこの曲のベスト・トラックだ。私は行けなかったが、1987年、昭和女子大・人見講堂でのチェット最後の来日公演は、バブル真っ盛りで浮き立っていた一方で、どこかに「これでいいのか…?」と漠然とした不安や疲労も感じていた日本のジャズファンを癒し、魅了したことだろう。この2枚組CD(Memorial Box) は録音も非常に良く、音の粒立ちがきれいで、ハロルド・ダンコ Harold Danko (p), Hein van de Geyn (b), John Engels (ds)というトリオをバックにしたカルテットだが、当時ヨーロッパでリー・コニッツと双頭カルテットを率いていたダンコの、チェットに寄り添うような知的で控え目なピアノも美しい。リー・コニッツはチェット・ベイカーのことを、唄うがごとく自然にトランペットでメロディを生み出す真正のインプロヴァイザーだと評していたが、この曲を聴くと、まさにその通りだと思う。ヴォーカルとトランペットが、切れ目なく自然に流れてゆくようなチェットのサウンドは実に見事で美しい。

最晩年のチェット・ベイカーの他のスタジオ録音は、それなりに魅力があるが、時どきあの世に一緒に連れて行かれそうなほど暗いイメージがあるのであまり聴かない。だが、このCDはライヴ録音ということもあってそこまでの暗さはなく、むしろはかなく美しい。若い頃に比べると声に瑞々しさが欠けているのは仕方がないが、それでも持ち前の、囁くように深くどこまでも沈みこむヴォーカルと、底知れない孤独を表現するチェットのトランペット・サウンドには唯一無二の魅力があり、この名曲の最高の解釈と演奏の一つだと思う。東京公演を収めたこの2枚組CD(愛蔵版)には、他のスタンダード曲と共に、"Almost Blue" 、"My Funny Valentine"、 "I'm a Fool to Want You"などチェットの得意なバラードも収録されており、彼が最晩年に、それも東京で残した傑作だ。

2025/05/31

ジャズ・バラードの森 (2)Soultrane

Mating Call
Dameron/Coltrane
(1957 Prestige)

日本語で「ソウルトレーン」 をネット検索すると、ジョン・コルトレーンJohn Coltrane が1958年2月にPrestigeレーベルに録音した初リーダー作のアルバム『Soultrane』がまず出て来る。だが、そのレコードにはここで言う曲・演奏 である "Soultrane" は収録されていない。また1970年代に日本でもTV放送されていた、米国のソウル・ダンス番組『ソウル・トレイン(こちらのスペルは "Soul Train")』とも関係ない。ややこしいが、これはピアニストで作曲家のタッド・ダメロン Tadd Dameron (1917-65) がリーダーのアルバム『Mating Call』(1957 Prestige) 中の1曲で、ダメロンが作曲し、カルテット(+ John Simmons-b, Philie Joe Jones-ds)で1956年にコルトレーンが初演した曲だと知ったのは、かなり後になってからのことだ。

"Soultrane" という曲名は、たぶん"Soul"と"Coltrane" からの合成語だろう(確認していないが)。アルバム『Mating Call』の録音は1956年11月なので、コルトレーンがドラッグ問題でフィリー・ジョーと共にマイルス・バンドをクビになった頃だろうが、いずれにしろ翌1957年7月から「ファイブ・スポット」で、モンクが初リーダーとなったカルテットの一員として誘われ、そこでモンクの下で修行・開眼する前、まだほぼ無名時代のトレーンの演奏だ。1956年と言えば、コルトレーンより一足早くドラッグを克服したソニー・ロリンズが『Saxophone Colossus』(Prestige) をはじめとして一気に何枚もレコーディングし、飛ぶ鳥を落とす勢いで台頭した年で、コルトレーンもロリンズの『Tenor Madness』(1956 Prestige) では一部共演しているが、当時ロリンズには大きく水をあけられていた。だからこの時代の演奏は、堂々としたロリンズに比べると、まだどこかぎこちない部分もあるが、逆にこの "Soultrane" などでは、後の名盤『Ballads』(1961 Impulse!) に通じる、飛躍前のコルトレーンの素朴で美しいバラード演奏が聴ける。

コルトレーンが吹く "Soultrane" を聴くと、半世紀以上前の学生時代、夜明け前の神戸の夜景を思い出す。大学の封鎖で授業もなく、やることもないので、毎晩、空がうっすらと明るくなるまで起きて本を読んだりしながら当時夢中になっていたジャズを聴いていたからだ。擦り切れるまで聴いたそのLPレコードは、ジャズ初心者だった自分で買ったばかりの、日本編集のコルトレーンのオムニバス盤(コンピレーション)で、コルトレーンの50年代の有名曲だけを集めたアルバムだった。"Soultrane" はその中の1曲で、たぶん私が初めて感動した「ジャズ・バラード」  だった。ジャズ・バラードの美しさというものを初めて感覚的に理解し、ジャズ全体への興味を深めるきっかけになった1曲だ。ダメロンの弾くシンプルで美しいピアノのイントロを聴いただけで、今でもじわりと懐かしさが込み上げてくる。続くコルトレーンのきしむような切ないテナーのサウンドも胸に沁みる。コルトレーンのバラード演奏は、いつ聞いても本当に素晴らしい。だから私にとってコルトレーンの吹くこの "Soultrane"こそが 「 ジャズ・バラード」 のデフォルトなのだ。

