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2023/06/30

『渡辺香津美x沖仁 ギターコンサート』(横浜)を見に行く

コロナ禍以降出かけた大ホール会場のイベントといえば、『稲川淳二の怪談ナイト』と『清水ミチコのTalk&Live』の2回だけだ。もちろん楽しんだが、両方とも「語り」を楽しむある意味キワモノ(?)的公演で、音楽だけを楽しむ本物の音楽コンサートとは違う。今年になって、ようやくコロナから解放され、演歌からポップス、ロック、ジャズ、クラシックまで、この3年間身動きが取れなかった演奏者側も聴衆側も、今や日本中で思い切りライヴ音楽を楽しんでいる感がある。楽しさでライヴに勝る音楽体験はないのだから、今のこの盛況は当然だ。そういうわけで、ギター音楽好きな私も、楽しみにしていた渡辺香津美と沖仁(おき・じん)という、ジャズとフラメンコ界のギター巨匠二人によるデュオ・コンサートを見に横浜「関内ホール」へ出かけた (6/24)。実は数年前にも、この二人の横浜でのデュオ・コンサートのチケットを購入していたのだが、コンサート当日に台風が横浜あたりを直撃するという予報で、帰宅時が危なくなったために泣く泣く諦めた経緯があるので、今回はなおさら楽しみだった。

「関内ホール」はおしゃれな馬車道通り沿いにあって、開場前に観客が外でぶらぶら待っていた。主催者の影響かもしれないが(今回は労音主催)、客層は平均60歳代半ば?くらいと思われた。まあ平均的ジャズコンサート観客年齢ではある。ただし女性が半数近くもいた感じで、その多さに驚いたが、これは若い沖仁のファン層なのか? ホールの収容人員は千人ほどで、小さすぎず、大きすぎずという、この種のライヴには最適なサイズだと思う。コンサート後の感想を一言で言えば、音楽的に素晴らしいコンサートだったと思う。比較的おとなしかった観客が、フィナーレで二人へ示した反応がそれをよく表していた。私も、名人同士の2時間の白熱したギターライヴを楽しみ、心ゆくまで演奏を堪能した。ヴァーチャルではなく、広い実空間を生楽器のサウンドが埋め尽くすという快感も久々に味わった。基本的に沖仁のフラメンコ・ギターに、どんな音楽にも融通無碍に対応できる渡辺香津美が合わせることになるので、当然だが、音楽全体はジャズよりもスパニッシュなムードに統合される。しかし渡辺香津美のジャンルを超越した相変わらずのギター・ヴァーチュオーソぶりと、今や成熟した余裕を感じさせる沖仁の、非常に洗練された「コンテンポラリー・スパニッシュギター」とでも呼ぶべきモダンな演奏が見事だった。

渡辺香津美の存在を知ったのは、私がジャズを聴き始めた1970年前後だ。それ以来50年が経ち、今年で70歳になるという今やジャズギター界の大御所だが、その活躍が本格化したのは、70年代後半から80年代にかけてのエレクトリックギターによるフュージョン時代だ。アコースティックギターに本気で取り組み始めたのは、たぶん『おやつ』(1994年)をリリースした頃からだと思う(当日演奏した「クレオパトラの夢」と「ネコビタンX」はこのアルバムに収録されている)。既に世界的に有名になっていたエレクトリックギターによるジャズ、フュージョン、ロック、ポップス界での活動のみならず、この頃からアコースティックギターを使ったクラシカルな音楽にも挑戦し始めた。そのアコースティックギターによる渡辺香津美ライヴを見たのは、90年代に故・佐藤正美とデュオで共演したブラジル音楽のライヴだったので(これも素晴らしかった)、今回はそれ以来のライヴということになる。一方、渡辺香津美がプロデビューした時代に生まれ、今年デビュー15年になる49歳の沖仁は、スペインでの修行時代以前にも世界各地で音楽修行を積んでおり、単なるフラメンコのギタリストとは違う多彩な音楽的バックグラウンドを持った人だ。私が行ったライヴ・コンサートは、たしか10年以上前の「東京オペラシティ」でのソロ・コンサート以来だ(しかし時の経つのは早い…)。

