2020全米女子OP の渋野日向子 写真:AP |
2020年の不調は、国内から海外挑戦への方針転換に基づくオフの体幹強化によって筋肉がつき、体が大きくなって、本来の美点だったしなやかな身体の回転と体重移動に影響が出て、結果としてヘッドスピードが落ちたり、インパクトが不安定になったからだろうと推測する。ところが年末の全米女子OPでは体もスリムになって、そこが改善され、初日、2日目などは完全に全英時の素晴らしいスイングに戻っていた。だから初日を見ただけで、今回は優勝するかもしれないと思ったほどだ。その作年末のメジャーで、優勝こそ逃したが4位と言う結果を残したのに、なぜ今年になってあのフラットなスイングに変えたのかは確かに謎だが、おそらく彼女なりに今後の世界挑戦を見据えた戦略を描き、あれこれ試行錯誤することを前提にして、「今年の課題」として取り組んでいることなのだろうと思う。だから照準はあくまでメジャーにあり、たぶんオリンピックも国内試合も、ノーマルLPGAも今の彼女の眼中にはなく、今年の「メジャー大会」のどれかで優勝することを第一目標に置いているのではないかと推測する。彼女は頑固そうだが、逆に言えば信念の強い人とも言える。だから、いずれシブコはかならず復活すると私は信じている(実際、先週末の米国内戦ではその兆しが出て来た)。
しかし渋野日向子の秀でたところは、ゴルフの技術だけではなく、明るく、聡明で、周囲に気配りもできるすぐれた人格も同時にそなえているところだ。世界の超一流のスポーツ選手はどの分野でもみなそうだと思うが、単に技術が上手いだけでは本物の一流にはなれない。常に自分のプレーを冷静に分析し、改善し、進化させるという内部モーメントを意識して持ち続け、しかもそれを実行しなければならないし、特に現代のプロ選手は、メディアやファンなど周囲に対してきちんとそれを表現できる言語能力、コミュニケーション能力も重要だ。シブコには何よりそうした姿勢と能力があり、そこが彼女の素晴らしいところで、だから見る人間を引き付けるのだと思う。全米女子OP最終日の17番Hでパットをはずし、しばらくの間、帽子を深くかぶってうつむいていたとき、最終18番Hで、「来年も頑張れ」という神様のご褒美のような長いバーディパットを沈めたときは、こちらまでもらい泣きしそうになった。涙をこらえながら、誠実に応答する試合後のインタビューもそうだ。観戦する側が思わず感情移入してしまうような何かが彼女にはあるのだ。
チマチマして、狭く、小うるさい雑音の多い日本ではなく、開放的でスケールの大きな舞台こそ彼女には似合っている。スポーツに限らないが、日本人として海外で戦うということは、異文化の下での厳しい個人勝負の場には違いないが、そこで「ものをいう」のは、知識や技術ばかりではなくマナーを含めた人間性である。ゴルフの性格上、まず孤独に強いということが他のスポーツ以上に要求されるだろうが、一方でスタッフやキャディ、他の選手とのコミュニケーションを積極的に行なって、内に閉じこもらないことが大事で、それが結果として世界で戦えるメンタルの強さと安定性を生むことにつながる。ゴルフに限らず、才能ある日本人スポーツ選手がなかなか海外で成功しない理由の一つは、そこにあり、その解決には英語が必須なのだ。難しい話ができるほどの英語力は必要ないし、簡単な対人コミュニケーションに必要な程度の英語など、まだ若く優れた言語能力を持つ渋野選手がその気になれば、あっという間に身に付くスキルだろう。
それにしても、ネット上の一部メディアや匿名投稿による悪意のある批判的記事が、シブコを筆頭に女子ゴルフ選手たちに向けられることが多いようだ(昔からそういうものなのか、よく知らないが)。必要以上にシブコばかり追い回すメディアへの反感や、商業上のクリック数稼ぎが背景にあるのだろうし、有名税だと言えばそうなのだろうが、海外への挑戦意欲を持ち、まだ若く(みんな20歳そこそこだ)未来のあるスポーツ選手を貶めるようなことを、なぜ大の大人がするのだろうか。世界レベルで戦っている現役プロ選手に対して、何者でもない素人や半素人が、スイングがどうのこうのと、技術に関して上から目線で語るようなスポーツがゴルフ以外にあるだろうか。テニスの大坂選手や、サッカーの沢穂希選手に向かって、あれこれプレー内容や技術の欠点を上から目線で「公の場で」批判する素人がいるだろうか。他の女子スポーツでは、若い選手に対して、こうした非礼な、あるいは陰湿なゴシップ的ジャーナリズムとか批判はあまり見られないように思う。これはシブコの特別な人気が理由でもあるのだろうが、「昔からゴルフやってます」的な特権意識を持って若者や女性を見下す、オヤジ中心の古臭い日本のゴルフの世界特有の空気が生む行為としか思えない。
渋野日向子はまぎれもなく、世界に開かれた日本女子ゴルフ界の未来を担う、岡本綾子以来の逸材であり、コロナに苦しみ、夢のない今の日本に輝く数少ない希望の星だ。だから、その星の足を引っ張って地上に引きずり降ろすような愚行を、大の大人がすべきではないと思う。私はド素人なので、批判などせずに前途ある彼女たちを応援したい。個人的には、それぞれ個性は違うが笹生優花と原英莉花の二人は、畑岡や渋野と並んで世界で十分通用するポテンシャルを持つ選手だと思う。少なくともシブコや彼女たちは、一部の偏った批判など気にせず、今年もまた世界に向かって挑戦し、明るく伸び伸びとしたプレーで我々を楽しませて欲しい。
(*6/9 追記 …と、書いていたら、その笹生優花が6/6の全米女子OPで本当に優勝した。びっくりした。彼女も強いだけでなく、人格が素晴らしい選手だ。これで、渋野選手も多少肩の荷が下りて、期待と裏腹の無言の圧力から解放されるだろう。)
ところで「マリオオープンゴルフ」だが……Hawaiiコースの15番までは何とか進んだものの、そこで止まったままなかなか前に進めないので、しばらく遠ざかっている。しかし、このHawaiiとUKコースは(年寄りには)難しすぎる。パットがスコアメークのキーになるところも本物のゴルフと同じで、その意味でも本当によくできた名作ゲームだとは言える。そのうち、またやる気が出てきたら改めて挑戦したい(死ぬまでに冥途のみやげに何とかクリアできればいいと思っている)。