Plays Tadd Dameron
Barry Harris (1975 Xanadu)
1970年代半ばには、当時隆盛だったフリー・ジャズやフュージョンへの反動もあって、バップ・リヴァイバルというべき流れが生まれ、多くのベテラン・ジャズ・ミュージシャンたちがビバップ的ジャズを「新譜」で吹き込んでいた。『バリー・ハリス・プレイズ・タッド・ダメロン Barry Harris Plays Tadd Dameron』(1975 Xanadu) もそうしたアルバムの1枚で、多くのバップ曲を作ったダメロンの曲だけを演奏したピアノ・トリオ・アルバムだ(+ Gene Taylor-b、Leroy Williams-ds)。バリー・ハリス (1929-2021) はデトロイトのバド・パウエルと呼ばれていたほど、パウエルの影響を受けていたピアニストで、後進のピアニストたちを長年ニューヨークで指導してきた人としても有名だ。私はバリー・ハリスのファンだったので(本ブログ記事2017年4月「鈍色のピアノ」参照)、そのハリスの弾く "Soultrane"ときたら否も応もなく、当時すぐにこのレコードを入手した(Xanaduの質素なLPジャケットは、まあ置いておくとして…)。相変わらず渋く心に響くハリスのピアノから、ダメロンの美しく印象的なメロディが流れてくるのを聴いているときほど楽しい時間はなかった。このレコードは他にもバップ的名曲が並ぶので、ハリスのピアノが好きな人なら大いに楽しめる。

Gentle November
Kazunori Takeda (1979 Frasco)
もう1枚は、本ブログの別記事(2018年12月、「男のバラード」)でも紹介した日本のテナーサックス奏者で、早逝した武田和命(かずのり、1939-89)の最初にして最後のリーダー作『ジェントル・ノヴェンバー Gentle November』(1979 Frasco) だ。山下洋輔(p)、国仲勝男(b)、森山威男(ds) とのワンホーン・カルテットで、"Soul Trane"(このレコードでは、このスペルで表記されている)を含むコルトレーンにちなむ4曲と、武田の自作曲4曲からなるバラード集である。60年代には山下洋輔Gで活動し、フリー・ジャズの人と思われていた伝説のサックス奏者、武田和命が復帰し、予想を裏切る優しく穏やかなサウンドで演奏している。国や民族に関わらず人間の抱く感情に差はないと思うが、その「表現」の仕方はそれぞれ異なる。日本人奏者のジャズにおける感情表現も、当然日本的になるものだが、それを普遍的な表現にまで昇華させるのは簡単ではない。コルトレーンにはコルトレーンの美と素晴らしさがあるが、武田の吹く "Soul Trane"には、「日本人の男」にしか表現できない哀切さと抒情が満ちているのだ。カムバックした武田を支える山下トリオの控えめで友情に満ちたバッキングもそうだ。この演奏は、日本男児のバラードを見事に表現した名演である。その武田の死後、1989年に山下Gに加わったサックス奏者が菊地成孔だったというのも、今や有名な話だ。

Playin' Plain
Koichi Hiroki (1996 Biyuya)
"Soultrane" は、それほどポピュラーなジャズ曲ではないので、他の楽器で演奏したアルバムとして私が所有しているのは、廣木光一のギターソロ『Playin' Plain』(1996 Biyuya)だけだ。ガット(ナイロン弦)ギターによるジャズ・スタンダードのソロ演奏だけのレコードは、他にはジョー・パスしか私は知らない(ラルフ・タウナーが12弦ギターでやっている)。タイトル通り、原曲をシンプルに弾くというコンセプトを基本に、時に前衛的に、時にオーソドックスに、ガットギター一本だけで、ジャズ・スタンダードに挑戦するという姿勢が素晴らしい。さすがに師・高柳昌行の薫陶を受けた人だけのことはある。ここでの "Soultrane" も、シンプルに、スペースたっぷりの余韻を生かした個性的な演奏だ。他に"Everything Happens to Me", "Over the Rainbow", "Ruby, My Dear" などポピュラーなバラード曲も並ぶが、どれもユニークで聞き飽きない。武田和命と同じく、廣木光一のガット・ギター演奏からも、清々しい抒情という日本的な美が強く感じられる。このCDは私の30年来の愛聴盤だが、残念なことに今はもう入手できないようだ。中古CDのみになるが、探してみる価値はある。廣木光一は他にも、渋谷毅(p)との美しいデユオ・アルバムや、ボッサなどラテンの香りの強いユニークなアルバムも発表しているので、ガットギターのサウンドが好きな人は、是非これらの演奏を聴いてみることをお勧めしたい。

