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2022/08/10

夏のジャズ(1)

真冬の生まれなので、暑い夏はそもそも苦手だ。今年のような酷暑は最悪である。本来ジャズは夏向きのホットな音楽だが、避暑地や夜のジャズクラブでのライヴならともかく、日本の蒸し暑い夏に、狭い日本の家の中で、レコードで聴くホットなジャズはやはり暑苦しい。最近は歳のせいもあって、聴くのに気力、体力を要するようなヘビーなジャズ(昔のジャズ)をじっくり聴くことはめっきり減った。夏場はとりわけそうで、ボサノヴァや、ポップス系統のリラックスして聞き流せる音楽、ジャズでも、重くなく軽快、あるいはクールさを感じさせるサウンドを持つ演奏をどうしても聴きたくなる。それに暑くて、難しいことを考えるのも億劫なので、一聴クールでも、「思考」することを要求するようなテンションの音楽も私的にはアウトだ。ジャケットも暑苦しくない、見た目が涼し気なデザインが好ましい(これらは、あくまで個人的趣味嗜好の話なので、もちろん賛同できない人もいるだろうと思います)。

Jim Hall & Pat Metheny
(1999 Telarc)

夏場に聴いて、もっとも気持ちの良いジャズは何かと言えば、これもまったくの個人的好みだが、その答は「ジャズギター」だ。ロックやポップスと違い、オーソドックスなジャズギターはアコースティック系でも、エレクトリック・ギターでも、基本的サウンドは「クール」である。もちろん奏者にも依るが、たとえばジム・ホールJim Hall (1930-2013) の演奏はエレクトリック・ギターだが、クールなサウンドのジャズギターの代表だ。ホールにソロ・アルバムはない(と思う)が、ビル・エヴァンスとの『Undercurrent』を筆頭に、ロン・カーター、レッド・ミッチェル、チャーリー・ヘイデンというベース奏者との「デュオ作品」があって、いずれも名人芸というべきジム・ホールの見事なインタープレイが楽しめる。ここに挙げたパット・メセニーPat Metheny (1954-) とのギターデュオ・アルバムも、名人二人による演奏、サウンド共に最高にクールだ。ジム・ホールはエレクトリック・ギターだけだが、メセニーはアコースティック、エレクトリック両方を弾き分けて変化のあるデュオ演奏にしている。特に、美しいメロディを紡ぎ出すメセニーとの、息の合った繊細なバラード演奏(Ballad Z, Farmer's Trust, Don't Forget, All Across the City等)が素晴らしい。クラシック録音が専門のTelarcレーベル特有の、空間の響きを生かした、ジャズっぽくないクールな録音も夏場はいい。

Small Town
(2017 ECM)
サウンド・コンセプトという点で、クールなジム・ホールの延長線上にいるギタリストがビル・フリゼール Bill Frisell (1951-) だ。聴けば分かるが(ド素人なので技術的なことは分からないが)、二人の「サウンド」は非常によく似ている。たぶんギターのトーンと、音の間引き具合、スペース(空間)の使い方から受ける印象が、そう感じさせるのだろう。フリゼールはずっと、ジャズというジャンルを超えた音楽を追及していて、「アメリカーナ」というローカル・アメリカの文化・伝統に根差した、より幅の広い音楽領域を視野に入れた世界を探求している(より土着的、大衆的で、分かりやすい音楽とも言える)。「ヴィレッジ・ヴァンガード」でのライブ録音の本作『Small Town』は、トーマス・モーガンThomas Morgan (1981-) のベースとのデュオ演奏で、静謐な音空間の中に深い知性を感じさせながら、一方で、やさしく包みこむようなフリゼールのギターが相変わらず魅力的だ。本作ではなんと、トリスターノ時代のリー・コニッツの代表作で、今やジャズ・スタンダード曲の一つ「Subconscious Lee」も取り上げている。ギターによる同曲の演奏は(高柳昌行の録音以外)聴いたことはなく、このフリゼールの演奏はなかなかの聞きものである。ちなみに、私の訳書『リー・コニッツ ジャズ・インプロヴァイザーの軌跡』の中で、フリゼールがコニッツとの共演体験について語っているインタビューがあるが、コニッツの音楽の特徴をミュージシャン視点で語っていて非常に面白い。このCDに加えて、もう1枚(同じ時の録音の)デュオアルバム『Epistrophy』(2019 ECM) もその後リリースしていて、そこではセロニアス・モンクの表題曲に加えて「Pannonica」も弾いている(フリゼールはモンク好きでもある)。

My Foolish Heart
(2017 ECM)
夏場に「涼しさ」をいちばん感じさせる音楽は、(ボサノヴァもそうだが)やはりナイロン弦のガットギターを使うジャズだろう。フュージョン系ならアール・クルーEarl Klugh だが、クールなECM系のジャズならラルフ・タウナーRalph Towner (1940-) がいる。タウナーは自己のバンド「オレゴン」に加えて、1970年代から『Diary』(1974) など、単独でECMに数多くの録音を残しており、特に静謐な空間に響きわたる独特のソロ・ギターは、冬場はサウンドが冷え冷えしすぎて、個人的にはあまり聴く気が起こらないのだが、夏場に聴くと逆にそのクールなサウンドが非常に気持ちがいい。タウナーはスチールの12弦アコギの演奏も多く、そちらはさらにシャープでエッジのきいたサウンドだが、柔らかでかつクールなナイロン弦ギターのソロ演奏も多く(いずれもECM)、『Ana』(1996) 『Anthem』(2001)『My Foolish Heart』(2017) などは、いずれも静謐かつ美しいギターサウンドが聴けるアルバムだ。

