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2024/07/18

古江彩佳 エビアンAvianを制す

古江彩佳の素晴らしいメジャー初優勝だった。4日間WOWOWでライヴ放送(&配信)を見ていたが、ゴルフ中継でこんなに興奮して感動したのは初めてだ。2019年の渋野日向子のAIG全英のときは、あまりの面白さに思い切り興奮したが、「感動」というより「驚き」の方が近かった。渋野と古江は、まさに昔のプロ野球なら長嶋と王だ。渋野は観ている者をハラハラドキドキさせて、巻き込んで一体化してしまうスターであり、スポーツ観戦のエンタメ的醍醐味を味あわせる代表的存在だ。一方の古江はそうではなく、確かな技術を持っているので一挙手一投足が落ち着いていて、本人も言っているように、まったく緊張を感じさせない仕草と冷静なプレイで、安心して見ていられるところが持ち味の人だ。小柄で派手さもないので、あまり引き込まれるタイプの選手ではないが、今回のエビアンでは、それよりもゲーム全体の中で「どう勝負に勝つか」という戦略と意志と技術が合体した、ゴルフというスポーツの持つ真の醍醐味を4日間にわたって堪能させてくれた。

今回の古江は、先月までの米国内ツアー時と違って、最初から「勝とう」という意志が溢れていた。おそらく、東京に続き今回もオリンピック選考から漏れた悔しさが、そのモチベーションの源だったのだろう。圧巻は何と言っても2日目のラウンドで、雷雨のために途中で翌日順延にならなかったら、13アンダーのあの日に、もう2つ3つスコアを伸ばして、たぶんそのままぶっちぎりで勝っていたと思う。それくらい他を寄せ付けない、圧倒的なバーディラッシュだった。順延のためにリズムも狂って、プレイホール数も増え、3日目は勢いが止まって苦しい展開になって追い付かれ、最終日にはインに入ってからついに3差まで追い抜かれてしまうが、そこからが古江の真骨頂だった。残り5Hになってから2つの "超" ロングパットを含む、14番からの3連続バーディ、17番もあわやバーディ、そして18番P5のセカンドショットで2オン、イーグルパット成功という「怒涛の攻め」で、マッチプレーのように二人のライバルにプレッシャーを与え、最後についに突き放した。手に汗握るこの展開は、ほとんどゴルフ漫画のようだった。

正確なティーショット、距離と全体の傾斜を読み切った確実なパーオンショットに加えて、(グリーンの芝目、微妙なアンジュレーションに適応できず、最後までパットに苦しんでスコアを伸ばせなかった渋野とは対照的に)長短にかかわらず、ラインを読み切って冷静に、確実に沈めたパッティングが今回の古江の最大の勝因だろう。4日間を通じて終始驚くべきパッティング技術だった。エビアンのコースが距離やアップダウンなど日本人向きだという要素があるにしても、153cmしかないという身長で、海外の大きな選手たちを相手に勝つにはどうしたらいいか、彼女はその完璧な手本を示した。同時に、全英のときの渋野と同じく、18番Hのように、リスクを負いながらイーグル狙いのショットで果敢に攻めるという、ここ一番の勝負師的チャレンジも併せ持っていた。それがないと、こうした世界レベルのタイトルは取れないということだろう。畑岡選手が経験と高い技術を持ちながら、なかなかメジャーで勝てない理由もそのへんにあると思う(また今回の畑岡は渋野と同じく、ショットの安定感は抜群だったが、パットに苦しんでいた)。しかし、韓国に続き、世界の女子ゴルフを席巻しつつある日本だが、今回見ていて思ったのは、今後はタイや中国の選手が、あっという間に上位へ進出してくる予感がする。

渋野の復調でLPGAツアーが面白くなって、TVでライヴ放送を見たくなったので、今更だが、6月からWOWOWに加入した。2530円の月間料金が高いか安いかは、その人の価値観次第だろうが、夏のシーズンはほぼ毎週末4日間楽しめるし(月平均10日から15日見るとして、150円ー250円/日になる)、おかげで、今回の古江以前の全米女子OPの笹生の優勝や、全米女子プロの山下の2位、Dowの渋野&勝のマツケンサンバ(?)やホールインワンのシーンとかも楽しめた。最近日本の地上波では、女子ゴルフエンタメ系ばかりで、NHK以外、試合のライヴ中継をほとんど望めない。しかし今や、何であれスポーツ中継はライヴでないと見る気がしない。特にゴルフのような、一打一打に各選手の表情、心理や技術が現れるようなスポーツを楽しむには、やはりライヴの臨場感と緊張感が必須だ。TV放送とは別に、WOWOWにはオンライン配信があって、「日本人専用カメラ」画像で、放送とは別に日本人選手に特化したライヴ映像が(PCでもスマホでもTV画面でも)ほとんど見られるし、もちろん見逃した場合も後で見られる。CMもなく、最初から最後までストレスなく試合を楽しめ、加えてTV放送での岡本綾子さんの解説のクオリティも高い。偉ぶらず、的確で、温かく、世界レベルでの経験に裏打ちされた、人間味のある解説はやはり素晴らしい。古江選手の優勝インタビュー時も、岡本さんのねぎらいの言葉で、一気に彼女の涙腺が崩壊していたが、こちらの涙腺もこれで崩壊した。スポーツ、ゴルフの素晴らしさを象徴するような先人と後輩のやりとりだった。こうした感激もライヴ放送ならではだろう。

