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2026/02/28

ジャズ・バラードの森(8)Ruby, My Dear

2月17日はセロニアス・モンクThelonious Monkの命日だ(1982年没64歳)。モンクは亡くなるまでの最後の10年近く、ハドソン河をはさんだマンハッタン対岸ウィーホーケンの崖上に建つニカ夫人邸で暮らしていた。演奏活動は1976年を最後に終えている。モンクは生涯に70曲以上作曲している屈指のジャズ作曲家だが、モンクらしい難解で個性的な曲だけでなく、ジャズ・スタンダードになった美しいバラードも何曲か作っている。

いちばん有名なのは、もちろん "Round Midnight"だが、"Reflections", "Ask Me Now"などの優しくきれいな曲もあり、さらにこの "ルビー・マイ・ディア "も、モンクを代表する傑作バラードだ。私の訳書『セロニアス・モンク/独創のジャズ物語』(Robin Kelley著)では、タイトルの「ルビー」とは、モンクの姉の友人で、初恋の相手だった「ルビー・リチャードソン」のことだと言われているが(ルビー本人の写真も収載、長身の美人だ)、同時に、モンクが実際にそのルビーのことを想って書いたかどうかは分からない、とも書かれている。最初は"Manhattan Mood"という曲名だったが、後になってタイトルを変えたという話もある。まあ、モンクのことなので、みんな「謎」のままの方が楽しい。

モンクはこの曲を1945年頃に作曲し、自身の初録音は1947年(30歳)のBlue Note『Genius of Modern Music Vol. 1』で(Gene Ramey -b,  Art Blakey-dsとのトリオ)、その10年後1957年にRiversideの『Monk's Music』で、コールマン・ホーキンズ(ts)他との共演、さらに同年Jazzland盤の『wth John Coltrane』でコルトレーンと共演している(リリースは1961年)。さらに『Alone in San Francisco』(1959 Riverside)、『Solo Monk』(1965 Colombia)でソロ録音している。その後1967年の『パロ・アルト』ライヴ、1969年のパリでのカルテットのライヴ録音、そして1971年のロンドン(Black Lion)でのソロ録音が最後だ。好みだが、この中でこの曲の代表作を選ぶなら、やはり1957年録音のコルトレーンとの共演盤だろうか。ドラッグが理由で、マイルスバンドをクビになったコルトレーンをモンクが雇い、「ファイブスポット」出演による特訓中に録音された演奏で、コルトレーンにPrestigeとの契約があったためRiversideから出せずに、サブ・レーベルだったJazzlandから4年後にリリースされたもの。コルトレーンはその期間に、モンクからバラード演奏の何たるかも学んだといい、覚醒しつつあった飛躍前のコルトレーンとモンクの貴重な共演だ。ベースはWilbur Ware、ドラムスはShadow Wilson。

モンク以外のピアノだと、まずはバド・パウエルのヨーロッパ録音『Portrait of Thelonious』(録音1961/リリース1965)だろう。私がこの曲を知ったのも、実はこのアルバムを聴いてからだ。疑似ライヴ録音だが、音質も良く、当時としてはパウエルの調子も悪くないので、昔からの愛聴盤だ。モンクとパウエルは兄弟のような付き合いをしていて、パウエルはモンクから多くを学んでいたが、師匠の曲を弾かせたらモンク以上だったと言われている。ただし、パウエルのモンク作品録音記録はほとんどない。このアルバムは、パウエルがそのモンク作品だけを演奏した貴重な記録なのだ。メンバーはPierre Michelot (b)、Kenny Clarke (ds)というパリ在住のミュージシャンによるトリオ、モダンなアルバムジャケットは、二人を支えていたあのニカ夫人が描いた抽象画である。