Time Remembered
(1993 Verve)
ビル・エヴァンスが演奏していた代表曲を、ガットギターだけの「アンサンブル」でクールかつクラシカルに演奏した、ジョン・マクラフリンJohn McLaughlin (1942-) の『Time Remembered:Plays Bill Evans 』(1993) も、美しく涼やかなサウンドで、夏になると聴きたくなるレコードだ。マクラフリンは60年代末にマイルス・デイヴィスの『Bitches Brew』他へ参加して以降、マハビシュヌ・オーケストラでのジャズ・ロック、パコ・デ・ルシア、アル・ディメオラとのギター・トリオ、クラシック分野への挑戦など、超絶技巧を駆使して多彩なジャンルで演奏活動を行なってきた真にヴァーサタイルなギタリストだ。マクラフリンと4人のクラシックギター奏者、アコースティック・ベースというセプテット編成のこの作品は、崇拝していたビル・エヴァンスへのオマージュとして1993年にイタリア・ミラノで制作したアルバムで、空間に美しく響く繊細なサウンドは、ビル・エヴァンスの世界を見事にギターで再現している。

Moon and Sand
(1979 Concord)
ガットギターによる夏向きのアルバムを、もう1枚あげれば、ケニー・バレル Kenny Burrell (1931-) がギター・トリオ(John Heard-b, Roy McCurdy-ds)で吹き込んだ、ラテン風味が散りばめられた『Moon and Sand』(1979 Concord) だろうか 。ケニー・バレルは、チャーリー・クリスチャン、ウェス・モンゴメリーに次ぐ黒人ギタリストで、ブルース・フィーリングに満ちた数多くのジャズ・アルバムを残してきたが、ガット・ギターの演奏にもかなり挑戦している。ギル・エヴァンスのオーケストラと共作した『Guitar Forms(ケニー・バレルの全貌)』(1965 Verve) でも、何曲か渋いガットギターを披露している。アルバム・タイトル曲「Moon and Sand」もその中の1曲だ。本作でも10曲のうち半数がガットギターの演奏で、Concordということもあって、全体的印象としてはイージーリスニング風だ。とはいえ、「どう弾いても」ブルージーになってしまう、というバレルのギタープレイが楽しめる好盤だ。このCDは今は入手困難らしく、ネット上ではとんでもないような価格がついているが、調べたところ、他のバレルのアルバムと合体させた2枚組CD『Stolen Moments』(2002)が同じConcordから「普通の」値段でリリースされていて、その2枚目に本作が収められているので、入手したい人はそちらを購入することを勧めます。

Jazz
(1957 Jubilee)
昔はB級名盤として、たまに取り上げられていた地味なアルバムが、ジョー・ピューマ Joe Puma (1927-2000) の『Jazz』(1957 Jubilee) という、ヒネリのないそのまんまのタイトルのレコードだ。ピューマがまた、これといった特徴のない奏者で(ジミー・レイニーの音に似ている)、このアルバムが日本でなぜ結構知られていたかと言えば、前年に『New Jazz Conceptions』でRiversideからデビューしたばかりのビル・エヴァンスが、ピアノで3曲参加しているからだろう。LPのA面3曲は、ピューマとエディ・コスタ Eddie Costa のヴィブラフォン、オスカー・ペティフォードのベースというトリオ、B面3曲がピューマ、ビル・エヴァンス、ポール・モチアンのドラムスに、ペティフォードのベースというカルテットによる演奏だったが、CDもそのままだ。その後、ペティフォードの代わりにスコット・ラファロがベースで加わって、あのビル・エヴァンス・トリオが誕生したのだろう。全体にオスカー・ペティフォードのがっしりとしたベースが中心のサウンド(モノラル録音)で、そこにピューマのギター、コスタのヴァイブ、エヴァンスのピアノという3者がスムースかつクールにからむ――という、まあこれといった特徴のない演奏が淡々と続くアルバムなのだが、そのあっさり感が逆に夏向きで(?)気持ちが良い。コスタのヴァイブもクールでいいが、短いながらも、デビュー間もない若きエヴァンスのシャープなピアノは、いつ聴いてもやはり斬新だ。

Guitar On The Go
(1963 Riverside)
ウェス・モンゴメリーWes Montgomery (1923-67) は、オクターブ奏法を駆使して、ブルージーかつドライヴ感のあるホットな演奏をする奏者というイメージが強いが、ウェスの代表的アルバムに収録されているバラード演奏などを聴くと、非常に美しくセンシティブなサウンドが聞こえてきて、単にテクニックばかりでなく、深い歌心のあるギタリストでもあることがよく分かる。『Guitar On The Go』(1963) はそのウェスが、故郷インディアナポリス以来の盟友メル・ラインMel Rhyne のオルガン・トリオをバックに、いかにもリラックスして演奏したRiverside時代最後のアルバムで、Verveへ移籍後ポップなウェスに変身する前のピュア・ジャズ作品である。とはいえ、どの曲もメル・ラインのアーシーかつグルーヴィーなオルガンが実に気持ちよく響き、そこにウェスの滑らかなメロディ・ラインがきれいに乗って、まさにスムース・アンド・メローを絵に描いたような、気持ちの良い演奏である(夜寝る前にこれを聴くと、ぐっすりと眠れる)。ちなみにこのアルバムは、今から半世紀以上前の高校生時代に、私が人生で初めて買った思い出深いジャズ・レコード(当時の新譜)である。こういうレコードを聴くと、モダン・ジャズはいつまで経っても古びない音楽だなと、つくづく思う。