odanaka@jazz
2026/05/30
夏はボサノヴァ・イリアーヌ
(*)最近botと思われる海外からのアクセス数が急増して、記事別PV数のカウントがノイズまみれになってしまった。そこで、もはや意味のなくなった"Popular Post" の掲載を止めたので、悪しからずご了承ください。
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5月だというのに、もう猛暑日である(おまけに台風まで)。これから10月くらいまで暑い夏が延々と続くと思うと、うんざりだ。海水温の上昇でカキもアサリもホタテもイカも採れなくなって、日本の食卓も(居酒屋メニューも)様変わりしている。もう季節は夏と冬だけになり、日本の穏やかな四季は徐々になくなってゆくのだろう。当然だが、今後は日本人の感性も徐々に変化してゆき、白か黒か、ゼロか百か、という単純で短気な2者択一で、繊細なグラデーションのない気質の人間がますます増え、嗜好も、文化も芸術も、そうした影響を反映したものに変質してゆくのだろう……などと、嘆いていても、もう仕方がない。長く暑い夏を、せめて気分よく過ごすにはボサノヴァ、それもイリアーヌ・イーリアス Eliane Elias (1960-)という美女の、清々しいピアノと、けだるいヴォーカルを聞きながら昼寝でもするしかないか……というわけで、好きなイリアーヌのレコードをいくつか挙げてみた。
これはジャズ・ボッサ系ではなく、イリアーヌがジャズに向かう前、ブラジル時代に本格的に取り組んでいたクラシック・ピアノ(ジャズ転向後も練習していたという)、そのソロ演奏に改めて挑戦したアルバム『On the Classical Side』だ(1993)。ここではヴィラ・ロボス、バッハ、ラベル、ショパンの有名曲を弾いている。クラシック的に見た時のピアノ演奏の技術が、どの程度のものなのかは私にはまったく分からないが、当時はまだ30歳くらいで、ご覧の通りのヴィジュアルなので、80年代にエディ・ゴメス(b)に誘われて移住した米国のジャズ界ではアッという間に人気者になって、トランぺッターのランディ・ブレッカーと結婚した(その後離婚。ベースのマーク・ジョンソンと再婚した)。いずれにしろ、きちんとしたクラシック・ピアノの技量と経験に裏打ちされたジャズ・ピアノ弾きであることは分かる。
長年の私的愛聴盤は『Eliane Elias Plays Jobim 』(1990)で、エディ・ゴメス(b)と、ジャック・デジョネット(ds)、ナナ・ヴァスコンセロス(perc)というサポート陣がバックをつとめ、アントニオ・カルロス・ジョビンの作品を演奏したピアノ・トリオ(+1)のアルバム。ジャズ色が強いのと、録音が良いので、私はこのアルバムをオーディオ・チェック用にも使ってきた。ピアノの音のクリアさと深み、ベースの音のレンジ、沈み込み、ドラムスとパーカッションの空間の響きなど、装置の調子を見るのに丁度いいからだ。カルロス・ジョビンの曲も "Sabia", "Don't Ever Go Away", "Angela" , "Zingari"のような美しいスローバラードから、アップテンポのパルシブなボサノヴァ曲まで多彩で飽きない。
次は『Sings Jobim』 (1998)で、こちらは『Plays』ではおまけのような1曲 (Don't Ever Go Away) だけだったイリアーヌのヴォーカルに焦点を当てたアルバム。娘のアマンダがバックコーラスで、またマイケル・ブレッカー(ts) 、当時の夫君マーク・ジョンソン(b)が参加している。低く、ハスキーで、アンニュイな声は、さすがネイティヴのポルトガル語の魅力を存分に感じさせる。英語の歌唱だと、この空気感はなかなか出せないのである。声量はないが、私の好きなアナ・カランや小野リサよりもずっと低域よりの声で、ジャズ的なレイドバックした歌唱が、ボサノヴァのけだるいムードに合っている。発売当時、”The Continental" が、日本のテレビCMで使われ、話題になった。イリアーヌのヴォーカルをけなしている人も時々いる(実は私も最初そうだった)。しかし今は彼女独特の歌のファンだ。ボサノヴァを唄わせたら、アストラッド・ジルベルトとか、最近では同じジャズ・ピアニストのダイアナ・クラールのヴォーカルよりも、ずっと陰翳とサウダージの風味があり、特にブラジル的シンコペーションをベースにした、たゆたうような歌のリズムが非常に気持ちがいい。
4枚目は『Dreamer』 (2004)で、40歳を過ぎて、貫禄も出始めたイリアーヌが、ストリングスをバックに11曲を余裕綽々で唄い、弾く、ゴージャスなジャズ・ボッサ・アルバム。ここでもマイケル・ブレッカー(ts)が参加している。選曲も含めて、かなりイージーリスニング的なボサノヴァ・アルバムだが、普通の人は、イリアーヌのこのリラックスしたピアノと歌唱によるサウンドをより好むだろう。一部を除き、ブラジル訛りの英語による歌唱なので、好みもあると思うが、肩の力を抜いて、イリアーヌの低く、囁くようなヴォーカルにじっと耳を傾けていると、気持ちが良くて、すぐに眠れる。
5枚目は、チェット・ベイカーの没後25周年にリリースされたトリビュート・アルバム『I Thought About You』(2013) 。チェットの囁くようなヴォーカルがジョアン・ジルベルトに影響を与え、それがボサノヴァ歌唱のデフォルトになったという話は有名だ。やはりジャズはボサノヴァの片親であり、ハーモニーだけでなく、インストもヴォーカルも深いところでつながっている。このアルバムは、無理やりボッサ感のある曲もあるが、チェットの愛奏曲を中心にジャズ・スタンダード色を前面に出している。現夫のマーク・ジョンソン(b)に加えて、特別参加している元夫のランディ・ブレッカー(tp, fgh)が、"That Old Feeling" をはじめとして、思わずニヤリとするようなチェット風のソロを吹いている。別記事でも紹介しているが、このアルバムでは、一人シンプルにピアノの弾き語りで唄う "I Get Along Without You Very Well" が、私的にはイリアーヌの歌の魅力をいちばん感じさせる。



