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2022/10/22

最近のNHKドラマとオダギリジョー

人気大河の『鎌倉殿』や、残念だった朝ドラは別として、最近のNHKドラマは面白い作品が多い。今年の『カナカナ』(5-6月)、『拾われた男』(BS8月)、『オリヴァーな犬』(9月)等、どれも楽しめた。歳のせいか、あるいはコロナ禍の世の中の雰囲気もあるのか、あまりシリアスなドラマは見ていてしんどいので、今はどうしても気楽に見て楽しめる番組を見たくなる。

西森博之のコミックが原作の毎夜15分の夜ドラ『カナカナ』は、人の心が読めてしまう特殊な能力を持った主人公の少女・佳奈花を演じた7歳の加藤柚凪(ゆずな)の可愛さが圧倒的で、癒されまくるので、毎回彼女の演技を本当に楽しみにして見ていた。昔、宮尾登美子原作のNHKドラマ『蔵』(1995) に出演した子役時代の井上真央(7-8歳?)の演技にびっくりしたものだが、それにしても最近の子役は、どうしてみんなあんなに「自然な」演技ができるのだろうか? 加藤柚凪はまったく普段の彼女そのままのようで、不自然さがまるで感じられない。元ヤンでキレると誰も止められない眞栄田郷敦(サイボーグみたいだ)、同じく元ヤンで彼を慕う白石聖(『しもべえ』でもいい演技をしている)と前田旺志郎、悪役の叔父・武田真治まで、他の出演者もみんな底に温かい人柄を感じさせながらドラマ全体を包んでいて、タレ目の佳奈花のキュートな演技と共に実に面白くて心温まる良いドラマだった。途中の公園のシーンか何かで登場した「ふせえり」が、『温泉へ行こう』の仲居「よしえさん」以来の、意味不明の踊り(タコ踊り?)で久々に笑わせてくれたのも嬉しかった。

俳優・松尾諭の自伝的エッセイを基にしたドラマ『拾われた男』は、地上波ではなくBS放送時(8月)に見ていた。主人公・仲野太賀に、草彅剛(兄)、伊藤沙莉(妻)という主役級が並び、全員で「太巻き」をまるごとかじって食べる変わり者の家族の両親役に風間杜夫(最近ヘンなオヤジ役がよくはまっている)と石野真子、主人公の運命を変えたモデル事務所の社長に薬師丸ひろ子、マネージャーに鈴木杏と、こちらは配役の妙で、全編とぼけた雰囲気の展開が続く。だが伊藤沙莉、薬師丸ひろ子、レンタルビデオ店の女性店員など、肩の力を抜いたユーモアを感じさせる女性陣の演技に感心した。個人的には、完全に光浦靖子になり切ったかのような、メガネをかけた鈴木杏の演技がいちばんおかしかった(そう言えばその鈴木杏も、駅員・豊川悦司のことを「駅長さん」と呼んでいた、25年前のあの名作ドラマ『青い鳥』に達者な子役として出演していた)。井川遥や柄本明他の俳優陣が実名でそのまま登場したり、前半は独特の間(ま)と展開が非常に面白かったのだが、兄の草彅剛が中心になるアメリカに舞台が移ってからは、やや展開に無理があって、演出上ペーソスとユーモアのバランスに空振り感が否めなかったのがちょっと残念だった。やはり舞台(空間)と役者(外人)が変わると、どうしても演技の間とかリズムが変わってしまうので、背景が日本だと感じていた「微妙なおかしさ」を、うまく表現するのが難しくなるのかもしれない。主人公・仲野太賀の自然な演技は全体として非常に良かったと思う。

もう1作『オリバーな犬、(Gosh!) このヤロウ』(長いタイトルだ)は、オダギリジョーの脚本・演出・編集から成るドラマのシーズン2(3回)で、私は昨年秋のシーズン1も見て大笑いしていたので、今回も楽しみにしていた。オダギリジョーという人は、仮面ライダーが初主演作だったらしいが、我が家では何と言っても2001年にテレビ朝日で放映された『嫉妬の香り』で顔を覚えた俳優で、辻仁成の原作は読んでいないので知らないが、テレ朝のこのドラマはヘンな内容だったが妙に面白くて毎週ほぼ欠かさず見ていた。アロマセラピストで麝香の香りを持つ主人公・本上まなみ、その恋人でいつも泣き顔の堺雅人(このドラマで初めて知った)、セリフ棒読みの川原亜矢子に、怪しげな寺脇康文、オダギリジョーなどが主な出演者で、劇画とか舞台劇のような、わざとらしい大袈裟な演技と展開が特徴のドラマだった。特に広告代理店の社長・川原亜矢子の部下役だったオダギリジョーが、ほとんど上司・川原のストーカーで、その薄気味悪い演技が我が家ではいちばん「ウケて」いた。私が次に彼を見たのは映画『パッチギ』(2005)で、そのときは京都の酒屋の跡継ぎだが、70年代によくいた左翼くずれの風来坊といった役どころだったように思う(これはよく似合っていた)。Wikiで調べると、この頃から映画、テレビで幅広く活躍するようになったようだ。