沖仁氏ツイッターより
二人は10年ほど前からデュオ演奏に挑戦してきたらしく、コンサート公演のライヴCD、DVDもリリースしているが、この二人のギタリストは人柄を含めて非常に相性がいいように思う。コンサート中のお喋りからも、ギター音楽の先輩に対するリスペクトが滲み出る沖も、後輩に対してマウントをとらない、渡辺のジャズミュージシャンらしい、フラットでバリアのない公平な態度がとても好感が持てた。だからコンサート全体の雰囲気も、火花散るギターバトルというよりも、二人がデュオ演奏を心から楽しんでいることがサウンドから伝わってくる。当日の、二人のヴィヴィッドな赤と青のパンツという舞台衣装も、息の合ったところが出ていた。渡辺香津美が終始MCを務めていたが、おそらく曲全体のアレンジも渡辺香津美が中心になって進めてきたのだろう。

うろ覚えながら、演奏曲目で覚えているのは、1曲目が沖仁のオリジナル曲、バド・パウエルの「クレオパトラの夢」、ピアソラの「リベルタンゴ」、渡辺のフラメンコ風「ネコビタンX」、パットメセニーの「アントニオ(?)」、ビレリ・ラグレーンの「フレンチxxxx(?)」、渡辺の「ユニコーン」、そして最後にクラシックから「ボレロ」だったように思う。演奏は、名人二人の超絶のギターデュオと言うべきレベルなので、最初から最後までテンポも緩まず、鋭いアタックとリズム、激しく切れのいいラスゲアード、低域から高域まで流れるような、かつ揺るぎないメロディラインの美しさ……と、2部構成のコンサート全体のサウンドを一言で言えば、見事な「スパニッシュ・スウィング」であり、2台のギターだけで、これだけ厚みのある多彩なサウンドと、激しく、しかも柔らかくスウィングする音楽を創造する二人は本当にすごいと思った。特に感じたのは、ガットギターのサウンドというのは、本当にジプシー的悲哀、フラメンコ的哀愁がよく似合うことだ。フラメンコギターの、一聴シンプルに聞こえるが非常に強烈なサウンド、複雑で推進力のあるリズム、うねるようなグルーヴには圧倒された。もちろんPA増幅はしているのだが、いわゆる生のガットギターとは、そもそもこういう音楽のために作られた楽器なのだ、ということがよく分かる。

同上
しかし、最後の演目「ボレロ」まで何本かのアコースティックギターの持ち替えだけで、本領を発揮するエレクトリックギターを封印(?)してきたかに見えた渡辺香津美が、「ボレロ」の中間部から取り出し、弾き始めたエレクトリックギターには心底惚れぼれした。どちらがいいとかいうことではなく、アコースティックギターのフレージングとの違い、そのサウンドの世界の違いと面白さを、ステージ上の同曲演奏でまざまざと見せつけてくれたからだ。100年近く前に、ジャンゴ・ラインハルトやチャーリー・クリスチャンのような名人がエレクトリックギターを引っ提げて登場したときは、きっとこうした驚きと感動を聴き手に与えたのかもしれない、と思ったほどだ。

本公演は、もちろんジャズっぽくもあるフラメンコがメインのギター音楽であり、ボーダーレスに世界の音楽を知る、本物のジャズとフラメンコの日本人ギター巨匠二人が、信じがたい技で自在に弾きまくるという素晴らしくハイレベルなライヴ音楽だ。即興演奏の部分も多いはずなので、たぶん2度と同じサウンドは聞けない音楽でもある。だが不思議なのは、聴いている客が中高年ばかりで、会場に若者の姿がほとんど見当たらないことだった。公演後感じたのは、「いったい、今の若者は何を聴いているのだろうか?」という素朴な疑問だった(大きなお世話かもしれないが)。先の短い年寄りが聞いているだけでは実にもったいない、滅多に聞けない創造的音楽なのに、とつくづく思う。コロナもほぼ収まった今年は、二人ともそれぞれ単独のライブ公演を数多くやる予定らしいので、老若男女問わず、素晴らしいギターの生演奏をぜひ聴きに行ってはどうかと思う。家の中で、YouTubeでチマチマ聴くのとは次元の違う音楽体験ができます。