Thelonious Himself (1957 Riverside) |
ジャズの場合、既存の曲をモチーフにして曲を作ることも多いが、いずれにしろ「作曲」とはほとんどゼロから音楽を生み出すという創造行為である。ポピュラー曲のように、コード進行によって曲の基本的枠組みが決まっている既存の素材を、プレイヤーが独自に「料理」する伝統的なジャズ即興演奏とは違う想像力と創造力がそこでは必要とされる。メロディ、ハーモニー、リズムを周到に組み合わせて配置する作業(composition)から生まれた、曲のメロディとリズムへの強いこだわり、カウンターメロディの多用、音を間引いたオープン・ヴォイシング、半音階のコード進行、全音音階のランによる「不協和」な音の響き、ポリリズム的な多層リズムによるアクセントの「ずらし」感覚、長い休符(間)による「無音の効果」の強調、ぎざぎざした極端な音程の跳躍によって生み出すアブストラクト感と意外性、一貫性のある構築的な印象を与える演奏、等々……本書にも書かれているモンクの「演奏」に特有のものだと思われている数々の特長も、「作曲家が、自分の理想のサウンドを探求する過程から生まれた演奏上のアイデアであり技術だ」と解釈すれば、すべて納得がゆく。そして演奏技術においては、天性の音感とリズム感に加え、ストライド・ピアノの先達たちの持っていた左手の使い方と、コード進行ではなく「メロディを基にした無限の変奏」という即興コンセプトを継承したことによって、独自のパーカシブな奏法とヴァリエーションの展開という個性を開発し、ピアノの持てる機能を最大限に使って自らの「サウンド」を表現しようとしていた。モンクは、こうして作曲と演奏の両面で独創的世界を築き上げたのだ。しかも、その音楽が意図的に奇を衒って作られたようなものではなく、聴き手の感性をも開放する、あのモンクの持つ「自由」を指向する精神から自然に生まれているところが素晴らしいのである。批評家ポール・ベーコンが言ったように、まさに「それは、モンクが全体として普段からどういう物の考え方をしているのかという結果であって、小節がここで、ブリッジがそこで、とかいう問題ではないのだ」。
The Transformer (2002 Thelonious Records) |
この「独創を常に指向する作曲家」という資質をキーワードと考えれば、リー・コニッツがインタビューの中で述べている「チャーリー・パーカーは即興の名人というよりも、実はメロディ(フレーズ)を創り出す天才的作曲家だった」という趣旨の見解とも通じるものがある。そしてこれが、作曲家デューク・エリントン直系の系譜にモンクがいること、同じく作曲家だったチャールズ・ミンガスがモンクを崇拝していたこと、またセシル・テイラーやオーネット・コールマンのようなアヴァンギャルドの音楽家(彼らも作曲家=composerである)の始祖がモンクだとされる理由でもある。ということはつまり(今更だが)、モンクは時代ごとの演奏を記録したディスコグラフィーとその個々の評価以上に、生涯で70曲以上に及ぶ作品(曲)リストの方が、重要で意味がある音楽家だということである。そしてエリントン以降、モダン・ジャズの歴史上これほど多くの優れた、かつ独創的な作品、それもジャズ・スタンダード曲を作ってきた音楽家はいないのだ。モンクのレコード(「演奏」の記録である)に、マイルスやコルトレーンやエヴァンスのような「奏者」としての決定的とも言える名盤がないこと、その代わりどのレコードで、どんなフォーマットで、何を演奏しても、常にそれはモンクの音楽であり、かつモンク的水準を超えていて駄作や駄演がないことも、そう考えれば合点が行く。だから1960年代以降、新たな曲作りが徐々にできなくなったために、限りのある既存の自作曲の解釈がついにはマンネリ化し、批判されるようになったという理由もわかる。マイルス・デイヴィスのように、時代に合わせて演奏のスタイルを変化させながら音楽自体を大胆に変貌させてゆくことができなかったのも、頑固さや能力の問題ではなく、モンクが単なるアレンジャーでもインプロヴァイザーでもない、20世紀半ばを生きた自分自身の音楽を創造する作曲家だったからだ。
ジャズとは瞬間に生まれる「場と時間」の音楽であり、それゆえ素材である曲よりも、その場における奏者の解釈と即興演奏にこそ価値があるという暗黙の前提があるので、モンクに関するこれまでの一般的分析や評価も、残されたレコードによる演奏記録に偏ってきたという側面もある。しかしスティーヴ・レイシーに始まる一部のジャズ・ミュージシャンたちは、モンクをジャズのすべての要素を包含した大音楽家として捉え、モンク的世界をどう解釈し、いかにして自身の音楽として消化するか、という探求をこれまでも、そして現在でも行なっている。モンクとはそういう存在であり、またその音楽にはいかなる解釈をも許容する懐の深さと自由がある。モンクは単なるジャズ・ピアニストを遥かに超えたスケールを持つ音楽家だったのであり、米国におけるモンクの死後の評価も、当然ながらエリントンと並ぶ「ジャズ作曲家」としてのモンクである。
Monk's Music (1957 Riverside) |