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2018/12/09

ジャズ・ギターを楽しむ(4)ジャンゴの後継者たち

Djangology
Django Reinhardt
ヨーロッパのジャズは、クラシック音楽の長く、厚い伝統の上に、1960年代からブリティッシュ・ロック、フリー・ジャズ、フリー・インプロヴィゼーションという新たなジャンルの生成と発展を経験したことから、アメリカとは異なる独自のジャズの歴史を築いてきた。中でもギターは、その歴史がもっとも濃厚に表れている分野だ。昨年、映画『永遠のジャンゴ』が公開されて、最近また注目を浴びているジャンゴ・ラインハルト Django Reinhardt (1910-53) だが、チャーリー・クリスチャン Charlie Christian (1916-42) がアメリカで注目される以前から、フランスを中心にしたヨーロッパで、ジプシー(ロマ)音楽と、アメリカで当時隆盛だったスウィング・ジャズを融合したジャズ(現在は “マヌーシュ -Manouche- ジャズ” と呼ばれる)で活動していた世界初のジャズ・ギタリストと言われている(もちろん見方によって、誰が世界初かには諸説ある)。ベルギー人ジャンゴは、1930年代からフランス人ヴァイオリニスト、ステファン・グラッペリと共同で、ホーン楽器やピアノのない弦楽器だけのアンサンブル「フランス・ホットクラブ五重奏団」を率いて、独特のサウンドと、超絶のギターテクニックで人気を博していた。ヨーロッパでは、ホーン奏者やピアニストは、大方がアメリカのジャズの影響の下に成長していたが、ベルギーのルネ・トーマ、イギリスのデレク・ベイリー、ハンガリーのアッティラ・ゾラー、ガボール・サボのようなユニークな人たちがいる一方で、当然ながら1930年代から既に活動していたジャンゴの強い影響を直接、間接的に受けたギタリストが数多く、ヨーロッパのジャズ・ギターは、マヌーシュ・ジャズと、いわゆるモダン・ジャズとが自然に融合してきた長い歴史がある。

Gitane
Charlie Haden &
Christian Escoude

1978 All Life/Dreyfus  
したがって、マヌーシュ・ジャズそのものではないが、ジャンゴ・ラインハルトの影響を強く受けたコンテンポラリー・ジャズ・ギタリストも多い。彼らは自らのアイデンティティとして、ジャンゴへのトリビュートと言うべきマヌーシュ・ジャズ的アルバムを作る一方で、モダン・ジャズは当然として、ロックやフュージョンからの影響も受けた同時代的なジャズも演奏し、それぞれ独自の世界を築いてきた。生年順だとフィリップ・カテリーン Philip Catherine (英, 1942-)、クリスチャン・エスクード Christian Escoude (仏, 1947-)、マーティン・テイラー Martin Tailor (英, 1956-)、ビレリ・ラグレーン Bireli Lagrene (仏, 1966-) などが、ジプシー音楽の伝統を受け継ぐ代表的ジャズ・ギタリストだろう。しかしジャズ的に見ると、ジャンゴの世界は、ある意味でセロニアス・モンクと同じで、オリジナリティが強すぎて、サウンドをコピーしたらそこで終わってしまい、それ以上発展させるのが難しいという性格の音楽だ。マヌーシュ・ジャズの外側で、そのサウンドのエッセンス、あるいはフレーバーを消化してモダン・ジャズとして再構築するのは、非常に難しい挑戦だろうと思う。演奏をイージーリスニング的に振るケースが多いのも、それが理由だろう。ただし、そういう演奏も、マヌーシュの香りをモダンな演奏で楽しめるジャズの一つと考えれば、非常にリラックスして聴ける、独特の音楽としての存在価値は十分にあると思う。私はジャンゴ系の音楽を時々聴きたくなるが、それはジプシー的哀愁とスウィング・ジャズの楽しさが一体となった、独特のフランス的香りを楽しむためであって、ジャズとしてじっくり聴き込もうということではない。現代のギタリストが、それをどう料理してモダンな音楽として楽しませてくれるか、という聞き方だ。したがって、ここに挙げているのも、たまに聴きたくなる、それほど多くはない手持ちのマヌーシュ的ジャズ・アルバムの中から選んだものだ。

Holidays
Christian Escoude
1993 Gitane
フランス人ギタリスト、クリスチャン・エスクードは、若い時期にチャーリー・ヘイデン(b)とのデュオ、『Gitane』(1978 All Life/Dreyfus) というジャンゴへのトリビュート作を作っている。全7曲のうち、ジョン・ルイス作<Django>とヘイデン作<Gitane>を除き、ジャンゴ・ラインハルトの曲だ。ギターとベースが空間で対峙し、ヘイデンの重量感のあるベースとエスクードの鋭角的でエキゾチックなギター、という両者のサウンドをリアルに捉えた録音の良さもあって、デュオとしては珍しく聴き手を飽きさせない、聴きごたえのあるアルバムだ。30歳というエスクードの若さと、相手がヘイデンということもあって、どこか緊張感に富むこのアルバムは、数ある「ジャンゴもの」の中で、いちばんジャズを感じさせる作品だと思う。エスクードはその後、そのものずばりの『Plays Django Reinhardt(1991 Emarcy)という、大編成のストリングス入りのアルバムを発表している。これはかなり編成と編曲に凝った多彩な演奏が続き、いささかまとまりのないアルバムのように感じるが、もう1作『Holidays』(1993 Gitanes) は “Gipsy Trio” と称しているように、ギター3台に、アコーディオン、パーカッションを加えたマヌーシュ的編成で、映画『Deer Hunter』のテーマなどを含めて選曲も良く、全体に静謐で、モダンなサウンドが非常に美しいアルバムだ。