2025/04/30

ジャズ・バラードの森(1)Spring Can Really Hang You Up the Most

Clap Hands, Here Comes Charlie!
Ella Fitzgerald (1961 Verve)
『ジャズ・バラードの森』は、まず季節柄、「春」にちなんだ名曲 "Spring Can Really Hang You Up the Most" で始めたい。長ったらしいタイトルだが、歌詞も長い。Wikiによればフラン・ランデスマンという女性詩人の詩に、トミー・ウルフという人が曲をつけたという(1955)。タイトルは、T.S.エリオットの詩『荒地 (The Waste Land)』の冒頭の "四月は最も残酷な月 (April is the cruellest month)" という一節を、ジャズ風にアレンジしたものだという。この "hang (you) up" は、「人を悩ませる、困らせる」の意。要は「春は良い季節だが、どうしても憂鬱になる」という洋の東西を問わない「春先の嘆き、ぼやき」の歌。歌詞も長いが、女性の作者でもあり、メロディが魅力的なので、ジャズでは特に女性ヴォーカルで取り上げられることが多く、またこの曲のファンも多いようだ。ネット上で見ると、「訳詞案」もずいぶんと目にするので、興味のある人はどうぞ。この曲は声を張り上げず、抑え気味に囁くように唄うのが正解かと思う("ぼやき" なので)。近年(2022年)ノラ・ジョーンズの、デビュー前の未発表録音がリリースされて話題を呼んだようだが、私の所有レコードの中では、まずエラ・フィッツジェラルドElla Fitzgeraldのアルバム『Clap Hands, Here Comes Charlie!』(1961 Verve) が挙げられる。ルー・レヴィー(p)、ハーブ・エリス(g) 他が共演したこのレコードでは、エラがしっとりと美しく唄いあげている。エラは高速スキャットだけでなく、やはりこういう曲も非常にうまいことがよく分かる。

Where is Love?
Irene Kral (1975 Choice)
囁きという点では同じく、アイリーン・クラール Irene Kral が癌で亡くなる数年前に録音した名盤『Where is Love?』(1975 Choice) 中の1曲だ。このレコードは、全ジャズ・ヴォーカルのレコード中でも名盤と言えるほど、ジャズ・ヴォーカルのエッセンスが詰まった名作で、”Spring Can…" はもちろんのこと、1曲目の "I Like You, You are Nice" から始まるどのトラックも実に素晴らしい。カーメン・マクレーはビリー・ホリデイを、アイリーン・クラールはカーメン・マクレーを尊敬して手本としていたそうだが、3者に共通するのは歌唱の上品さで、きれいに発音する歌詞と、そこに込められた得も言われぬ微妙な情感が素晴らしい(ちなみに歌手&ピアニストのダイアナ・クラールの手本はアイリーン・クラールだそうで、このアルバム中の ”When I Look in Your Eyes" を自身の持ち歌として何度かカバーしている)。こうしたスロー・バラードを唄うと、単に歌がうまいとかいうことを超越した、「ジャズの歌い手」としての真の技量が分かる。本作はニュージーランド出身で、レニー・トリスターノに師事したという変わったキャリアのピアニスト、アラン・ブロ-ドベントのピアノだけが伴奏のデュオであり、小さな会場で語りかけるように唄うアイリーンのシャンソン風の名唱が堪能できる。

Pop Pop
Rickie Lee Jones (1991 Geffen)
3枚目は、まったく世界の異なる1作だが、私の大好きなアルバム、リーッキー・リー・ジョーンズRickie Lee Jones (1954-)の『Pop Pop』(1991) 中の1曲だ。この人はジャズの人ではないが、このアルバムでの歌唱は素晴らしくユニークで、時どきどうしても聴きたくなる中毒性がある。ロベン・フォードのガット・ギター、チャーリー・ヘイデンのベースの他、バンドネオン、ヴァイオリンなど多彩なアコースティック楽器による伴奏をバックに、ジャズ・スタンダードやロック曲を、ブルースやカントリー風の味付けを加えてジョーンズが鼻づまり気味(?)の声で唄う。まるで「あのちゃん」が唄っているように聞こえるが、この唯一無二のけだるい世界に嵌ると病みつきになる。メロディ・ガルドー(1985-)の世界は、ある意味この延長線上にあるような気もする(違うか?)。このCDは、さるオーディオ紙にも取り上げられたほどだったので、特にロベン・フォードのナイロン弦ギターをはじめ、アコースティックな響きを見事にとらえた録音も素晴らしい(しかし、ここで紹介している4枚のレコードはどれも録音が良い)。

Zoot Sims in Paris
(1961 UA)
この曲のインストものは少ないが、唯一私が保有しているのは、ズート・シムズ Zoot Sims (ts) がパリでライヴ録音した『Zoot Sims in Paris』(Live at Blue Note 1961 UA) だ。実を言えば、この曲を美しい曲だなと感心したきっかけは、このレコードのズートの演奏なのだ。米国ジャズメンのパリ録音、特にライヴ演奏は、なぜか名盤と呼ばれるレコードが多い。大衆音楽ではなく、ジャズを初めて芸術だと認めたフランスとパリの持つ独特の空気が、彼らの精神をインスパイアするのだと思う。ズートのパリ録音にも『デュクレテ・トムソン』(1956)など他にも何枚か名盤と呼ばれているレコードがあるが、この密室感の強いクラブ・ライヴも何度も聞き返したくなるような魅力がある名作だ。ズートがアンリ・ルノーのピアノ・トリオをバックにしたカルテットの演奏で、他のバラード曲 "These Foolish Things" や " You Go to My Head" も、しっとりと唄うズートのテナーが、曲想にぴたりと合ってどの演奏もしみじみして素晴らしい。ズート・シムズの演奏の魅力は、テクニックだけでなく、人柄の滲み出たその温かなサウンドにある。このパリでのライヴ・アルバムでも、短いプレイだが、"Spring Can..." の持つ春の憂鬱を表現しつつ、そのサウンドにはどこか春の温かさも感じられる、とてもいい演奏だ。

