アニソンの影響だろうが、近頃の日本の歌は喉に力を入れて「絞り出したり」、高らかに「唄い上げるような」歌手や楽曲が多くて、ハイテンションに弱い年寄りは聞いていて疲れる。女性ヴォーカルも例外ではなく、優しい声で唄う癒しを感じられる歌手が減った。「流行りもの」がすぐに全体を席巻しがちな狭い日本は、そうした傾向が特に強い。一方で世界には、力まずに穏やかに唄う、脱力的で、浮遊感のある歌唱の音楽も当然あって、そうした歌や歌手を愛し、支持する層ももちろんいる。最近はジャズばかりでなく、YouTubeでそういう曲や歌に自然に目が向くようになって、気楽に楽しんでいる。たとえば古くはニック・ドレイクや、ジェイムズ・テイラー、最近ならエイモス・リーの歌などもその例だ。今はその気にさえなれば、ジャンルも、時代も、国も関係なく、自分の好みの音楽を自由に楽しめるところがいい。
ボサノヴァやジャズ・ギター好きなので、たまにYouTubeで芋づる式にそういうギター動画検索をやる。最近になってYoTube渉猟中に知ったメイ・シモネス (芽衣 Semones)) は、アメリカ生まれの日米ハーフの女性歌手で、昨年のフジロックに登場して人気に火が付き、今年の始めには初の日本国内ツアーも実現している。NYブルックリン在住だが、出身はミシガン州のアナーバー(Ann Arbor)で、母親が日本人、父親がアメリカ人だそうだ。アナーバーには社会科学系に強いミシガン大学(University of Michigan) があって、私も何度か会社の研修で行ったことがある懐かしい場所だ。ちなみに、私の最初の訳書『リー・コニッツ / ジャズ・インプロヴァイザーの軌跡』(2015) の原書 "Conversations on the Improviser's Art" (Andy Hamilton) も、そのミシガン大学出版局発行の本だ。同学出版局はコニッツの師匠レニー・トリスターノLennie Tristano の貴重な評伝や、ルイス・ポーターLewis Porter による名著『John Coltrane』など、2000年代に入ってから、そのポーター氏が編集の中心になって、"Jazz Perspectives" というアカデミックな一連のジャズ関連書籍をシリーズで出版しており、『リー・コニッツ』もその中の1冊だった。
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Animaru (2025)
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『Animaru』はメイ・シモネス(英語発音は "シ
モーネス"が近い)の初アルバムで、全曲自作自演の実にユニークな楽曲と歌唱に満ちたレコードだ。「ギターを弾きながら歌う若い女性」という最近流行りのスタイルではあるが、バークリー音大でジャズ・ギターを専攻していたというキャリアからも、そのギター演奏(アコースティック、エレクトリック)の技術は伊達ではなく、ハードなロック、ブルージーなジャズ、穏やかなボサノヴァと、多彩なギタープレイを融合したような非常にユニークなサウンドを聞かせ、実にカッコいい。「融合」なのか「コラージュ」なのか、私には定かではないが、自身の音楽を「簡単に言えば "Jazz and Bossa Nova-influenced Indie J-POP"」と定義している。 ヴォーカルも独特で、ソロでギターだけで唄うのも魅力的だが、バンドの時は単なる歌というよりも、英語と日本語をミックスした不思議な歌詞を、語るように、囁くように、シンコペートしながら唄う浮遊感のある歌唱そのものが(歌とギターにベース、ドラムス、さらにヴァイオリン、ヴィオラというストリングスを従えた)アンサンブル・サウンドの一部になっている。バンドメンバーも、ジャズのバックグラウンドを持つ人たちだ。複雑なフレーズを、ギターとユニゾンでリフレインしながら唄うヴォーカルもユニークだし、リズムも和音も単純ではないが、英語に時おり日本語の単語を挿入した力みのない優しい歌声には、なんだか懐かしささえ感じて、聞くのが「クセになる」魅力がある。歌詞カードを見ないと、英語、日本語ともに何を言っているのかよく聞き取れないが、ジャズの「スキャット」のように聞いているだけでいいような気もする。それだけで斬新さと、ある種独特のフィーリングを感じる「サウンド」なのである。もちろん歌詞を見ながら聴くと、そのユニークな表現の面白さも分かる。
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| Kabutomushi (2024) |
