ウィリアムズバーグ橋にて "Saxophone Colossus"より (1961 撮影:川畑篤彦) |
JICC邦訳版 (1990) |
米国の大物ジャーナリストだったグリーソンとのインタビューでは、当然だが、発言に多少よそ行き感があるジャズマンたちも、アメリカの外、それもフランスでのインタビューでは、普通にあった自国での差別を感じず、それどころかアーティストとして尊敬すらされるパリ独特の空気ゆえに解放感を覚えるのだろう、構えずに答える自然なインタビューが多い。米国ニューオーリンズの歴史が示すように、フランスはジャズという音楽を生んだ親の一人でもあり、また(オリンピックのJUDOチームを見ればわかるように)アフリカ植民地からの移民も多く、米国黒人ジャズマンには居心地の良さを感じる国なのだろう。たとえばスイング期のシドニー・ベシェや、モダン期になってからは本書に出て来るケニー・クラークを筆頭に、バド・パウエル、デクスター・ゴードン、ケニー・ドリューなど、フランスには多くのジャズ・ミュージシャンが米国から移住している( スティーヴ・レイシーのような白人ジャズ・ミュージシャンも、1970年代以降パリに移住した)。
本書には下記のように、エリントンからキースまで大物がほぼ顔を揃えるが、グリーソン本と同じく、マイルス・デイヴィスだけがいない。珍しい記事は、滅多にインタビューを受けなかったモンクや(当然短いが)、リー・モーガン、エリック・ドルフィー、亡くなる1年前のレスター・ヤングなどだろう。何度も書いているが、私的にはジャズ・ミュージシャンのインタビューは、ジャズ史、ミュージシャン個人史的にも、音楽的にも、本当に面白く興味が尽きない。ちなみに、原書表紙も、邦訳版の表紙カバー写真も共に、やはり画になる男ソニー・ロリンズである(このフォルムは、まさに『ブルージャイアント』だ)。
本棚で見つけたもう一冊の参考書が『モダン・ジャズの発展-バップから前衛へ』(植草甚一著、1968年スイングジャーナル)だ。上記フランスのインタビュー集より、20年以上も前に出版された本だが、内容的には同時期のインタビューも含まれている。これは大部分がジャズ月刊誌『スイングジャーナル』に掲載されていた1950年代末から約10年間の植草甚一のジャズ・エッセイをセレクトしたもので、前著『ジャズの前衛と黒人たち』(1967年晶文社)に続く2冊目の単行本だ。私が所有しているのは、ジャズに夢中になっていた頃、1975年(昭和50年)発行の第14刷の本なので、当時かなり売れていたのだろう。植草甚一の本は、他に晶文社の『植草甚一スクラップブック』など、ジャズ以外のテーマを含めて今も数多く出版されている。デューク・エリントン、ホレス・シルバー、リー・モーガン、ジーン・ラメイ、ケニー・クラーク、セロニアス・モンク、ソニー・ロリンズ、キャノンボール・アダレイ、ローランド・カーク、チャールス・ミンガス、テッド・カーソン、エリック・ドルフィー、ジョン・コルトレーン、マッコイ・タイナー、ビル・エバンス、キース・ジャレット、オスカー・ピーターソン、レスター・ヤング
本書の内容は、その前著(これも売れたらしい)に掲載されなかった同誌向けエッセイを、当時『スイングジャーナル』誌の編集長だった児山紀芳氏が選択、編集して出版したものだという。ほとんどリアルタイムのジャズエッセイというべき内容で、海外(米、仏)のジャズ雑誌に掲載された記事を引用して翻訳し、それを「コラージュ」のように継ぎ合わせて書いてゆくという独特のカジュアルな文体で、どこまでが元記事で、どこまでが植草甚一の意見なのか、よく分からないという不思議な印象の文章なのだ。たとえば、上記『Jazz Hot』からの引用もかなりあり、著者フランソワ・ポスティフ(植草版では "ポズティフ" と表記)の名前もしょっちゅう出てくる。書いてあるロリンズの情報も、このフランス発信のものだ。
植草甚一とCurtis Fuller |
上述したように、毎月の海外情報をほぼリアルタイムで翻訳、紹介していたわけで、情報の鮮度が違う。今や、すっかりアーカイブ化したジャズやジャズマン情報が、まだ新鮮だった当時に直輸入して紹介しているわけで(というか、これらが「オリジナル日本語情報」になったか)、読んでいると、つい最近の話を聞いているような気がしてくるのである。ロリンズはもちろん、モンク、マイルス、コルトレーン、ミンガス、オーネット、セシル・テイラー、アイラーなど、いろんなミュージシャンが登場するが、元の情報が海外発記事なので、当時の日本人評論家のような後追い紋切り型コメントではなく、批評の鮮度と切れ味がよく、そこに猛勉強していただろう植草甚一自身の意見がコラージュされて乗せられているわけで、そこがまた独特で面白い。当時「最先端の音楽」だった全盛期のモダンジャズを、先頭きって追いかける「モダン爺さん」という図柄もまた面白い。だから彼の好みは常に「前衛」(アヴァンギャルド)である。今読んでも結構刺激的で、本人がわくわくしながら書いている気分が伝わってくるし、今でも参考になる当時のジャズや、ジャズマン情報がたっぷり楽しめる(ただし、文庫を含めた昔の本はたいていそうだが、フォントが非常に小さくて、目が疲れる。なぜなのか分からないが、情報を目いっぱい詰め込みたい、それを読みたい、という当時の出版・読者双方のニーズのゆえか? それと昔の人は目が良かったのだろうか?)
1979年に植草甚一が亡くなったあと、残された万単位の蔵書は作家の片岡義男氏が媒介して古書店に委託販売し、数千枚のレコードはタモリ氏が引き取ったという。ただし、お金はみなこうした「道楽」につぎ込んでしまい、少しも残さなかったので、未亡人になった奥さんは苦労したらしい。「死んでくれてせいせいした」と言った(?)とかいう話もある(やっぱりね。もって他山の石とすべし、か)。