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Complete London Collection (1971 Black Lion) 第28章 p627 |
「ジャイアンツ・オブ・ジャズ 」は、1971年にジョージ・ウィーンが第1回目を企画した日本やオーストラリア、ヨーロッパ各地を巡業するという興業ツアーである。ディジー・ガレスピー、アート・ブレイキー、ソニー・スティットらのビバップ/モダン・ジャズ時代の大物メンバーを集めたグループによるその公演に、既に体調が相当悪化していたモンクも参加した。3枚のCDから成る『Complete
London Collection』は、そのツアー終了後、ロンドンから帰国する直前の1971年11月15日に、Black Lionレーベルのアラン・ベイツの企画で、モンク、アート・ブレイキー(ds)、アル・マッキボン(b)というメンバーで録音されたソロとトリオによる全演奏記録である。モンクにとって最後のソロ、トリオ演奏による録音でもあり、またこのアルバムが文字通りモンク最後のスタジオ録音リーダー作となった。おそらく体調による技術的衰えはあっただろうが、その演奏からはモンクの持つ情感とイマジネーションはまったく失われていない。モンクのピアノの音をクリアに捉えた録音も良く(特にソロ)、このアルバムは晩年のモンクの素顔を描いた素晴らしい記録である(ただし現在は入手が難しそうなのが難点だが)。
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London Collection
Vol.1 - Solo |
これらの録音の一部は、1970年代に日本でも『Something
in Blue』、『The Man I Love』という2枚のLPでリリースされている。『London Collection』はその時の6時間に及ぶ録音から、LPには未収録だった他の音源(別テイクなど)も含めた全29の演奏を3枚のCDに収録したものだ。Vol.1はソロ演奏のみ10曲(自作曲5)、Vol.2はトリオによる8曲(全て自作曲)、Vol.3は別テイクを中心としたソロとトリオによる11曲で(<The Man I Love>を除き自作曲)、すべてモンクの愛奏曲と言っていいだろう。収録曲は以下の通り。
<Vol.1> Trinkle Tinkle (Take 3)/ Crepuscule With Nellie (Take 2)/ Darn That Dream/ Little Rootie Tootie/ Meet Me Tonight In Dreamland/ Nice Work If You Can Get It/ My Melancholy Baby/ Jackie-ing/ Loverman/ Blue Sphere
<Vol.2> Evidence (Take 2)/ Misterioso/ Crepuscule With Nellie (Take 4)/ I Mean You/ Criss Cross/ Ruby My Dear/ Nutty (Take 2)/ Hackensack (Take 2)
<Vol.3> Trinkle Tinkle (Take 2)/ The Man I Love/ Something In Blue/ Introspection (Take 1)/ Trinkle Tinkle (Take 1)/ Crepuscule With Nellie (Take 3)/ Nutty (Take 1)/ Introspection (Take 3)/ Hackensack (Take 1)/ Evidence (Take 1)/ Chordially
モンクのピアノ・トリオによる録音セッションは『The Unique Thelonious Monk』(1956) 以来15年ぶり、ブレイキーとのレコーディング共演も『Monk’s Music』(1957) 以来14年ぶりである。Vol.2のトリオ演奏で取り上げているのは、1947年に初演した<Misterioso>と<Ruby, My Dear>の2曲を除くと、これまでトリオでは演奏したことのない自作曲ばかりだ。モンクが怒ったと本書で書かれているように、この録音では曲のコード進行を忘れているアル・マッキボンのベースが難点だが、トリオ演奏の中では特に<Ruby, My Dear>が印象的だ。<Ruby,…>はコンボやソロでは演奏しているが、トリオでの演奏は1947年の初演以来なので、この録音は四半世紀ぶりということになる。モンクのここでの演奏は、1947年の自身の初録音よりも、むしろ1961年のバド・パウエル『A Portrait of Thelonious』におけるパウエルの演奏を思い起こさせる。早逝した愛弟子パウエルへのオマージュとして取り上げたものだったのだろうか。
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London Collection
Vol.2 - Trio |
この後1973年頃からモンクはほぼ隠遁生活に入ったために、「ジャイアンツ・オブ・ジャズ」公演とそのグループによるスタジオ録音以外にリーダー作の録音機会はなく、このアルバムがモンク最後のスタジオ録音となった。ネリー夫人、アフリカ/ガーナの友人ガイ・ウォーレン、批評家アラン・モーガン、ピアニストのブライアン・プリーストリーら親しい人たちだけに囲まれて、ロンドンのチャペル・スタジオで行なわれた録音の模様は本書に詳しい。ガレスピーの曲中心の巡業に長期間加わってきた当時のモンクは、おそらく肉体的にも精神的にも疲れ切っていただろうが、ここでようやく、久々に自分自身の作品と向き合うことができた。いくつかのスタンダード曲を除き、自身のこれまでの作品を1曲ずつじっと振り返るように弾いていて、度忘れもし、時折のミスタッチもあるが、これらの演奏から聞こえてくるのは、この時のモンクの心象風景を映し出しているかのように、それまでのモンクには余り聞けなかった透明感のある、どこかひんやりとした肌合いの音楽である。
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London Collection
Vol.3 -Solo/Trio |
数多いモンクのアルバムの中でも、70年代に買った上記2枚のLPにはなぜか特別に心惹かれるものがあって、時々取り出しては聴きたくなる不思議な引力があった。特にソロ・アルバム『Thelonious Himself』(1956)と同じく、自らと対話するように音を一つ一つ選びながら深く沈潜してゆく気配が濃厚なソロ演奏は、聴き手の心に深く沁み入るものがある。これらのソロ演奏は、いくつかのその後のコンサート・ライヴを除けばモンク最後のソロだが、晩年のモンクのソロは本当に素晴らしい。おそらく初めてではないかと思われるVol.1の<Jackie-ing>のソロは、最初どの曲か気づかないほどで、まるで現代音楽のように聞こえる。慈しむかのように弾く、スタンダードの愛奏曲<Darn That Dream>も美しい。そしてVol.3の最後に加えられた <コーディアリー Chordially>
と名付けられた即興のソロ演奏は、モンクが本番前のウォーミング・アップとして、一人でスタジオのピアノの調子を探っている様子を約9分間にわたって録音したもので、LPには収録されていなかった。ゆったりとコードを押さえながら、パラパラとアルペジオと短いメロディで次のコードへ即興でつないでゆくだけの曲とも呼べないものなのに、あたかも時が止まったかのようなその透徹した響きの美しさは感動的だ。そしてモンクの頭の中で鳴り響いている音を、聴き手として初めて共有できたような不思議な喜びを覚える。それは「Golden Circle」における、晩年のバド・パウエルの尋常ならざる超スローテンポの <I Remember Clifford> を聴いた時と同じ不思議な感動で、ジャンルも技術も何もかも全てを超越した、純粋に音楽の美しさだけが心に残るような演奏である。まさしくセロニアス・モンク最後のソロにふさわしい。