2025/03/27

ジャズ・バラードの森を歩く

去年の11月14日に「こころ旅」の火野正平氏がぽっくりと逝ってしまい、12月7日の追悼記事の後3ヶ月以上このブログの更新もしていなかった。ひょっとして私もぽっくり逝ったか…?と思った人もいるかもしれないが、安心してください。生きてますから。ただし腰痛が続いていて、そこは正平氏と同じだし、もういつ逝っても不思議ではない歳になった。

ここ数ヶ月間ソニー・ロリンズの伝記『Saxophone Colossus』翻訳の仕上げ作業に集中していたのでブログ更新の時間がなかった。前回の正平氏の記事がちょうど200番目になり、キリもいいし、ジャズネタもそろそろ尽きてきたので、もうこのへんでブログも店終いしようかとも思っていた。だが、翻訳がやっと2月でほぼ完了し、多少余裕ができたこともあって、やはりブログも再開してみることにした。NHK-BSの「こころ旅」も、今年の春の旅が、私的ないちオシだった田中美佐子氏に決まり、4月から放映開始するそうだ。きっと面白いと思う。正平氏もたぶんこの人選に異存はないだろう。

大著の翻訳(2年かかった)から解放されて、今は久々にゆったり、のんびりと静かにジャズを聴きたい気分なのだが、最近つくづくと感じるのは、配信、スマホ、SNS時代の今の世の中は何もかも慌ただしくて、余裕というものがない。映像は倍速視聴で楽しみ、Popsもコンピュータを使うせいだろうが、やたらとテンポの速い曲、コードチェンジ、リズムの複雑な曲、歌詞を目いっぱい詰め込んだような曲、ずっと声を張り上げて熱唱するような曲…と、とにかく「行間や余白、余韻の少ない」音楽が溢れている。作る側も聞く側も若い年齢層が中心なので、感覚的にそうなるのは当然でもある。だから趣味の音楽は、供給側任せにしないで、自分の好みや人生のテンポに合った音楽を、自分でセレクトして聞くようにしないと、年寄りには疲れて仕方がない。しかし今は、80年代シティポップや、カラオケで唄う若者にも昭和歌謡が人気のようで、それもよく分かる。現代の速い、複雑な音楽は疲れるし、微妙な感情の揺れや陰翳の表現とか、じわりと心に響くものが欠けているからだ。聴く人にとって分かりやすい、覚えやすい、唄いやすい、というのも音楽の魅力の重要な要素なのだ。

ジャズも同じだ。たとえば漫画『Blue Giant』で描かれているような、血沸き肉躍るがごとき熱いジャズを聴き、かつそれを楽しむためには、聴き手側にも同じくらいの「エネルギー」を必要とするのである。主人公の宮本大だって、あんな熱量の高い演奏ばかりの音楽を続けていたら(…聞こえないが、想像で)、やがて身体がいくつあっても足らなくなるだろう。昔のジャズメンのドラッグ依存も、「同じことは二度とやらない=常に"創造"を求める」「演奏に全開の”パワー”を求める」という、ジャズ特有の要件(=脅迫観念)と大いに関係があるのだ。

他のポピュラー音楽にはないジャズの魅力とは、100年という歴史ゆえの重層性と多様性を持ち、同時に、「変化し続ける現代の音楽」でもあるので、聴き手の様々な嗜好や願望を受け入れるだけの奥行きと懐の深さを持っているところだ。時代が移り変わっても、あまり「古くさくならない」のが、ジャズの持つもう一つの魅力であり特徴だ。1950年代のジャズレコードが、今の音楽よりも、「ずっとモダンに」聞こえるときも多々あるのだ。ソロ、小編成コンボ、ビッグバンド、ヴォーカルというバンド編成も、管楽器、弦楽器、鍵盤楽器など使う楽器の種類も多彩だ。気力、体力のある若者だけが楽しめる速いテンポの演奏だけではなく、歳をとっても楽しめるスローで穏やかなジャズもあるし、個人の嗜好や、その時の気分次第で楽しめる様々なジャズがある。またライヴで聴ける現在進行形のジャズはもちろん、100年前から現在に至るまで、この一世紀の間に録音された数え切れないほどの音源も残されている。そこには熱く激しいジャズもあれば、アブストラクトな前衛的ジャズも、クールに深く沈潜するジャズも、リラックスして気楽に楽しめる穏やかなジャズもある。

「ジャズに ”名演” あって ”名曲” なし」と、昔からよく言われてきた。つまりジャズという音楽では、楽曲はあくまで演奏のための「素材」であり、原曲がどんな曲であれ、それを「どう料理(即興演奏)するか」というところに、ジャズという音楽の魅力と本質があるのだ――という、ジャズの真実の一面を語った言葉だ。確かにそうなのだが、しかし、当たり前だが「ロクでもない曲(素材)」はどう演奏(料理)しようとやはりロクでもない――というのもまた音楽的真実である。クラシックもそうだが、ジャズも「名曲の名演」こそが、普通のリスナーにとってはやはり音楽としていちばん楽しいし、素晴らしいのだ。「名曲」の定義とは何かと言えば、シンプルに、誰が聴いても「美しいメロディを持つ曲」に尽きるだろう。