Spirit of Django
Martin Tailor
1994 Linn
ステファン・グラッペリのバンドに長年在籍していたマーティン・テイラーも、90年代からソロ演奏活動と併行して、“Spirit of Django”というグループ活動をしながら同名の『Spirit of Django』(1994 Linn) というアルバムを残している。テイラーもジプシー系だがUK出身なので、フランスのジャンゴ派ギタリストたちに比べるとサウンドがずっとクールでモダンである。1994年に亡くなったジョー・パスと入れ替わるように登場したテイラーは、ヨーロッパのジョー・パスとも言うべき人で、『Artistry』(1992 Linn)をはじめ、何作か作っているソロ・アルバムがいちばんテイラーらしい。ソロにおけるテイラーの卓越した技術と表現力は、ギターファンなら誰しもが認めるところだ。そのギターテクニックと破綻のないオーソドックスな演奏は、何を聞いても安心して聴けるが、単に技術的に高度なだけではなく(今はそういうギター弾きはいくらでもいる)、ジャズのスピリットとグルーブがどの演奏にも感じられるところがパス後継者にふさわしい。安定したベースランニングに支えられた歯切れのいいリズム、流れるようなメロディ・ライン、優れたヴォイシングによるよく響く美しい音色がテイラーの特徴だ。パスとの違いは、UK出身ジャズメン一般に言えることだが、紳士の国らしくその演奏が「折り目正しい」ことだ。バタ臭くブルージーな味わいは余りなく、音楽の語り口が淡泊で上品である。このアルバムでは多彩なバンド編成(ギター2台、サックス、アコーディオン、ベース、ドラムス)を駆使して、ジャンゴ作の3曲の他、自作曲、スタンダードなど全11曲を演奏しており、滑らかなフレージングと美しいサウンドで、ジャンゴの音楽の精神を伝えている。

Gipsy Project & Friends
Bireli Lagrene
2002 Dreyfus
フランスのビレリ・ラグレーンは、ジャンゴの再来と言われていた天才少年時代から超絶テクニックで有名で、コンテンポラリー・ジャズの世界で活動する一方、ジプシー・プロジェクトと称して何枚かのマヌーシュ的アルバムを出している(ただラグレーンの技術はすごいと思うが、ジャズ側の作品は私には何となくピンと来ないものが多い。)『Gipsy Project & Friends』(2002 Dreyfus)は、ここに挙げたジャズ・ギタリストのレコードの中では、もっとも本家のジャンゴの世界に近い演奏が聞ける。このアルバムでは、編成(5台のギター、ヴァイオリン、ベース)、多彩な選曲(知らないフランスの曲も多い)、素晴らしいスウィング感など、ジャンゴの世界を生きいきと現代に再現していると思う。1曲だけだがフランス語ヴォーカル(Henri Salvador)もあって、聴いていてとても楽しめる仕上がりのアルバムになっている。

The Collection
Rosenberg Trio
1996 Verve
最後の1枚は、オランダのジプシー音楽グループ、ローゼンバーグ・トリオ Rosenberg Trioだ。ジャンゴの血を引くと言われるストーケロ・ローゼンバーグ Stochelo Rosenberg (1968-) が親族と結成したギター・トリオで、1989年にデビューし、メンバーは変わっているが今でも活動しているようだ。私が持っているのは『The Collection』(1996 Verve) という、当時の彼らの4作品から選んだ演奏のコンピレーションCD 1枚だけだ。このグループはいわゆるジャズ・バンドではなく、リード・ギターとリズム・ギターという2台のアコースティック・ギターとベースのみを使って、ジャンゴの世界を現代風アレンジのギター・アンサンブルで聞かせるというコンセプトであり、マヌーシュ・ジャズの本流と言っていいのだろう。選曲もボサノヴァやタンゴの名曲までカバーし、メリハリのきいたリズムを刻み、鋭く正確なピッキングで高速フレーズを難なく弾きこなすその演奏技術は素晴らしいものだ。

マヌーシュはマイナーな音楽と思われてきたが、最近では奏者や、演奏を楽しむ人も増え、日本でも徐々に支持する人が増えているようだ。天才ジャンゴ・ラインハルトが、ヨーロッパの伝統的ジプシー音楽と、アメリカの明るく、当時としては新しいスウィング・ジャズを融合させて創造したマヌーシュ・ジャズは、哀愁を帯びたメロディでありながら、重くならずに軽快にスウィングし、古くて、しかしどこか新しい、という不思議なサウンドがノスタルジーを感じさせ、理屈抜きに人の心の深部に訴える何かを持っている。つまり「辛く哀しいこともあるが、どこかに希望もある」という人生の機微と真実を、ある意味で哲学的に伝える音楽とも言える。これは、フランスのシャンソンにも、初期のアメリカのジャズにも、ブラジル音楽のサウダージにも通じるフィーリングであり、国や民族に関わらず、人間誰しもが持つ情感を呼び起こす普遍的とも言える音楽の力だ。それが、ジャンゴが生んだマヌーシュ・ジャズ最大の魅力であり、現在も国境を越えて多くの人に聴かれている理由だろう。