しかし、30周年のエビアンで、しかもメジャー昇格後10周年という節目に、エビアンで2回勝った(2009,2011年)宮里藍さんに触発された世代の日本人女子選手が、あれだけ感動的な逆転勝利を飾ったにもかかわらず、翌日のメディア報道の少なさには拍子抜けした。テレビは各局ともほとんどスルー同然で、相変わらず大谷の報道ばかりなのだ。サッカーもそうだが、テレビの放映権が世界的な有料配信会社に支配されて自由な報道ができなくなって、たぶん放映権も高騰し、コストに苦しむ日本のテレビ局は、あえて金を払って報道する姿勢も妙味もなくなったということなのだろう。また日本企業スポンサーも減った。これも日本が貧乏になった証の一つだ。しかし、世界を舞台にしたスポーツは、21世紀の最有望放送コンテンツであり続けるだろうし、中でも女子ゴルフは今や日本では数少ない優良コンテンツの一つだ。国交省が、残り少ない稼ぎ頭の車メーカーを法規違反だといじめて、国内で足を引っ張っている場合ではなく、日本も少しは中国や韓国を見習って、国をあげてスポーツやエンタメをサポートする戦略や仕組みを本気で検討した方がいい。国内だけ見ていては、そういうグローバル・ビジネス競争には決して勝てないし、昔の日本や、今のアメリカのようには、民間企業の懐具合に期待できない以上、これは必須の国家戦略だろう。

昔は猫も杓子も熱中し、サラリーマンの必須技術でもあったゴルフだが、狭い国土のおかげで、もともと費用が高い、ゴルフ場が遠いというハンディに加え、バブル崩壊、交際費の減少などでスポーツや遊びとしての環境が激変し、男子ゴルフの低迷、スター不在、若者の関心減少等々――この30年間マイナス側に振れ続けてきたゴルフ界だが、近年の女子プロゴルフの活況と発展は日本のゴルフ界にとって久々の光明だ。私はゴルフマニアではないし、腰が悪くて実際に今はゴルフができないし、ゴルフ人気が全体として今どうなっているのかよく知らないが、上手、下手にかかわらず、ゴルフは決して技と体力だけのスポーツではなく、頭脳も使う面白いゲームだということは、一度自分でやってみれば分かるし、今回の古江選手の勝利もそれを証明している。だからこの成長著しい女子ゴルフを有望コンテンツとしたビジネス企画が、もっと出て来てもいいように思う。

たとえば「ニンテンドー」さん、ファミコン版「マリオオープンゴルフ」の新装版を30年ぶりに開発してくれないものだろうか? 私はシブコの登場をきっかけに、この復刻版マリオゲームにはまって、以来楽しんできたが、最近のゴルフがらみの新作ゲームはちっとも面白くないし(3Dとかも必要ない)、ゴルフを分かっていない人間が設計しているとしか思えない。バブル時代に設計開発された「マリオオープン」はゴルフゲームの最高傑作、頂点であり、あれでゴルフのTVゲーム設計は極まったとは思うが、最新技術であのゲームをリファインして、「ゴルフを知る人、やる人たち」が真に楽しめる、世界に通用するゴルフゲームを開発・提供して欲しい。今やTV放送でもやっているグリーンの旗の位置や、微妙なアンジュレーション、芝目の精細な可視化とか、パッティングの微妙なタッチ再現とか、フェアウェイの傾斜とか、風とか…微妙な周辺情報の量・精度を上げて、より「リアルな」仮想ゴルフ体験をさせて欲しい。登場キャラもマリオ一人でなくても――たとえばAyakaとか、Shibukoとか、Sasoとか――世界に通用する個性のある実在女子プロキャラを登場させて、得意技(ロングドライブ、小技、パットなど)でキャラ設計するのも面白いし、各キャラは実際に(J)LPGAが協力・監修し、コース設定以外にメジャーを含めたトーナメントも開催する…等々、オンライン化も含めて、いろいろ工夫すれば相当面白いゲームになりそうに思うし、協会プロモーションの一環として長期的に女子ゴルフの底上げにも貢献するだろう。

時代や若者受けを狙った軽い、早いだけの単純なアクション、エンタメゲームに走らず、純粋に「ゴルフを知る人のための本格的ゴルフゲーム」というコンセプトで、長く楽しめる設計にしたら、これから、やりたくてもゴルフ場で本物のゴルフを楽しめない高齢者(私を含む)という新しいマーケットも(それも世界規模で) 開拓できますよ。それに今後減って行くオヤジ層需要だけでなく、女子ゴルフ人気で新たな女性ユーザー層も開拓できて、全体の需要も増えるだろうし、また男女を問わず、若者のゴルフへの興味の入り口、あるいは実戦ルールの知識習得や、実技のシミュレーション、イメージトレーニングとしても使える可能性も十分にあるのではないかと思う。技や筋肉ばかりではなく「ゴルフとは頭脳ゲームである」という、ゴルフの魅力であり、原点の一つに立ち返り再設計すれば(たとえ2D画面でも)まだまだ十分に面白いゲームが開発できるように思う。如何でしょうか?