複雑化しすぎた現代の音楽が「分かりやすいメロディ」を失って久しいが、どんなに時代が変わっても、人間にとって美しいメロディは永遠だ。煎じ詰めたら「音楽の価値」とはそこにこそある。ビバップ以降、曲のテンポを上げて、コードで分解して音楽を複雑化し、さらにモードやフリーを経て、記憶に残るようなシンプルなメロディの美をポピュラー音楽から喪失させた責任の一端はジャズにあるのだろうが、そのジャズにも、モンクのように「コードなど忘れろ。メロディこそが大事だ」と、常にメロディを重視していた音楽家はいるし、幸いなことに、録音と共に歩んできた20世紀の音楽ジャズにはそうした演奏の記録も山ほど残されている。昔は盛んだった「ジャズ・ヴォーカル」が(私は今も好きだが)、ジャズにもあったシンプルで美しいメロディを、分かりやすく世の中的につなぎとめていたのだが、今はそうした曲が演奏され唄われる機会も減って、聴く人も減り、美しいメロディを持つジャズ演奏の「記憶」が世の中から失われつつあるのは残念なことだと思う。

派手な即興演奏や、時代の先端を行ったり、難しく前衛的な演奏だけにジャズの美や価値があるのではない。「普通の音楽好き」が聴いて、普通に美しいと感動するような曲や演奏もジャズにはたくさんある。基本的にゆったりと穏やかな、それらの曲と演奏を総称して「ジャズ・バラードJazz Ballads」と呼ぶが、限られた数のジャズファンだけが、ひっそりと聴くだけでは惜しいような演奏、世代や時代を超えて、引き継がれてゆく価値のある美しいジャズ・バラードはたくさんあったし、今もある。しかも「ジャズ」なので、それらは基本的に「一回こっきり」の演奏であり、クラシックやポップスのように、いつも「同じ音符とリズム」が聞こえてくるわけではない、というジャズ特有の音楽上の変化を楽しむこともできる。

ひと口でジャズ・バラードと言っても様々だが、大きく分ければ、一般に 「スタンダード」 と呼ばれる、耳に馴染みやすい、よく知られたポップ曲(たとえば「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」等)を、そのままジャズ流に唄ったり、演奏するものが一番多く、次に 「ジャズ・オリジナル」 と言われる、ジャズ・ミュージシャンや作曲家が「ジャズ曲」として作曲したオリジナル曲(モンクの「ラウンド・ミッドナイト」等)という2種類がある。ジャズのバラード演奏は、昔から1枚のアルバム中にこうしたスローないしミディアム・スローの曲を1曲ないし2曲くらい、息抜き的にはさむケースが多い。これはライヴの場でも同じだ。ミュージシャンも聴き手も急速調ばかりでは疲れるし、かと言ってバラードばかりでは客も飽きるし、場もダレる。ジャズは小難しいとか、敷居が高いとか思っている人は今もいるだろうが、ジャズ・バラードにはコアなジャズファンだけでなく、音楽好きなら誰でも楽しめる万人むけの名曲、名演がたくさんある。ジャズはよく分からない、難しいと敬遠する普通の音楽ファンにこそ、そういう曲や演奏があることをもっと知ってもらい、聴いて楽しんでもらいたいと思ってきた。ジャズファンが息抜き的に聴くだけでは、もったいないほど美しい未知の曲や、素晴らしい演奏がたくさんあるからだ。

バラードの演奏も、上述のように、取り上げる原曲の出来の良さと大いに関係がある。「スタンダード」と一般に言われる楽曲は、1930年代から60年代にアメリカで作られたミュージカルや映画音楽用の古い歌曲がほとんどだ。あるいは「エスターテ」のようなイタリアのポピュラー曲、「枯葉」のようなフランスのシャンソン等、ヨーロッパのポピュラー音楽由来の有名曲もある。当然唄いやすく覚えやすい歌詞とメロディを持った曲が多く、それらをジャズ・ヴォーカルの素材としてジャズ歌手が唄うようになったケースが多い。インストのジャズ・バラードは、それを楽器演奏のみで行なったもので、原曲の美しい旋律を強調するために、一般的なジャズ曲に比べると即興演奏 (improvisation) の比率が相対的に少なく、中にはほとんど原曲のメロディをなぞるだけで終わるような演奏もある(それでも見事な演奏はたくさんある)。基本的にはメロディアスで大衆的な曲が元歌なので、歌詞を含めて曲自体はシンプルなものが多く、しかもスローな演奏が多い。それだけにジャズに馴染みのない人でも、曲の美しさがそのまま楽しめる。

