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2020/03/26

Play "MONK"(3)

一部のモンク作品はジャズ・スタンダードになっているので、多くのピアニストがこれまでも取り上げているが、取り組む対象としてはやはりハードルが高い音楽だろう。当たり前に弾いたのでは面白味がないし、モンクのまんまコピーもやりたくないし、かと言ってモンク自身を超えるような個性的表現は、当然ながら簡単にできるものではないからだ。だから数曲を取り上げるだけでなく、全曲あるいはほとんどがモンク作品というアルバムを作るのはさらにハードルが高い挑戦で、よほどのモンク好きピアニストでないとやれないだろう。モンクが亡くなった1980年代初めには、トミー・フラナガン チック・コリアが、ピアノ・トリオで演奏したアルバム(フラナガンは『Thelonica』1982 Enja、コリアはTrio Music』1982 ECM -ただしアルバム中の全7曲)をリリースしているが、調べてみると、その後ピアノによるモンク・トリビュート作品というのは意外と少ない。

In Walked Thelonious
Walter Davis Jr
1987 Mapleshade
ウォルター・デイヴィス・ジュニア Walter Davis Jr. (1932 - 90) の最後のレコードとなったのが、ソロ・ピアノで全曲モンク作品を演奏した『In Walked Thelonious』(1987 Mapleshade)である。ウォルター・デイヴィス・ジュニアは、ドナルド・バード(tp) 等と共演したブルーノートの『Davis Cup』(1959)というレコードが日本ではいちばん有名だが、60年代に一時引退しているので、その後はほとんど名前を聞かないピアニストだ。元々モンクの影響の濃い奏者だったようだが、モンク作品をソロで14曲演奏したこのレコードには、単なるモンク集とは別種の何かが感じられる。モンク好きな人に聴いていただければ分かると思うが、フランスで録音されたこのソロ演奏は、どこか神がかり的なところがある、あるいはまるでモンクが憑依したのでは……と思わされるようなところがあるピアノなのだ。単にモンクをコピーしたとか、そういう次元の話ではなく、あたかも「モンクならこう弾いただろう」と思わせるように別のピアニストが弾いている、という感じなのだ。そう思ってライナーノーツを読んでみたら、実はCDのタイトル『In Walked Thelonious』(もちろん<In Walked Bud>のもじり)とジャケットのイラストが表す通り、パリで録音準備のために2ヶ月間こもって集中練習していた地下スタジオで、デイヴィスがある晩一人でピアノに向かっていると、そこへ「モンクが入って来て」、3時間にわたって、彼にテンポやコード、ストライドのフィーリングなど、モンク作品の演奏方法を細かに教示したというのだ……。

デイヴィスからこの話を電話で聞き、ライナーノーツを書いたプロデューサーのピエール・スプレイ Pierre Sprey (1937 - )という人は、仏米ハーフの防衛アナリスト兼レコード・プロデューサーという珍しいバックグラウンドを持った人で、ハイエンド録音にもこだわりがあり、マルチ・チャンネルは使わず本CDも2ch録音で音の鮮度にこだわって録音しているという。それもあって、このCDのサウンドは素晴らしい。デイヴィスは、録音中も誰かが傍らで聴いているような仕草で演奏していたという。見た目もそうだが、やはり不思議な人物だったらしいウォルター・デイヴィス・ジュニアのモンク幽霊譚の真偽はともかくとして、誰が聴いても、まるでモンクが弾くソロピアノのような演奏であることは確かだ。<Round Midnight>を除き、全曲3分以下の短い演奏であるところもモンクっぽい。レアなCDだが、モンクが好きな人は、ぜひ探して自分の耳で確かめていただきたい。演奏はもちろん(モンクが弾いているので?)素晴らしい。
* 収録曲は以下14曲。
Green Chimneys /Crepuscule with Nellie /Gallop's Gallop /Ask Me Now /Round Midnight -1 /Trinkle Twinkle /Ruby, My Dear /Monk's Mood /Off Minor /Panonica /Bye-Ya /Ugly Beauty /Criss Cross /Portrait of an Ermite (=Reflections) /Round Midnight -2

Portraits of Thelonious Monk
Randy Weston
1989 Verve
ロビン・ケリーのモンク伝記には、これまで知られていなかった(モンクのおかしな)エピソードがたくさん出て来るが、中でもモンクとアフリカの関係については、南アのダラー・ブランド(アブドゥーラ・イブラヒム)との話や、ガーナ出身のガイ・ウォーレン Guy Warren(1923-2008)というアフリカン・ドラム奏者との出会いの話が面白い。ウォーレンはシカゴにいた頃『Africa Speaks、America Answers』(1956)というアルバムを発表した後(ロビン・ケリーが同名の本を書いている)、NYでモンクと会い、モンクはウォーレンとアフリカのことが大いに気に入って二人は意気投合した。モンクが四六時中かぶっていて、<中国人の帽子>とみんなが呼んでいた有名な麦わら帽子が、実はウォーレンが後にアフリカから送ってきた、ガーナの農民がかぶる帽子だったことも明らかになる。ウォーレンの勧めで、モンクはどうも本気でアフリカ移住を考えたようだが、ネリー夫人の反対で諦めたらしい。2メートルを超える巨躯、ランディ・ウェストン Randy Weston (1926-2018) の『Portraits of Thelonious Monk; Well, You Needn't』(1989 Verve) は、そのアフリカ色に満ちた、全曲モンク作品というアルバムだ。

