2026/05/30
夏はボサノヴァ・イリアーヌ
2026/04/16
訳書『ソニー・ロリンズ伝』出版
表題邦訳書が4月24日に亜紀書房から発売されます。
本ブログの「Contact」を通じて、著者エイダン・レヴィ (Aidan Levy)氏から原著『Saxophone Colossus : The Life and Music of Sonny Rollins』の翻訳と、日本での出版可能性打診があったのは2021年8月のことだ。私は過去10年間に5冊のジャズ関連翻訳書を出版してきたが、そのうちミュージシャン伝記(インタビュー形式含)はリー・コニッツ、セロニアス・モンク、スティーヴ・レイシーという3人で、また全5冊のうち スティーヴ・レイシー(月曜社)を除き、他はすべて個人的興味から自分で翻訳し、出版社に紹介し、そこで版権を取得していただいて日本で出版してきた。3人は、いずれも日本では知る人ぞ知るという人たちで、マイルス、コルトレーン、エヴァンス以外にも、素晴らしい、あるいは興味深いジャズ・ミュージシャンは沢山いますよ…というのがこれら翻訳出版のそもそもの動機で、どちらかと言えば日本ではマイナーな印象が強い人たちばかりだ。ソニー・ロリンズというテナーサックス奏者も、日本ではジャズ巨人の一人として広く名前が知られているわりに、上記3人と同じく情報が少なく、その音楽や個人史、人物像を描いた書籍がこれまで日本では見当たらないと思っていたので、レヴィ氏の依頼にほとんど即座に応じて翻訳に挑戦することにした。ただし出版社探しも同時に行なう必要があるので、まず翻訳を進めながら、可能性のある出版社に打診してみるという計画で著者と合意した。翌2022年夏に原書のPDF最終原稿が送られてきたが、そのPDFを見て仰天した。何と英語の本文テキストだけで800ページ近くもある大著だったからだ。レヴィ氏からは、全42章を要約したレジュメも送られてきたので、その翻訳版を作成、紹介しつつ可能性のありそうな出版社に打診することにしたが、予想通り、なかなか「やりましょう」という出版社が現れなかった。ジャズというジャンルと、翻訳書の特殊な経済的制約から、いかに優れた書籍でも日本でのジャズ翻訳書出版はそもそも難しい。同じような長編だった2017年の『セロニアス・モンク』(ロビン・DG・ケリー)出版の際に、出版界にもジャズ界にも何ら縁故のない私のような人間が、ジャズの翻訳書、それも大著を日本で出版することがいかに難しいかを散々味わっていたので、まあ時間がかかるのは仕方がないと思っていた。だが一本釣りはやはり効率が悪いので、今回は本書を扱う日本の版権エージェントも探し、そこにもコンタクトして、レジュメも送り、可能性のある出版社への紹介も依頼した。結果として、そのルートでようやく辿り着いたのが亜紀書房だった。2023年2月のことだ。原書はその直前2022年12月に米国で出版されるや、メディアでも大評判となり、初版ハードカバー7,000部があっという間に増刷され、「2023年度米国図書賞」(44th American Book Award)の他、いくつも賞を受賞するなど、近年の米国内でも特に大きな反響を呼んだジャズ関連書籍となった。モダン・ジャズを象徴するほとんどの大物ジャズ・ミュージシャンが歴史上の人物となってしまった今、1930年生まれのソニー・ロリンズは20世紀モダン・ジャズを代表する巨人、それも今年95歳になる最後の存命の巨人であり、まさに生きるモダン・ジャズ史とも言える人物である。しかし上述のように、マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンと異なり、ロリンズの人生は突然の雲隠れなど、これまで謎が多く、またモンクと同じく本人もあまり公に語ることがなかったので、情報そのものが非常に少なかった。