アメリカ育ちのハーフなので、英語ネイティヴのバイリンガルだが、インタビュー動画など英語で喋るときは態度も含めてクールな感じで、おとなしめの普通のアメリカの若い女性だ。ところが日本語で喋るときは、当然だが、顔やたたずまいも含めて急に日本的な雰囲気になるし、ライヴ動画などでは、控え目な態度も、語りも、観客の声に恥ずかしそうに反応するところも、とても(昔の)日本女子らしいのだ。ヴィジュアルも、パフォーマンスも、この日米のアンビバレントな感じが彼女の大きな魅力になっている。動物好きなのでつけたらしいアルバム・タイトルも、英語の "Animal" ではなくローマ字『Animaru』だし、曲名も"Kabutomushi", "Dangomushi", "Inaka"…等々、日本色豊かだ。"Kabutomushi” のように、NHKの「みんなのうた」で、アニメ付きで取り上げたらいいのに、と思えるような歌もいくつかある。(ちなみにアルバム・ジャケットのデザインは、どれもグラフィック・デザイナーで、幼少期から彼女に日本語の教育を行なってきたお母さんの作品だそうだ)。影響を受けた音楽面では、まずジャズ(コルトレーンやチェット・ベイカー、ウェス・モンゴメリーなど)、ボサノヴァ(ジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビン)に加え、日本の青葉市子のファンを公言している。チェット/ジョアンのヴォーカルつながりは有名だが、そこに青葉がつながると、メイ・シモネスの歌とサウンドの原型が見えてくる。
囁くように繰り返す歌声とサウンドが、どこか別世界とチャネリングをしているように感じさせるところもある。昔から、女性ヴォーカリストの一部には「巫女(みこ)」的なものを感じさせる歌手がいて、たとえば私的印象だと、藤圭子や中島みゆきはイタコ系(?)だが、青葉市子は精霊や天上へのチャネリング、ヒーリング的なものを感じる。西洋世界で人気があるのはそのせいではないかと思う。しかしクラシック・ギターを弾きながら和装で唄う青葉は、日本古来の巫女的風情を醸し出しているが、スカートをはいてジャズ・ギターを弾きながら、クールに唄うメイ・シモネスの音楽は、いわば洋風巫女(?)のような趣がある。ジャズのリックを引用した単調なのに複雑なメロディとコード、リフレイン、変拍子などをじっと聴いていると、いつのまにか引き込まれて、眠くなって、どこかへ連れて行かれそうな気分になる。
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| Chet Baker Sings (1956) |
その後調べていたら、昨年英国Blue Noteから『Chet Baker Re-imagined』という、チェット・ベイカーへのトリビュート・アルバムが出ていて、その日本盤だけに、メイ・シモネスの演奏がボーナス・トラックとして収録されていることを知った。曲はスタンダード "My Ideal" なので、きっと、もっとジャズっぽい演奏が聞けるだろうと思って、このCDを買ってみた。チェット・ベイカーのトリビュート・アルバムは、別記事でも紹介したイリアーヌ・イーリアスなどのジャズ・アーティスト以外にも、エイモス・リーなど非ジャズ側でも制作されていて、曲の大部分は70年前の1956年の名盤『Chet Baker Sings』をリファレンスにしてい る。これらのトリビュート・アルバムはチェット作品を取り上げてはいるが、いずれもチェットが作曲した楽曲というわけではなく、チェットの「愛唱曲のカバー」である。これはチェットがスタンダード曲を唄いながら、ジャズ・トランペットとヴォーカルで、独自の味わいをその曲に加えて、「チェット・ベイカーの音楽」として楽曲を再構築しているからで、普通のジャズ歌手がバンドをバックにして唄うよりも、ずっとジャズ的でモダンなのだ。この「ジャズ/ポップ」の絶妙なブレンドがチェット・ベイカーの音楽の魅力であり、これはポップなモダン・ジャズという、当時チェット・ベイカーだけが構築し得た独自のジャズ・ヴォーカルの世界だった。発表から何十年経っても、またチェット本人の没後何十年経っても人気が衰えず、何度もその魅力が語られ、いまだに世代を超えてトリビュート作が作られるのは、チェットの中性的ヴォーカルそのものの魅力に加えて、通常のジャズとは異なるモダンなポップ性、つまり、いつまでも古びない「普遍性」がその音楽の中にあるからだと思う。
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Chet Baker Re-imagined (2025) |
CD『Chet Baker Re-imagined』も、もちろんチェットの愛唱曲を中心にした歌曲15曲で構成されているが、演奏、歌唱はUKの非ジャズの若手アーティストを中心に、米国、カナダ、韓国などのグローバルなメンバーが参加している。フォーク、ソウル、ロックなどバラエティ豊かなスタイルの演奏が続き、普段あまり聴いたことがない音楽や歌手ばかりで、演奏もあまりジャジーとは言えないが、逆にそこが新鮮で、これはこれで結構楽しめる。各ジャンルで有名なミュージシャンもいるようで、解釈もそれぞれ独特だし、音楽的クオリティも高く、やはり「スタンダード曲」に取り組む音楽技術に西洋の歴史の厚みを感じる。しかしメイ・シモネスはここでも独特で、日本盤CDで追加された "My Ideal" は、いつものバンドによるバラード演奏だが、やはりアルバム中で最もジャズ色が強く、中間部ではウェス・モンゴメリーばり(?)のギターソロも披露している。英Deccaが、昨年この曲をシングルで配信リリースしたそうなので、きっとヨーロッパでも受けているのだろう。調べたら今月(7月)は、ヨーロッパ各国の主要都市をツアー中らしい。ジャズの本質そのままに、ジャンルも、国も、楽々と越境し、しかもヒーリング的味わいも持つメイ・シモネスの音楽は、その独特の個性ゆえに、今後もグローバルにファン層を拡大してゆくことだろう。