ブルックリン生まれのウェストンは、ジャマイカ出身で<汎アフリカ思想>を持った父親が経営していたレストランにやって来るジャズ界の大物たちを子供の頃から知っており、モンクもその一人だった。少年時代に、モンクのアパートメントでピアノのレッスンも受けている。1954年に、リバーサイド初となるモダン・ジャズを録音し、その縁で同社にモンクを紹介したのもウェストンだ。その当時、後に「Renox School of Jazz」が設立されるバークシャー・マウンテンの「ミュージック・バーンズ」という音楽施設付きホテルで皿洗いをしながら、住み込みピアニストをしていたときにも、モンクのグループに仕事を紹介している。そこで、当時ジャズを支持していた著名な音楽学者マーシャル・スターンズ他のアカデミックな知識人たちと出会ったことで、ルーツ・アフリカへのウェストンの知的興味と理解がさらに深まり、60年代後半にはついに5年間アフリカ(モロッコ)へ移住している。モンクとはその後も生涯にわたって交流があり、葬儀にも参列した。またウェストンは2018年に亡くなるまでに何度も来日し、京都の上賀茂神社他でソロ演奏を行なうなど、日本ともゆかりがある音楽家だった。このCDでは、おそらく誰よりもモンクを深く理解し、リスペクトしつつ、モンクを通してアフリカにつながる何かを追求しているかのような演奏だ。どの曲からも常にアフリカ的、あるいはカリブ的リズムに支えられたウェストン独自のサウンドが聞こえて来る。モンクが聴いたらきっと大喜びしたことだろう。共演メンバーはJamil Nasser(b), Idris Muhammad(ds), Eric Asante (perc.)。
* 収録曲は以下7曲。
Well You Needn’t /Misterioso /Ruby My Dear /I Mean You /Functional /Off Minor-Thelonious

Plays Thelonious
Fred Hearsch
1998 Nonesuch
90年代になると、1998年にフレッド・ハーシュFred Hersch (1955-) がソロ・ピアノで全曲モンク作品に挑戦した『Plays Thelonious』(Nonesuch) を発表している。ハーシュ初のソロ・アルバムがモンク集であり、70年代にシンシナティでピアニストとして活動を開始して以来、どのコンサートやクラブ演奏でも必ずモンクの曲を取り上げてきたということからも、ハーシュのモンクの音楽へのリスペクトが分かる。このCDの録音時点(1997)では、スティーヴ・カーディナスによる初のモンク楽譜集『Thelonious Monk Fake Book』がまだ発表されていなかったので、それまではすべて自分の耳で聴き取って演奏してきたのだという。これは、白人でユダヤ系のゲイであると自ら公表し、繊細で耽美的演奏が持ち味のハーシュが、黒人で男らしいジャズ・ミュージシャンの代表的人物の一人だとされてきたモンクの作品にソロ・ピアノで挑戦するという――正反対のキャラ同士のある種倒錯したような世界だが、どこまで音楽的に調和できるのか、あるいはそこに不思議な融合が生まれる、もしくは化学反応が起こるのか、実に興味深い試みではある。結果は……聴く人それぞれの好みだろうか…。
*収録曲は以下14曲。
'Round Midnight /In Walked Bud /Crepuscule With Nellie /Reflections /Think Of One /Ask Me Now /Evidence /Five Views Of Misterioso /Let's Cool One /Bemsha Swing /Light Blue/Pannonica /I Mean You /'Round Midnight Reprise

Joey Monk Live !
Joey Alexander
2017 Motéma
その後しばらくして2010年代になってから、オーソドックスなエリック・リードEric Reedの全曲モンク集、野心的な山中千尋がエレピでモンクに挑戦というアルバムを発表しているが、もう一人個人的に印象に残ったのはジョーイ・アレキサンダーJoey Alexander (2003-) という、21世紀生まれ(!)で、まだ16歳のインドネシア出身のピアニストのアルバムJoey Monk Live!』 (2017 Motéma)だ。実は、あまり期待していなかったのだが、聴いてみてびっくりした。6歳で初めて弾いたピアノが父親が好きだったモンクの曲で、そのままジャズを弾くようになったのだという。まさに ”神童” で、リンカーン・センターでのこのライヴ・アルバム録音時はまだ14歳だったというから驚きだ。おまけにインドネシアのバリ島生まれ(今はNYCに移住したらしい)というから、まさにグローバル化した21世紀のジャズシーンを象徴するようなミュージシャンと音楽である。Scott Colley(b), Willie Jones III(ds) とのトリオが5曲、2曲がソロ演奏だが、いずれも斬新なモンク解釈で非常に楽しめるアルバムだ。というか、モンクの音楽が違和感なく、すっかり身体に染み付いているかのように自然な演奏なのである。しかもこの録音が全部ライヴ演奏であるところがすごい。ただし過去にも神童と呼ばれたこういう早熟なジャズ・ピアニストが何人かいたが、みんないつの間にか消えてしまうので、ジョーイ君にはこのまま成長して(W・マルサリス師匠の影響を受けすぎないことを望む)、新世代モンク弾きを代表するピアニストとして大成してもらいたいものだと思う。
* 収録曲は以下7曲。
Round Midnight /Evidence /Ugly Beauty /Rhythm-A-Ning /Epistrophy /Straight, No Chaser /Pannonica