ジャズ・バラードの中には、じっと聴いていると、こんなに単純な元歌を、ここまで洗練された音楽に仕上げ、美的に昇華させる演奏技術・能力は本当にすごい…と思わせるような驚くべき演奏もたくさんある。テンポの早い妙技をひけらかす即興演奏だけでは分からない、ジャズ・ミュージシャンの「歌心」と、音楽家としての真の「力量」を示すのもバラード演奏なのだ。特に原曲の「歌詞」をどう解釈してインストだけの演奏で表現するかは、チャーリー・パーカーやマイルス・デイヴィスをはじめ、ジャズの巨人たちの多くが昔から心掛けていたことだ。それらの演奏をじっと聴けば、歌詞がないのに、彼らの表現が、あたかも唄っているがごとき見事なバラード演奏になっていることが非常によくわかる。そして、ゆったりした曲が多いので、「同じ曲」をそれぞれのミュージシャンがどう解釈して演奏しているのかも容易に聞き取れる。「同じ曲の解釈と演奏の違い」こそが、1930年代以降、”ヴァリエーション”(変奏)の技と多彩さを競ったジャズという音楽の原点であり、高度化したモダン・ジャズは、その違いの「質」を競うことで発展してきた音楽だ。だから聴き手にとっても、ジャズとはある意味でその「違い」を楽しむ音楽でもあるのだ。

LP時代も「この名曲を、あの人が演奏したら、どうなるのだろうか?」という曲別の聴き方は、ジャズの基本的楽しみ方の一つではあったが、実際に比較して聴くには手間も時間もコストもかかった。私はアナログ時代には、LPレコードからカセットテープに好みの演奏だけを録音した私家版コンピレーション・テープを作って聴いていたが、これは作るのも、聴くのも結構な手間と時間がかかる作業だった。CD時代になっても、アナログ時代と同様にCD-Rに焼いた私家版コンピレーションCDを自分で作っていた(大分進化して便利にはなった)。さらに自由に選曲し、簡単に編集できるようになったのは、iTunes/iPodを中心にしたPCオーディオ時代になった21世紀に入ってからで、CDからPCにリッピングしたiTunesの音源データベース上で、好きな奏者別、ジャンル別、曲別…とか自由に編集して、自分好みの「プレイリスト」が自在に作成でき、それを自由に並べ変えて聴けるようになった。これはまさにジャズ・レコード鑑賞上の「革命」であり、この便利さと楽しさは、アナログ時代を思えば夢のようである。

今は、ここに挙げている昔ながらのジャズ・バラードの名盤やコンピ盤CDに加え、ネット上にはYouTubeをはじめとして「夜の…」「癒しの…」「雨の夜の…」…と、至れり尽くせりの「バラード選集」がキリもなく見つかる。しかし自分の音楽的嗜好と、私のようにオーディオ上の音質へのこだわりなど、趣味として楽しむなら、遊び方の自由度を考えると、既にCD音源を持っている人なら、自前の音楽データベースを使った方がはるかに楽しめるだろう。第一私の場合、自分の好みで購入した大量のCD、LP音源さえ死ぬまでに聴けないほどの量なので、サブスクで何億曲聞けますとか言われても、これ以上は結構です…と言うしかない。こうしてPCで作成した私家版データベース/iTunes上で「曲/奏者別」で聞けば、上述した「同じ曲の奏者による演奏の違い」を連続して比較しながら聞ける。こうして広い森を散歩するように、ぶらぶらと適当に手持ちの音源を聴いて行くと、まったく知らなかった(忘れていた)素晴らしい演奏などに出会ったりする楽しみがあり、それが面白い(要するに、レコードを持ってはいても、ロクに聞いていなかったわけだ。ジャズファンの場合、これはよくある)。私はLP 時代から変わらず、自分で実際に「購入」して、「愛聴」してきた「アルバムCD」の音源を、自分のPCに「リッピング(高音質で)」して、そこから自分で選んだ好みのジャズ・バラードの「極私的」名曲、名演奏リストを作っている。面倒くさいと言えば面倒くさいが、オーディオ的な音質へのこだわりもあるので、その作業は楽しみでもある。

というわけで本ブログの新ネタとして、普段自分でやっている「同曲の奏者別バラード演奏」の聴き比べを、今後『ジャズ・バラードの森』というシリーズで、ブログ上で気の向くままに紹介していきたいと思う。ただし、あくまでド素人が限りある手持ち音源だけを対象にして、まったくの個人的好みだけで選んでいるので、有名な曲や名演奏もあれば、そうでないものもあるし、これが…?と言われるような曲や演奏もあるだろう。しかし音楽は、どんな講釈を並べたところで結局は自分が「好きか嫌いか」という世界であり、特にジャズは、演るのも聴くのも基本的に「個人の自由な」音楽なので、それでいいのだと思っている。趣味の近い人もいれば、違う人がいるのも当然だ。いずれにしろ、そうやって残されているジャズ・バラードの名曲、名演を実際に聴き比べることで、ジャズの持つ素晴らしさ、奥深さを、一人でも多くの「音楽好き」の人たちに楽しんでもらえればと思っている。もし興味を持った曲や演奏があれば、LPやCDを購入するか、ダウンロードするか、あるいはYouTubeをはじめ、今は簡単にネット上でアクセスできるので、そこは自分で探しあてて、実際に音を聴いて楽しんでいただきたいと思います。

2023/12/28

ジャズと翻訳(6)ソニー・ロリンズ

Saxophone Colossus
Sonny Rollins
(1956 Prestige)

