4月の松山英樹選手のマスターズ制覇は、世界で勝てない、選手のマナーが悪いなど、鳴かず飛ばずだった男子ゴルフ界に活を入れ、日本中のゴルフファンに感動と勇気を与えた快挙だった。何よりも7年前から米国に腰を据えて戦ってきた結果であること、さらにゴルフ界における一大目標達成の具体的イメージを、後に続く若い日本人選手に印象づけたことに大きな意味がある(ただし優勝スピーチは、短くてもいいから英語でやってもらいたかった)。昔と違って、今はどんなジャンルのプロスポーツでも、日本国内だけでなく、世界の舞台で勝利するヒーローやヒロインが当たり前に望まれている時代だ。サッカー、野球、テニス、水泳……どのジャンルでもそれは同じで、彼らのようなスターの登場なくして、ビジネスも含めてジャンルとして盛り上がるのは不可能だと言っても過言ではない。一方、その偉業を2年前にあっさりと達成し、近年韓国勢に席巻されていた日本の女子ゴルフ界に活況をもたらし、忘れていたゴルフの面白さを久々に思い出させてくれた渋野日向子選手は、昨年に続き今年も苦しいスタートを切っているようだ。
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2020全米女子OP の渋野日向子 写真:AP |
2019年の全英に続くメジャータイトルこそ惜しくも逃したが、渋野選手は昨年末のメジャー大会、全米女子オープンゴルフで4位という立派な成績で2020年をフィニッシュし、やはりただものではないことを証明した。世界への挑戦を念頭に置いた一昨年オフのパワー志向の改善計画が裏目に出て、年初から不調で国内、英国、米国と予選落ちや、パッとしない成績が続いていた。しかし徐々に改善して、昨年最後の大舞台では初日から前年の全英を思い起こさせるような、見違えるように切れのあるパワフルなスイングとショットで2日目にはトップに立ち、完全に復調したかのように見えた。しかし決勝ラウンドに入った3日目からは、全体にプレーが重くなり、好調だったパットにも影響が出始めた。一日順延の影響がどれだけあったのかは不明だが、最終日は寒さと風の中、残念ながら16番Hで実質的に優勝はギブアップした。4日間もの間、一打ごとに緊張して、たった一人で勝負を続けるプロゴルフは、精神的にも肉体的にも本当にタフなスポーツであることもあらためて実感した。しかしマスターズの松山選手と同じく、気の滅入るコロナ禍が続く中、格の違うメジャー大会で首位争いを演じ、毎夜、朝まで見入ってしまったほど楽しい時間を過ごさせてくれた渋野選手には本当に感謝している。
そのシブコを応援する人間が多い一方で、昨年の全米女子OP前は不調が続いた彼女に対するネット上の非難じみたコメント、あるいは一部メディアの執拗に彼女をディスるタイトルと空疎な記事をずいぶんと目にした。渋野という名前さえ載せれば何でもいいという、クリック目的の炎上商法としか思えないようなひどい記事もたくさんあった。年初から、前年オフの身体やスイング改造策の失敗だとか、実績のないコーチなど代えろとか、まるで小姑のように言いたい放題の、足を引っ張る匿名ド素人コメントもネット上に飛び交い、彼女も悩んでいたようだが、年末の上記全米OPで、彼女は見事にそれら的外れな素人衆を黙らせた。
そのシブコが今年もまた不調のままシーズンをスタートし、今月のシンガポール、タイともに不振で、トレードマークだったあの笑顔も最近はだいぶ減ったようだ。ヤフコメなどを見ると、待ってましたとばかりに、青木コーチと別れたせいだとか、彼氏ができたせいだとか、石川遼のアドバイスだというスイング改造が裏目に出たとか、オリンピックは無理だとか、帰って国内で鍛え直せとか、ニヤニヤ笑うなとか、もう終わったとか…相変わらず外野席のド素人が勝手なことを言っている。去年の不調は青木のせいだと言っていたのに、もう一度青木に頼めとか、男と別れろとか……「大きなお世話だ。うっせぇわ!」と、私がシブコなら思わず言い返しそうな誹謗中傷コメントが連日のように書かれている。
