"ブレイム・イット・オン・マイ・ユース Blame It on My Youth"は、1934年に作曲された古いバラード(曲 Oscar Levant、詞 Edward Heyman)。「あれも、これも、若さゆえの……」という歌詞で、タイトル通り、どう訳しても日本語なら『若気の至り』しかないだろう。誰しもそうかもしれないが、思い起こせば私も「若気の至り」が山ほどあって、入りたい穴がいくつあっても足りないくらいだ。しかし、人間若いころは本当にバカなことを言ったり、したりするものだと思う。反省するしかない(もう遅いが)。
私有ヴォーカルではナット・キング・コール Nat King Coleの『After Midnight』 (1957)、クリス・コナーChris Connorの『
This is Chris』(1956)、チェット・ベイカーChet Bakerの『
Let's Get Lost』(1989)の3枚がある。女性ヴォーカルではクリスのハスキーな歌声もいいが、恋愛に関わる若気の至りという内容からして、やはり男性歌手の方が似合うと思う。したがって個人的には、ナット・キング・コールの永遠の名盤『After Midnight』のヴァージョンが好きだ。コールはピアノの名手であり(元々ピアニストだった)、このレコードでも、”
Route 66" や "
Candy"
など、懐かしく豊かな1950年代アメリカを象徴するような明るく、スウィンギングなピアノとヴォーカルが最高だ。この曲 ”Blame It....”を、コールは甘くハスキーな声で、ゆったりと唄いあげている。
”Blame It on My Youth”という曲自体は、歌詞もメロディも、あの時代らしいシンプルな美曲で、特にどうということはない楽曲だと思うが、ライヴ・アルバム『The Cure』(1990 ECM)で、その単純な曲を素晴らしいジャズ・バラード演奏に昇華させたのがキース・ジャレット Keith Jarrett だ。それ以前にはこの曲のピアノトリオでの演奏は見当たらないので、『The Cure』でのキースのスタンダード・トリオ(Gary Peacock-b, Jack DeJohnette-ds)によるライヴ演奏(NYタウンホール)によって、それ以降この曲はジャズ・ピアノのスタンダードになり、様々なピアニストが取り上げるようになったのだと思う。キースは90年代になって一度病に倒れた後、1997年のソロアルバム『The Melody at Night, with You』で、再度この曲を取り上げていて、そちらも心に沁みる良い演奏だ。『The Cure』で、中盤のゲイリー・ピーコックのベースソロの後、徐々に美しく高揚してゆくキースの耽美的演奏は、本当にため息が出るほど素晴らしい。キースには美しいバラード演奏がたくさんあるが、これは同じくライヴ・アルバム『Tribute』(1990)での"Ballad of the Sad Young Men"と並び、キースの私的ベスト・バラードである。
おそらくキースの演奏に最初に触発されたピアニストがブラッド・メルドーBrad Mehldau で、『The Art of the Trio Vol.1』(1997)でこの曲に初挑戦している。流れるような美しいメロディの奔流で、まるで別の曲のように格調高く仕上げてゆくキースの演奏に対して、メルドーは独特のリズムをベースにした寡黙な演奏で、余白と間合いをたっぷりと取り入れながら、訥々と、繊細にこの曲を仕上げている。他の曲を含めて、このCDを聞いただけで、メルドーがキースを含めた20世紀の他のジャズ・ピアノ奏者たちとは違う独特のフィーリングとコンセプトを持ったピアニストであることがよくわかる。
もう1枚のピアノ・トリオは、日本のマシュマロ・レーベル(Marshmallow Records )からリリースされたデンマークのピアニスト、カーステン・ダールCarsten Dahl トリオの『マイナー・ミーティングMinor Meeting』(2001)だ(Jesper Lundgaard-b、Alex Riel-ds)。ダールは元ドラマーで、デンマークを代表するピアニストであり、今は絵画も手掛ける芸術家。ジャケット写真がジャズっぽくないのが残念だが、内容はバラード系のスタンダード曲を集めたもの。このCDは録音が独特で、ピアノもベースもエコーがかなり強めだが、逆にそれがこの曲の耽美的性格を強調しているので、そういうサウンドが好みの人にとってはいいかもしれない。この人の演奏はどの曲にも不思議な感覚がある。ダールの作品は、同じくマシュマロからリリースした『ブルー・トレインBlue Train』(2005)も持っているが、こちらはメンバー、録音ともに違うので本作とはイメージが異なる。
私有のCD中、この曲の唯一のギター・ヴァージョンが収録されているのがユージン・パオEugene Paoの『Pao』(2001 Stunt) だ。このCDは私の愛聴盤で、本ブログ記事の「ジャズ・ギターを楽しむ(1)」(2018/10)でも紹介している。ユージン・パオは、香港生まれ北米(アメリカ、カナダ)育ちのジャズ・ギタリストで、このCDもマッズ・ヴィンディングMads Vinding(b)のトリオ(Alex Riel-ds、Olivier Antunes-p)というデンマークのミュージシャンとの共演盤である。全9曲のうち6曲がナイロン弦のガットギターによる演奏で、"Blame It on My Youth"の他、ウェイン・ショーター作の"Infant Eyes" や"My Foolish Heart" などの古いバラード曲の演奏は、ナイロン弦の響きがとても曲調と合っている。録音も非常にクリアで、共演のマッズ・ヴィンディングのベース、オリビエ・アントゥヌスのピアノの音色、パオのガットギターの響きも余韻も非常に美しい。