日本語表記の続きになるが、楽器名 "saxophone" も、昔は一般的にサックス=「サ[キ]ソフォン」 だったのが、いつごろからか「サ[ク]ソフォン」という表記が増えたようだ。辞書を見ても、両方の表記があり、ネット上でも同じで、ほぼ半々くらいか(日本語「クーソ」というつながりの音を嫌って、一部の前人が、あえて「キソ」という表記にしたのかもしれない?)。ジャズファンなら誰でも知っていたソニー・ロリンズの名盤『サキソフォン・コロッサス(=サキソフォンの巨像or巨人)』(1956)も、通称「サキコロ」で通っていた。これが「サクコロ」では何となくしまらないような気がするが…?このアルバムはトミー・フラナガン(p)、ダグ・ワトキンス(b)、マックス・ローチ(ds)という、今では夢のようなメンバーによるテナーのワンホーン・カルテットの傑作だ。ベン・ウェブスター、コールマン・ホーキンズ等に続く豪快なテナーサウンドで、ジョン・コルトレーンに先駆けて、若手テナーの第一人者という地位と人気を1950年代半ばに決定づけたロリンズの出世作でもある。大きく男性的なサウンドと、豊かなメロディライン、多彩なリズムが魅力のロリンズに対し、コード、モード奏法からフリージャズへと向かったコルトレーンという二人のジャズテナーの巨人は、その演奏スタイルと個性のゆえに、日米ともに支持ファン層が分かれていた。しかし1967年に40歳で早逝したコルトレーンに対し、その後も我が道を行き、ジャズ界の重鎮として生き抜いてきたロリンズは、21世紀の今も存命だ。

Saxophone Colossus
by Aidan Levy
(2022 Hachette Books)
実は、昨年12月に米国で出版されたソニー・ロリンズ初の本格的伝記『Saxophon Colossus: The Life and Music of Sonny Rollins』(Aidan Levy著)の邦訳版を現在翻訳中だ。本記事で触れている「大著」とはこの本のことで、何といっても約800ページ(本文テキストだけで720ページ)もあって、ロビン・ケリーの『Thelonious Monk』より長く、分厚くデカいハードカバーの現物を目の前にしたときは、さすがに「うーん…」と思わず引いた。前記事(5)の本棚写真のいちばん右側にある巨大な本(笑)がそうだが、最近の本は見た目ほど重くないのが救い(?)か(だが、モンク本以降の翻訳は、紙の原書ではなくPDFのPC画像でやっているので、デカさや重さは関係ないと言えば、ない)。ただ、この本はページ数だけでなく、ページ当たりの単語数が多いので、たぶん20%くらいはモンク本より長いかもしれない。モンク本の完訳原稿の文字数が、MSWordで約80万文字だった(出版した邦訳版はその85%の量)ので、たぶん100万文字近くは行くかもしれない…。ちなみに、長寿だったアルトのリー・コニッツが3年前に92歳でコロナで亡くなった今、1930年生まれで今年93歳になるソニー・ロリンズは、おそらく20世紀のジャズ巨匠中、最年長かつ最後の存命テナーサックス奏者だ(ただし、2014年からさすがに演奏活動は休止している)。パーカー、マイルス、コルトレーン等と同時代を生き、彼らと共にモダン・ジャズ黄金期を実際に経験してきた貴重な生き証人がロリンズなのだ (ドラマーではさらに年長の98歳のロイ・ヘインズがいるが)。

The Bridge
Sonny Rollins
(1962 RCA)
ロリンズはモダン・ジャズ史に名を刻む巨人だが、突然雲隠れしたり、宗教やヨガにはまったり、急にモヒカン刈りにしたり、モンクほどではないにしても、その思想と音楽人生には謎も多く、しかも、これまで本格的伝記は一度も書かれてこなかった。エイダン・レヴィ氏のこの伝記は、当時絶頂期だったロリンズが突然ジャズシーンから姿をくらまして(1960/61年)、一人で練習していたというイーストリバーにかかる有名な「橋」(ウィリアムズバーグ橋)を境に、その前後の年月をPART1とPART2に分けて書かれている。チャーリー・パーカー、セロニアス・モンク、バド・パウエル、クリフォード・ブラウン、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、オーネット・コールマンといったジャズ界の巨人たちとの関係はもちろん、ロリンズが関わってきた他のジャズ界の主要人物たちも次々に登場するが、その物語を、存命のロリンズ本人と著者の未発表直接インタビューをはじめ、主要ジャズ・ミュージシャンや関係者との200を超える新旧インタビューを中心にして描くという、米国ジャズマン伝記の王道を行く編集と構成だ。ロリンズの名盤誕生の背景や、レコーディング情報などもたっぷりと書かれている。

"A Great Day in Harlem"
by Art Kane (Aug.12, 1958) 
米国南部ではなく、カリブ海西インド諸島出身の両親を持つロリンズは、ニューヨーク・ハーレム生まれで、アート・テイラー(ds)、ケニー・ドリュー(p)、ジャッキー・マクリーン(as) のような友人たちと、「シュガーヒル」と呼ばれるハーレムの山の手で育った。この本でも触れているが、モダン・ジャズ全盛期の1958年夏に、そのハーレムで撮影され「エスクァイア」誌に掲載された『A Great Day in Harlem』(ハーレムの素晴らしき一日)という有名な集合写真がある。そこに写っている4世代にまたがる57人のジャズ・ミュージシャンの中で、当時ロリンズは最年少(28歳)であり、これらのうち今も存命なのは、ロリンズと1歳年上のベニー・ゴルソン (ts) の二人だけだそうだ(モンク、ミンガス、レスター・ヤングなどみな写っているが、エリントン、マイルス、コルトレーン等は、当日ニューヨーク市内にいなかったので、この写真には写っていない)。こういう写真を見ると、60年という歳月が過ぎ去ると、今自分の周りいる人間は、みんなこの世からいなくなってしまい、新しい人間と入れ替わっている――という当たり前だが、厳粛な事実をあらためて思い知る。