本書最大の価値と魅力は、著者が7年間にわたって、そのロリンズ本人へ直接インタビューして初めて聞き取った情報と、その他の数多くのジャズ・ミュージシャンや関係者へのインタビュー、ジャズ関連史料から得られた膨大な情報を積み上げることで、ソニー・ロリンズの人生と音楽の全貌を初めて立体的に描き出そうとした点にある。これによって本書では、ロリンズ本人の人生のみならず、彼とチャーリー・パーカー、セロニアス・モンク、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、クリフォード・ブラウン他の同時代のジャズ巨人や、その他多くのジャズ・ミュージシャンたちとの人間的、音楽的交流を中心にしたビバップ以降の20世紀モダン・ジャズ史が、かつてない緻密さで描かれており、ジャズファンにとって大きな楽しみが加わっている。
本書は1960年頃の「橋」(ウィリアムズバーグ橋)でのロリンズの有名な隠遁事件を境に、前後を「PART1」、「PART2」という2部に分けた構成になっている。私も含めて、おそらく日本でよく知られているのは「PART1」の内容、つまりハードバップ時代までのロリンズの音楽だろう。この時代もパーカー、マイルス、コルトレーンとの接触、シカゴへの隠遁、麻薬農場への入所とドラッグ克服、ブラウン・ローチ・バンドへの参加、ブラウンの事故死詳細など、これまであまり知られていなかった個人史が詳細に書かれている。「橋」以降、1960年代から近年に至るロリンズの音楽活動と、米国ジャズ界の変遷を描いた「PART2」については、これまで日本ではほとんど紹介されていない情報が多いと思う。特に1970 年前後のインドでの隠遁生活から復帰後のロリンズを、マネージャーとして最後(2004年没)まで支え続けたルシール夫人の存在と二人の物語も、これまであまり詳しく知られておらず、ロリンズという人物の音楽と思想の奥行を理解する上で非常に興味深い。またローリングストーンズとの1980年の共演『Tatoo You(刺青の男)』を巡る詳細な話や、2001年のNYC 9.11のロリンズの直接体験談など、初情報も多い。
翻訳に丸々2年を要した本書は、亜紀書房の提案もあって原書テキストの「完訳版」である。そのため、結果として日本語版で900ページ近い大著となった。著者の初稿単語数は59万語だったそうだが、そこから編集で32万語(半分近く)を削って最終稿になったという。さらに原書のNote(原注)は主としてその削除稿だが、それだけで400ページ以上もあって、そこにも貴重な情報が含まれている。このNote部を、米国版では出版社のWeb HP上で公開している。そこで日本語版でも、本体には収載できなかった膨大なNote記事の中で、読者の興味を引くような背景情報だけを抜粋して翻訳し、それを『原注』として亜紀書房のHP上で公開することにした。時間と興味のある読者は、これら原注情報もHP上で参照しながら読んでいただくことも可能だ。いずれにしろ、とにかく長い本なので、1ページ1ページ急がず時間をかけて、数々のセッションの記録や逸話、その背景描写を通して、ジャズ最後の巨人が歩んだ人生と20世紀モダン・ジャズという音楽の変遷と歴史を、じっくり味わいながら読んでいただければと思う。
本書巻頭のソニー・ロリンズ氏からの「日本語版に寄せて」は、著者に依頼して、作2025年の夏から秋にかけて、現在NY州北部のウッドストックで静かに暮らすロリンズ氏本人に直接インタビューしてもらい、それを著者が文字に起こしたものだ。本書中にも書かれているように、これは長いジャズ人生を歩んだロリンズ氏からの、ジャズを愛する日本という国と、友人、ジャズファンへの心のこもったメッセージである。また日本語版には、第5章「アナポリス」の補追として、海軍下士官だったロリンズ氏の父親に対する人種差別に基づく不当な判決と処遇を覆し、その名誉を回復させた著者とロリンズ氏による近年の海軍との交渉結果も加えた。
