長年ジャズを聴いてきたが、正直言うと、ビッグバンドは苦手だった(聴いていたのは秋吉敏子くらいだ)。昔から好んで聴いてきたのは、少人数コンボによるジャズばかりである。理由は、基本的に大勢で一緒に何かをする団体行動というものが生来嫌いなこと、一糸乱れぬ統率された演奏とサウンド(合奏)というイメージがどうも苦手、音的に複数のブラス楽器の高音がうるさい、という3点だ。前2者はまったく個人的な嗜好、性格(非体育会系)によるものだが、そもそも規則に縛られない、自由な個人の音楽であることがいちばんの魅力であるジャズに、組織や規律を思い切り導入して個人を制御する、というコンセプトがよくわからない。クラシックと違って、本来そういう規則、約束ごと、支配を好まない人間が、ジャズを演奏したり、聴いたりするものではないか――というような疑問である。ブラス・セクションの音数の多さと高音がやかましい、というのはサウンド上の好み、あるいは聴感そのものの問題なのだろう(やたらと耳につく昔のブラスバンドのイメージ)。もともとシンプルでモノトーン的な音楽世界が好みなので、音数の多い、きらびやかな音楽は苦手なのだ。ピアノのデュオ(連弾)が嫌いなのも同じ理由である。たぶん若いときは、高音に対する聴覚が敏感なことも影響しているのか、とも思う。
The Popular Duke Ellington 1966 |
しかしよく考えてみれば、ジャズは1930年代のスウィング・ジャズ全盛時代まではビッグバンドが主体で、そもそもは唄ったり、踊ったりするための伴奏音楽として発展してきた音楽なのだ。それがデューク・エリントン、カウント・ベイシー、グレン・ミラー、ベニー・グッドマンのような有名な大編成バンドの最盛期である。バンドが少人数になり、音楽だけを独立して演奏し、クラシックのように「聴衆」としてそれを聴くのが当たり前のようになり始めたのは、1940年代後半のビバップ登場以降だ(1950年代半ばのニューヨークのクラブでさえ、まだスモールコンボの伴奏で客が踊るのが普通だったらしい)。上記バンドや、クロード・ソーンヒル、スタン・ケントンなどの白人ビッグバンドから、ビバップ以降も数多くのスター・ソロ奏者や、クールジャズでマイルスにも多大な影響を与えたギル・エヴァンスのような名アレンジャーが生まれて来た。日本でも戦後の進駐軍以降はアメリカ流になり、昔(1960-70年代)はスマイリー小原、原信夫、高橋達也、宮間利之などのリーダーに率いられていた生ビッグバンドが、テレビ番組や舞台のショーの歌や踊りの伴奏音楽としてかならず出演していたように思う。したがって今回の観客層のような私より一世代上の人たちが若いときには、「ジャズ」と言えばそうした音楽を意味していたのだろう。石原裕次郎や日活映画全盛期の、あのナイトクラブやキャバレーで演奏される、きらびやかなジャズというイメージである。ロックやポップスが登場するまで、日本でもそうした「ジャズ」が唄って踊れる音楽だったのだ。しかしアート・ブレイキー他が来日してファンキー・ブームが起こった60年代からはその日本でも、「聞かせる」スモールコンボのモダン・ジャズが徐々に主流になり、エレキギターを使うロック系も台頭し、何より70年代の「カラオケ」の登場が、こうした生ビッグバンド(生オケ)の仕事場と、そこで働くバンドマンの生活の糧を徐々に奪って行ったことは間違いないだろう。大昔のニューヨークで、無声映画からトーキー(今の音声付映画)の時代になって、映画館で生演奏をしていた多くのミュージシャンが失業したときと同じだ(例えが古すぎるか?)。そういうわけで、ビッグバンド・ジャズは確かに伝統的ジャズではあるが、大学のバンドやブラスバンドなど音楽教育の場だけで生き残った、古臭くてやかましい昔の音楽、というのが私的イメージだったのだ。
Big Band Stage 角田健一ビッグバンド 2011 Warner Music |