パウエル以外の私有のアノ・トリオでは、ケニー・ドリュー、ランディ・ウェストン、ジョン・ヒックス、マッコイ・タイナーの各バージョンがあって、それぞれ個性的で楽しめるが、60年代にヨーロッパに移住する前、ニューヨーク時代のドリューが残したクラシックなピアノ・トリオの秀作『Kenny Drew Trio』(1956 Riverside)が、アルバム全体の出来も含めて個人的にはいちばん好みだ(Paul Chambers-b, Philie Joe Jones-ds)。ロリンズ伝記『Saxophone Colossus』には、若きロリンズとパウエルの他、ハーレム時代のケニー・ドリューたちとのワイルドなエピソードが出て来て興味深い。ドリューはパウエルと同じくクラシック・ピアノの素養があり、NYCの音楽芸術高校を卒業した神童だった。

ポール・モチアンPaul Motian (ds)が、ジョー・ロヴァーノ Joe Lovano (ts)、ビル・フリゼール Bill Friesell (g)とベースレス・トリオで全10曲モンク作品だけに挑戦した『Monk in Motian』(1988)が好きだ。モンク本人が聴いたら一番喜びそうなモンク・トリビュート・アルバムのような気がする。モチアンの叩くドラムス上に漂うような、浮遊感のあるロヴァーノ、フリゼールのプレイが新鮮で、特にフリゼールのアブストラクトなプレイが素晴らしい。そこにジェリ・アレンGeri Allen(p)とデューイ・レッドマンDewy Redman(ts)が各2曲ずつ客演し、"Ruby, My Dear" にはジェリ・アレンが参加してカルテットとなり、モンキッシュなピアノでモンク・ワールドをさらに陰翳濃く表現している。このアルバムは、他のモンク曲も(モンク好きなら)すべて楽しめる。

モンク自身、ビッグ・バンドで自作曲に3度挑戦しているが、モンクの曲は大編成バンドでやると非常に魅力的な音楽になる「可能性」があるのだ。ただし当然だが複雑で難しすぎるので、挑戦するミュージシャンが少ないのが残念だ。スタン・ケントン楽団にいた西海岸の作編曲家ビル・ホルマンBill Holmanの『Brilliant Corners: The Music Of Thelonious Monk』(1997)は、20世紀で唯一ビッグバンドでその世界に挑戦したアルバムで、演奏も非常にクオリティが高く、ゴージャスで楽しめる。2010年代には、ジョン・ビーズリーJohn Beasleyがビッグバンド『Monk'estra』を結成して何枚か同名アルバムをリリースしている。もう1枚は、気鋭の狭間美帆が率いるオランダのメトロポール・オーケストラ・ビッグバンドのライヴ盤『The Monk: Live at Bimhouse』だ。こちらはモンク生誕100年という2017年に録音されたトリビュート・アルバム。"Ruby, My Dear" はビル・ホルマンと狭間の両アルバムで取り上げられている。曲自体はモンクにしては素直で美しいメロディを持つ曲なので、アレンジも演奏難度も、そう高くないかもしれないが、さすがに狭間のオーケストラ・アレンジとサウンドは全体にモダンで聴きやすい。

この曲はもちろん、モンクがインストルメンタルとして作曲したものだが、後年Sally Swisherが歌詞をつけたヴォーカル・ヴァージョンも録音され、"Dear Ruby" というタイトルで何枚かリリースされている。私が持っているのは、『 Carmen Sings Monk』 (1990)のカーメン・マクレーCarmen McRae、T.S.Monkの『 Monk on Monk』 (1997) でのケヴィン・マホガニーKevin Mahogany、さらにJohn Beasleyの『Monk'estra Vol.2』(2017) でのダイアン・リーヴスDianne Reevesの3つのヴァージョンだ。唄うのは結構難しい曲だと思うし、どれがいいかは好みによるだろうが、やはりこの3枚でいちばんジャズ&モンクを感じるのは、大御所カーメン・マクレーのヴァージョンだろう。このレコードは全部がモンクの作曲した作品であり、クリフォード・ジョーダン(ts)、ジョージ・ムラーツ(b)、アル・フォスター(ds)他の参加で、全曲でカーメンの円熟の歌唱も楽しめる。またこのCDは録音も非常に良いので気持ちがいい。カーメンはこのアルバムで1990年グラミー賞「Best Jazz Vocal Performance - Female」にノミネートされている。