翻訳は、昨年夏ごろに本ブログを通じて著者エイダン・レヴィ氏から直接依頼されたもので、併せて邦訳本の出版社探しも頼まれた。ソニー・ロリンズは、私的な翻訳対象クライテリアからすると有名かつ大物すぎるのだが、これまで公表された確実な情報が意外に少なく、その人生にも陰翳がある人物であるところに興味を引かれたこともあって、思い切って翻訳を引き受けた(そのときは、まさかこれほどのボリュームの本とは思っていなかったが…)。米国での出版前、昨年秋にはPDFの最終原稿を受け取っていて、一部翻訳も始めていたのだが、予想通り、ロビン・ケリーの『Thelonious Monk』の時と同じく、出版やジャズを巡る今の情勢下、この長大な伝記を日本語で出版しようという男気のある(?)出版社がなかなか見つからず、苦労していた。だが幸いなことに、ノンフィクション翻訳書に力を入れている「亜紀書房」さんが取り上げてくれることになった。基本的に日本語の「完訳版」出版を目指しているが、そうするとたぶん1,000ページ近く(以上?)の本になるので、短縮化の可能性等も含めて、どうやって現実的折り合いをつけるか亜紀書房さんと今後検討する予定だ。モンク本と同じく、記事引用元、背景、関連逸話を詳述している「原注」も貴重な情報ばかりなのだが、小フォントで本文と同様のボリュームがあり、これも和訳したら、おそらく倍近い長さの本になってしまうだろう。いずれにしろ、おそらく今の翻訳ペースだと、出版は来年半ば以降になると思われる。

ロリンズ近影
久々の本格的ジャズ・ミュージシャン伝記、しかも「最後の大物」ソニー・ロリンズということもあって、出版後早々に米国内で多くの書籍賞を受賞し、ハードカバー版は重版され、最近ペーパーバック版も出た。この本は、米国黒人史を背景にした初のロリンズ個人史に加え、ビバップ以降のジャズ史、主なジャズ・ミュージシャンの逸話など、これまでに公表されてきた、ありとあらゆるモダン・ジャズ関連情報を、最新情報も含めて1冊に凝縮したような内容になっている。したがってコアなジャズファンだけでなく、一般の音楽ファンが読んでも、「ロリンズを中心にしたバップ後のモダン・ジャズ史」として俯瞰できる楽しみもある。問題は、上述したように、その長さだけだろう(アメリカ人は本当に長い本が好きだ…)。モンク本でもそうだったが、訳していると、あまりの長さに、途中で放り出したくなるときもある。日本語の本は、小説でもノンフィクションでも、パラグラフごとに改行したりして、余白が多くスカスカだが、アメリカの本はとにかく活字(中身)がぎっしり詰まっているものが多い。文法も違うので、日本語に翻訳すると、おおよそ原書の1.5倍くらいの長さの本になるのだ。翻訳とは、他人が書いたテキストという「制約」の中で日本語文章を「ひねり出す」作業なので、パズルを解くような側面がある。それをずっと続けていると頭が疲れて、たまに身動きできない拘束衣を着せられているように感じるときがある。そういうときは、何の制約もない「日本語の文章」を、自分の言葉とリズムで好き勝手に書いて、すっきりしたいと思う。当初は訳書PRと文章修行が目的だったこのブログで、こうした駄文を何年も書き続けてきた理由の一つは、実はそうした憂さ晴らし的な効用もあるからだ。とはいえ、こうした本邦初となる書籍の翻訳作業は、聞いたことのない新情報が次から次へ出て来るという点で、単なるジャズファン的感想を言えば「楽しい」の一言だ。

私はジャズという音楽そのものへの関心はもちろんまだ強いが、人生の先が見えた今、昔のようにひたすら好みのレコードを探し出すことに喜びを感じたり、集めて聴いて楽しむということははもうない。今はむしろ人間としてのジャズ・ミュージシャンへの興味の方が大きい。ジャズほどそのサウンドに「人間性(個性、人格)」が表現される音楽はないからだ。具体的な歌詞がないのに、抽象的なサウンドを通して逆に人間が見えて来る、というのがジャズの不思議さであり特質なのだ。技術的な解説や、誰の音楽的影響だとかいうような蘊蓄ではなく、どういう人生を歩んできたがゆえに、そういうサウンドのジャズになったのか、という人間的な側面に今はより興味がある。ライヴ演奏の楽しみは、それを自分の目と耳で確認するということでもある。今後も(生きている限り)、そういう視点で面白い海外ジャズ書を探し出し、可能なら翻訳出版して、数少なくなった日本のジャズファンに楽しんでもらいたいと思っている。

(年末でもあり、ひとまず 完)