タレントみたいにテレビのバラエティに出るなとか言っている連中もいるが、それこそ大きなお世話である。私も一部のテレビ局による女子ゴルフのエンタメ化は好きではないが、プロゴルファーである彼女たちは、いわば個人事業主であり、自分の人生を自分の腕一本で生きているのである。昔とは時代が違うし、人気商売でもあるわけで、本人がその方がいいと思ってやっていることなら、外野がとやかく口を出すことではないだろう。プロは結果がすべてで、しかも何もかも本人の責任だからだ。それと日本人は「コーチ」というと、すぐに昔ながらのスポ根体育会系にありがちな「師弟関係」をイメージするようだが、そういう要素があることは否定しないが(日本のゴルフの場合、尾崎軍団や、より濃密な「親子」というケースも多いので)、どの分野であれ、欧米流の「コーチング」はそういう精神的な一体感を強調する手法とはまったく違う。あくまで目的、ゴールを共有した上で、同じレベルに立って、選手に対する技術面、精神面のサポートとアドバイスを専門的・客観的視点から行なうという「仕事」であり、日本人がイメージする上下関係を前提にした「指導」とは異なる。だから十代の若い選手は別として、主体はあくまで選手側にあり、コーチを依頼すべきかどうか、誰を選ぶか、何をアドバイスしてもらうのか、それらは選手側の選択だ。背景を詳しくは知らないが、女子テニスの大坂選手のコーチ解任の例なども、こうした見方から解釈すべきことだろう。
私は2019年の全英女子OPで渋野が見せた、女子らしからぬ胸のすくような豪快なスイングを見て、プロゴルフの楽しさを思い出し、すっかりシブコファンになった。一般的に韓国人選手も、日本の強い女子選手もそうだと思うが、基本的に女子ゴルファーのスイングに共通するのは、練習を重ねて型にはめたような、破綻はなく正確できれいだが、ダイナミックさに欠ける印象があるところだ。ところが全英時の渋野選手のスイングは、しなやかでいながら非常にダイナミックだった。岡本綾子さんと同じく、これは彼女のソフトボール経験のおかげだろうと思う。ゴルフは止まった球を打つわけだが、野球やソフトボールは自分に向かってくる球、動いている球を「打ち返す」という反射的な体の動きが基本で、スイングのリズムとタイミングが非常に重要だ。全盛期の岡本さんや全英時のシブコのスイングは、止まったボールを打ちながらも、そうした内部の動的リズムを強く感じさせる。それによってクラブヘッドにウェイトが乗り、ヘッドスピードも上がるので、腕力だけで力まかせに飛ばすより飛距離も安定して出るだろう(と、素人ながら思う)。
2020年の不調は、国内から海外挑戦への方針転換に基づくオフの体幹強化によって筋肉がつき、体が大きくなって、本来の美点だったしなやかな身体の回転と体重移動に影響が出て、結果としてヘッドスピードが落ちたり、インパクトが不安定になったからだろうと推測する。ところが年末の全米女子OPでは体もスリムになって、そこが改善され、初日、2日目などは完全に全英時の素晴らしいスイングに戻っていた。だから初日を見ただけで、今回は優勝するかもしれないと思ったほどだ。その作年末のメジャーで、優勝こそ逃したが4位と言う結果を残したのに、なぜ今年になってあのフラットなスイングに変えたのかは確かに謎だが、おそらく彼女なりに今後の世界挑戦を見据えた戦略を描き、あれこれ試行錯誤することを前提にして、「今年の課題」として取り組んでいることなのだろうと思う。だから照準はあくまでメジャーにあり、たぶんオリンピックも国内試合も、ノーマルLPGAも今の彼女の眼中にはなく、今年の「メジャー大会」のどれかで優勝することを第一目標に置いているのではないかと推測する。彼女は頑固そうだが、逆に言えば信念の強い人とも言える。だから、いずれシブコはかならず復活すると私は信じている(実際、先週末の米国内戦ではその兆しが出て来た)。
しかし渋野日向子の秀でたところは、ゴルフの技術だけではなく、明るく、聡明で、周囲に気配りもできるすぐれた人格も同時にそなえているところだ。世界の超一流のスポーツ選手はどの分野でもみなそうだと思うが、単に技術が上手いだけでは本物の一流にはなれない。常に自分のプレーを冷静に分析し、改善し、進化させるという内部モーメントを意識して持ち続け、しかもそれを実行しなければならないし、特に現代のプロ選手は、メディアやファンなど周囲に対してきちんとそれを表現できる言語能力、コミュニケーション能力も重要だ。シブコには何よりそうした姿勢と能力があり、そこが彼女の素晴らしいところで、だから見る人間を引き付けるのだと思う。全米女子OP最終日の17番Hでパットをはずし、しばらくの間、帽子を深くかぶってうつむいていたとき、最終18番Hで、「来年も頑張れ」という神様のご褒美のような長いバーディパットを沈めたときは、こちらまでもらい泣きしそうになった。涙をこらえながら、誠実に応答する試合後のインタビューもそうだ。観戦する側が思わず感情移入してしまうような何かが彼女にはあるのだ。