テレビでのブレイクは、もちろん『時効警察』(テレ朝2006) だ。主演の時効課警官・オダギリジョーが、時効が成立した未解決事件の真犯人を「趣味で探す」という脱力系警察コメディ(?)で、最後は確定した犯人に「誰にも言いませんよ」カードに捺印して手渡す、というお決まりの儀式で終わる。あまりに面白かったので、このドラマはシリーズ化されてその後も何篇か放送された。オダギリジョーと同僚・麻生久美子のコンビも絶妙で、岩松了、ふせえり、江口のりこ、といったシュールな笑いが得意な脇役陣によるコント風演技も毎回面白かった。オダギリジョーは、どちらかと言えばそういったアングラ的イメージが強い人だったので、「オダギリジョーとNHK」という組み合わせは、個人的にはまったく思いもよらなかった。ところが、私が知らなかっただけで、調べてみたら大河ドラマ等にも結構出演していた。そして2021年の朝ドラ『カムカムエブリバディ』と『オリバーな犬』の両作品への出演で、それまでの私的イメージはまるで崩れた。それに『オリバー』のような奇天烈ドラマをあのNHKが…とも思うが、よく考えたら近年のNHKは、ゾンビものとか、昔なら考えられないようなドラマを平然と制作するし(岩松了が絡んでいることが多い?)、むしろスポンサーのいる民放では危なくて絶対できないようなドラマを作るようになっている。おそらく、こうした番組や個性的な役者が好きな人が上層部にいるのだろう。

『オリバーな犬』は、主演の鑑識課警察犬係・池松壮亮には、犬の着ぐるみを着たいい加減なオッサンにしか見えない相棒の警察犬オリバーを、完全に「犬化」したオダギリジョーが演じるという奇想天外なドラマだ。池松の上司役が麻生久美子、課長・國村準、同僚・本田翼というレギュラーメンバーによるゆるい会話や警察鑑識課という場面設定は『時効警察』につながるし、また池松とオダギリという、素でもテンションの低そうな二人のとぼけたやり取りが笑える。だがこのドラマはその企画・脚本・演出のユニークさもさることながら、出演メンバーがすごすぎる。永瀬正敏、松重豊、永山瑛太、橋爪功、甲本雅裕、柄本明、佐藤浩市、松田龍平・翔太の兄弟、松たかこ、黒木華、浜辺美波、火野正平、風吹ジュン、(オダギリ奥さんの)香椎由宇……と、書ききれないほどの有名俳優が次から次へと登場し、おまけに細野晴臣やシシドカフカまで登場するのだ。いったいギャラとかどうなっているのかと心配になるが、みんな楽しみながら演じているように見えるし、「オダギリの作品なら」と馳せ参じた友情出演的な人が多いのだろう。

オダギリジョーは元々テレビが好きで、映画ではなく、テレビでしかできないような作品をずっと作りたかったと語っており、この作品でまさにこれまで温めていた企画とアイデアを一気に表現したのだろう。ハードボイルドとコメディが同居したドラマの展開やセリフもユニークで面白いが、シーズン1のエンディングにおける、ミュージカルのようにショーアップした集団ラップダンス・パフォーマンスも意外性十分で最高だった。シーズン2は、多数かつ多彩な出演者が逆に災いしてか、演出面で小ネタギャグとストーリーがかみ合わず、少々散漫になった印象がある。エンディングの舞台なども私は面白がりなので好きだが、この手の手法や展開を好まない人には意味不明と感じたかもしれない。

NHKの「土曜スタジオパーク」に番宣で麻生久美子と二人で登場した回は、麻生に要求する奇妙な台本の話や、「え?」の応酬だけで何分も会話を続ける場面とか、岡山では河本準一と同じ小学校だったという驚きの過去談等に加え、河本の家庭の秘密までバラしたりして、あまりのおかしさに笑いが止まらなかった。しかしこの番組で、オダギリジョーの人となり(ファッションも含めて)、コンビを組む麻生久美子との(おかしな)関係もよく分かった。この人は異能の持ち主だと思うが、(若い頃は分からないが)今はさほどとんがっていなくて、人望があり、その独特の才能と不思議な人柄に惹かれて、自然とまわりに人が集まってくるタイプのマルチ・アーティスト(俳優、作家、監督、演出家)なのだろう。その才能からは何となく昔の伊丹十三を彷彿とさせるが、あれほど才に走るタイプではなく、人格と才能のバランスが取れた人物なのだろう。銀座のクラブで暴れた人の後任を受けたドラマも好評のようだし、「鬼才オダギリジョー」は、今後もさらにスケールの大きな仕事をするだろうと思う。