ところが、ツノケンバンドのよく制御され統率のとれたオーソドックスな演奏とそのサウンドは、予想に反して聴いていて非常に心地良かった。爽快でさえあった。ビバップが作った「自由な個人による自由な即興演奏」というモダン・ジャズのイメージはもはや大昔のもので(幻想か?)、ハードバップ(定型化)、フリー(解体)を経て、1970年代のマイルスの電化サウンド導入以降は、フュージョンも含めて、全体が組織的に統御された演奏とサウンドがジャズでも主流になった。もう突出した個人の創造性だけに頼る音楽ではなくなり、基本的にみんなで調和しながらアレンジされた演奏をするエンタメ音楽になった。これはつまり、ある意味でスウィング時代のジャズへの先祖返りと言えないこともない。1960年代の混沌とした政治状況とその反映でもある行先の見えないフリー・ジャズ時代の後、反動として1970年代にわかりやすいフュージョンが支持されたのも偶然ではなく、精神的バランスを取ろうとする人間心理が働いて、社会全体として、そうした安定した世界を音楽にも求めたということなのだろう。その後20世紀末からインターネット時代になって数十年経ち、今や世界中で溢れる洪水のような(しかも似たような)情報に誰もが振り回されるようになって、頭の中が日常的にどこか混沌とした状態になり、しかも将来が不安だらけということになると、時代の気分として、みんなそれを逃れて、分かりやすく、きちんと統制の取れた落ち着いた音楽を求めたくなるのではないかという気がする(これはジャズに限らない。分かりやすいメロディを持つ ”あいみょん” の音楽が支持されるのも同じ現象だ)。世代的にも、私には昔のビッグバンド・ジャズへのノスタルジーはまったくないので、おそらくツノケンバンドに対する自分でも予想外の反応と共感も、よく知っているメロディばかりという分かりやすさ、きちんと統率された組織が生む整然としたサウンドの美しさと安心感、各奏者の職人技のように磨き抜かれた破綻のないソロ演奏、聴いていて単純に楽しいと感じるスウィング感とサウンド……といったような要素が、複雑で分かりにくい現実から開放してくれる、一種のカタルシス効果を与えてくれたからではないかと思う(もちろん、こちらが年をとったせいもあるだろうが……)。いわば、ごちゃごちゃになったコンピュータのファイルを、リセットしてきれいに整理整頓し直したときのような爽快感が後に残って、この世界も悪くないなと思ったのだ。確かに、ジャズの原点とはこういうものだったのだなあ、と思わず再認識させられた気もした。
The Monk : Live at Bimhuis 狭間美帆 2018 Universal |
実を言えば、それまで秋吉敏子のバンド以外まともに聞いたことのなかったビッグバンドへの私の興味に火をつけたのは、2017年の「東京ジャズ」で聴いた、狭間美帆が指揮したデンマーク・ラジオ・ビッグバンド(DRBB)だった。リー・コニッツ目当てで出かけたものの、このビッグバンドと各ソロ奏者の共演が新鮮で、特にビッグバンドの多彩なリズムとサウンドが斬新で、今まで聴いてきたどんなジャズバンドにもない魅力と可能性を感じたのである。『セロニアス・モンク』翻訳作業を通じて聴いた、モンクがホール・オヴァートンと共作した、自作曲自演による2回のビッグバンド公演ライヴ録音の独創性と面白さをあらためて知ったことも、興味を持ったもう一つの要因だった。そのモンク作品を、2017年「東京ジャズ」の直後に、狭間美帆がオランダのメトロポール・オーケストラを指揮してライヴ録音したアルバムが『The Monk: Live at Bimhuis』(2018)である。これはもう、モンクの音楽を現代のジャズ・アレンジと大編成バンドで聞かせてくれるという、個人的に望んでいた最高の組み合わせであり、どの曲も大いに楽しんでいる。オヴァートンと同じように、クラシックの作曲科出身で、ジャズ畑奏者の出身でないところが狭間美帆の作る音楽のユニークさの主因なのだろう。今年10月には名門DRBB初の女性主席指揮者に正式就任するという話なので、今後彼女の発信する音楽も非常に楽しみである。伝統的で超オーソドックスな角田健一ビッグバンドも、狭間美帆の現代的アレンジによる斬新なジャズ・オーケストラも、今後ジャズを聴く楽しみの幅を大いに広げてくれそうだ。