さらに、日本語版には本体とは別にパンフレット状の『特別付録』(挟み込み)を加えた。一つは訳者から亜紀書房にお願いした、「スイングジャーナル」誌元編集長の故・児山紀芳氏(1936-2019)のエッセイの転載である。レコード『サキソフォン・コロッサス』がジャズ・ジャーナリスト人生を歩むきっかけだったという児山氏は、ロリンズ氏個人と最も深い人間的な接点を持った日本人の一人だ。児山氏唯一の著書で、遺作となった『ジャズのことばかり考えてきた』(2018白水社)から、「ジャズ・ジャイアンツの肖像 / ソニー・ロリンズ」の項を転載させていただいたものだ。児山氏は本書でも触れているように、短命だった「日本版ダウンビート」誌の編集長時代の1960年に、当時NY在住の時事通信社の記者兼カメラマンだった川畑篤彦氏に依頼して、隠遁中だったソニー・ロリンズの姿を、ウィリアムズバーグ橋で世界で初めて捉え(原書カバー写真他に収載)、インタビューまで記録するなど、その後のSJ誌時代も含めて「世界で最も有名な」日本人ジャズ・ジャーナリストだった。ロリンズ氏のメッセージにもあるように、来日時の交際などを通じて、その後二人は親しい間柄にもなった。本書と併せて、児山氏の視点で観察した当時のロリンズ像を読んでいただくと、人間ソニー・ロリンズの実像が、よりリアルに浮かびあがってくるのではないかと思う。訳者が個人的に大いに楽しみ、勉強させてもらった1970年代の「スイングジャーナル」誌を率いた児山氏は、いわば私的ジャズ大学の先生でもあり、今回のロリンズ伝記出版に際し、なんとかして氏の功績に敬意を表したかった。転載を許可いただいた白水社様と、児山氏のご遺族に御礼申し上げます。最後に、大著の翻訳書であることと、近年の原価上昇事情から、8,580円(税込)という非常に高い価格設定になったことは、多くの読者に読んでいただきたいと願っている訳者としては残念だが、これは出版社のビジス上の判断からの決定であり、やむを得ないことと思っている。いずれにしろ、普通なら腰の引けるジャズに関するこの大著を、「日本語で完訳出版する」という英断を下していただいた亜紀書房様には感謝しており、ここで改めてお礼申し上げたい。
(*追記)本日5/26、ソニー・ロリンズ氏の訃報を知りました。ちょうど1ヶ月前に出版した日本語版の本書は、亜紀書房からロリンズ氏本人にも届けられており、日本が大好きだったロリンズ氏に、何とか生前に目にしていただけたものと思います。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
2026/03/29
ジャズ・バラードの森(9)Darn That Dream
例年春先の2,3月になると、毎晩のように面白い夢を見る。それもカラーで、面白いストーリーで、イヤな夢とかはほとんど見ない。シチュエーションや登場人物は、やはり会社員時代のこと、同僚とか先輩、後輩が多くて、基本的には仕事関係で、何か話し合っていることが多い。それと私の場合、仕事上の経験から海外で一人で外人に囲まれている会議の場なども多くて、そこでは英語で会話したり、議論している(何を喋っているのか、内容はもちろん覚えていないが)。こちらは懐かしく、楽し気なこともあるが、「難しい議論」をしていることもあって、目が覚めると、結構頭が疲れていることも多い。夢の中で、何と言おうか英語の表現を考えているからだろう。普通の日本人はみなそうだと思うが、今思えば、やはり海外でのそういう場は、かなりストレスがあったのだろうと想像する。