チマチマして、狭く、小うるさい雑音の多い日本ではなく、開放的でスケールの大きな舞台こそ彼女には似合っている。スポーツに限らないが、日本人として海外で戦うということは、異文化の下での厳しい個人勝負の場には違いないが、そこで「ものをいう」のは、知識や技術ばかりではなくマナーを含めた人間性である。ゴルフの性格上、まず孤独に強いということが他のスポーツ以上に要求されるだろうが、一方でスタッフやキャディ、他の選手とのコミュニケーションを積極的に行なって、内に閉じこもらないことが大事で、それが結果として世界で戦えるメンタルの強さと安定性を生むことにつながる。ゴルフに限らず、才能ある日本人スポーツ選手がなかなか海外で成功しない理由の一つは、そこにあり、その解決には英語が必須なのだ。難しい話ができるほどの英語力は必要ないし、簡単な対人コミュニケーションに必要な程度の英語など、まだ若く優れた言語能力を持つ渋野選手がその気になれば、あっという間に身に付くスキルだろう。
それにしても、ネット上の一部メディアや匿名投稿による悪意のある批判的記事が、シブコを筆頭に女子ゴルフ選手たちに向けられることが多いようだ(昔からそういうものなのか、よく知らないが)。必要以上にシブコばかり追い回すメディアへの反感や、商業上のクリック数稼ぎが背景にあるのだろうし、有名税だと言えばそうなのだろうが、海外への挑戦意欲を持ち、まだ若く(みんな20歳そこそこだ)未来のあるスポーツ選手を貶めるようなことを、なぜ大の大人がするのだろうか。世界レベルで戦っている現役プロ選手に対して、何者でもない素人や半素人が、スイングがどうのこうのと、技術に関して上から目線で語るようなスポーツがゴルフ以外にあるだろうか。テニスの大坂選手や、サッカーの沢穂希選手に向かって、あれこれプレー内容や技術の欠点を上から目線で「公の場で」批判する素人がいるだろうか。他の女子スポーツでは、若い選手に対して、こうした非礼な、あるいは陰湿なゴシップ的ジャーナリズムとか批判はあまり見られないように思う。これはシブコの特別な人気が理由でもあるのだろうが、「昔からゴルフやってます」的な特権意識を持って若者や女性を見下す、オヤジ中心の古臭い日本のゴルフの世界特有の空気が生む行為としか思えない。
渋野日向子はまぎれもなく、世界に開かれた日本女子ゴルフ界の未来を担う、岡本綾子以来の逸材であり、コロナに苦しみ、夢のない今の日本に輝く数少ない希望の星だ。だから、その星の足を引っ張って地上に引きずり降ろすような愚行を、大の大人がすべきではないと思う。私はド素人なので、批判などせずに前途ある彼女たちを応援したい。個人的には、それぞれ個性は違うが笹生優花と原英莉花の二人は、畑岡や渋野と並んで世界で十分通用するポテンシャルを持つ選手だと思う。少なくともシブコや彼女たちは、一部の偏った批判など気にせず、今年もまた世界に向かって挑戦し、明るく伸び伸びとしたプレーで我々を楽しませて欲しい。
(*6/9 追記 …と、書いていたら、その笹生優花が6/6の全米女子OPで本当に優勝した。びっくりした。彼女も強いだけでなく、人格が素晴らしい選手だ。これで、渋野選手も多少肩の荷が下りて、期待と裏腹の無言の圧力から解放されるだろう。)
ところで「マリオオープンゴルフ」だが……Hawaiiコースの15番までは何とか進んだものの、そこで止まったままなかなか前に進めないので、しばらく遠ざかっている。しかし、このHawaiiとUKコースは(年寄りには)難しすぎる。パットがスコアメークのキーになるところも本物のゴルフと同じで、その意味でも本当によくできた名作ゲームだとは言える。そのうち、またやる気が出てきたら改めて挑戦したい(死ぬまでに冥途のみやげに何とかクリアできればいいと思っている)。