さて "ダーン・ザット・ドリーム Darn That Dream" も、「いったい何なんだ、あの夢は…」というニュアンスの曲である。Darnは"Damn"からの派生語と言われていて、「チクショー」とか、「チェッ」とかいう意味なので、昔は『いやな夢』という、ずいぶんあっさりした邦題までつけられていた。だがこの曲のタイトルは、悪夢とかそういう夢を指すのではなく、「別れた恋人が毎晩夢に現れて、私を抱きしめたりするけど、目が覚めると、そこにあなたはいない…。いったい何なのあの夢は…」という、切ない気持ちを唄った曲なのだ。Jimmy Van Heusen作曲、Eddie De Lange作詞で、1939年のブロードウェイ・ミュージカル『Swingin' the Dream』で初めて唄われた(この時代、1930/40年代のアメリカのポップスは本当に名曲が多い)。最初のヴォーカルはミルドレッド・ベイリーだったようだが、私はヴォーカルはビリー・ホリデイBillie Holidayのヴァージョンしか持っていない(マイルスの『クールの誕生』のケニー・ヘイグッドのヴォーカルは別)。収録されたアルバム『Body and Soul』は1957年の録音で、ノーマン・グランツが企画し、衰えつつあったホリデイの歌を、ベン・ウェブスター(ts)、ハリー"スウィーツ"エディソン(tp)、ジミー・ロウルズ(p)、バーニー・ケッセル(g)、レッド・ミッチェル(b)といった豪華布陣でバックアップしている。ホリデイの歌だけでなく、このバックのベテラン・ミュージシャンたちの、懐かしくも、豊潤で、リラックスした演奏を楽しめるのもこのアルバムの魅力だ。
2026/02/28
ジャズ・バラードの森(8)Ruby, My Dear
2月17日はセロニアス・モンクThelonious Monkの命日だ(1982年没64歳)。モンクは亡くなるまでの最後の10年近く、ハドソン河をはさんだマンハッタン対岸ウィーホーケンの崖上に建つニカ夫人邸で暮らしていた。演奏活動は1976年を最後に終えている。モンクは生涯に70曲以上作曲している屈指のジャズ作曲家だが、モンクらしい難解で個性的な曲だけでなく、ジャズ・スタンダードになった美しいバラードも何曲か作っている。
2026/01/28
ジャズ・バラードの森(7)ソニー・ロリンズ
ロリンズと言えば、豪快で男性的なサウンドのテナーサックスで有名だ。スタン・ゲッツのソフトで流麗なサウンドや、コルトレーンの端正で透き通ったテナー・サウンドに比べると、バラード・プレイでもロリンズのサウンドは分厚く、個性的タンギング奏法ゆえに、引っかかりが多いゴツゴツした感触のプレイが多い印象がある。だが一方で、そのサウンドからは他の奏者にはない、深いエモーションと、「物語性」を強く感じさせる濃厚な人間的味わい、歌心がある。そしてポピュラーソングの知識が半端ないので、選曲がユニークで、誰でも知っているような単なるスタンダード曲ではなく、「アメリカン・ソングブック」の隅から引っ張り出してきたような珍しい曲を演奏することが多いのも特長だ。
ロリンズの初リーダー作が、26歳のときの『Sonny Rollins with The Modern Jazz Quartet』(1956 Prestige)で、MJQとの共演4曲(録音1953年)と 、ケニー・ドリュー(p)、パーシー・ヒース(b)、アート・ブレイキー(ds)というトリオ他(1曲マイルスがピアノを弾くという珍品も入っている)との9曲(録音1951年)のセッションを1枚にまとめたコンピアルバムだ。とても20代前半とは思えない、ロリンズの滑らかかつ骨太のワンホーン・テナーが、ミディアム・テンポとスロー・バラードの全編にわたって心地よく響く名盤である。LPが主流になる以前で、全曲3分前後という短さも気持ちよく聞ける理由の一つだ。バラードではMJQとの "In a Sentimental Mood" が実に良い味を出しているが、ケニー・ドリュー・トリオをバックにした"Time on My Hands", "This Love of Mine"という2曲もリラックスして余裕綽々の若きロリンズの歌声が聞こえてくる。「"モダン・ジャズ"というものを聞いてみたい」という人には、真っ先にこのアルバムを勧める。



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