2026/01/28

ジャズ・バラードの森(7)ソニー・ロリンズ  

現在95歳のソニー・ロリンズ Sonny Rollins の伝記『Saxophone Colossus』(Aidan Levy著)の邦訳版が今春、亜紀書房からようやく出版される見通しとなった。原書は800ページ近い大作なので、訳書も900ページ近い大著になり、翻訳開始から出版まで、やはり3年かかってしまった。それまでロリンズのレコードをそれほど集中して聴いた記憶はないが、コニッツやモンク、レイシーの時と同じように、翻訳中はロリンズの録音をずっと聞きまくっていた。バラードに関しては、コルトレーンにはそのものズバリの『Ballads』(1963 Impulse!) というアルバムがあるし、マイルス、コルトレーン、デクスター・ゴードンなどには、バラード演奏だけを集めたコンピレーションCDが以前からあるが、ロリンズ版は見たことがなかった。念のために調べたら、2002年に『Ballads』というUK盤が出ているが、それはデクスターと同じくBlue Note の録音だけを集めたものだ。『Saxophone Colossus』(1956 Prestige) の "You Don't Know What Love Is" のように超有名なバラード演奏はあるが、他のロリンズのバラードは、ロリンズのファンを除けば、これまで意外と聞かれて(知られて)いなかったような気がする。というわけで、この数年集中して聴いてきて、私が改めて気に入ったロリンズのバラード演奏を以下に紹介したい。

ロリンズと言えば、豪快で男性的なサウンドのテナーサックスで有名だ。スタン・ゲッツのソフトで流麗なサウンドや、コルトレーンの端正で透き通ったテナー・サウンドに比べると、バラード・プレイでもロリンズのサウンドは分厚く、個性的タンギング奏法ゆえに、引っかかりが多いゴツゴツした感触のプレイが多い印象がある。だが一方で、そのサウンドからは他の奏者にはない、深いエモーションと、「物語性」を強く感じさせる濃厚な人間的味わい、歌心がある。そしてポピュラーソングの知識が半端ないので、選曲がユニークで、誰でも知っているような単なるスタンダード曲ではなく、「アメリカン・ソングブック」の隅から引っ張り出してきたような珍しい曲を演奏することが多いのも特長だ。

ロリンズの初リーダー作が、26歳のときの『Sonny Rollins with The Modern Jazz Quartet』(1956 Prestige)で、MJQとの共演4曲(録音1953年)と 、ケニー・ドリュー(p)、パーシー・ヒース(b)、アート・ブレイキー(ds)というトリオ他(1曲マイルスがピアノを弾くという珍品も入っている)との9曲(録音1951年)のセッションを1枚にまとめたコンピアルバムだ。とても20代前半とは思えない、ロリンズの滑らかかつ骨太のワンホーン・テナーが、ミディアム・テンポとスロー・バラードの全編にわたって心地よく響く名盤である。LPが主流になる以前で、全曲3分前後という短さも気持ちよく聞ける理由の一つだ。バラードではMJQとの "In a  Sentimental Mood" が実に良い味を出しているが、ケニー・ドリュー・トリオをバックにした"Time on My Hands", "This Love of Mine"という2曲もリラックスして余裕綽々の若きロリンズの歌声が聞こえてくる。「"モダン・ジャズ"というものを聞いてみたい」という人には、真っ先にこのアルバムを勧める。

Prestige2枚目となるリーダー作が『Moving Out』(1956 )。これも1954年の2回のセッションのコンピで、"More Than You Know" 1曲だけセロニアス・モンクがピアノで参加している。他の4曲は、ケニー・ドーハム(tp)、エルモ・ホープ(p)、パーシー・ヒース(b)、アート・ブレイキー(ds)による2管クインテット。モンクの入った"More Than You Know" は、いかにもモンク的なバラード演奏で味わいがあるが、このアルバムで最も印象に残るバラード曲はやはり"Silk 'N' Satin"だ。メランコリックな曲調のこの曲はロリンズ作とされているが、何かインスパイアされた原曲があるのだろう(フランスのHenri Herpin作 "(All of a Sudden)My Heart Sings" を改作したと言われている)。ホレス・シルヴァーかと思ったら、エルモ・ホープだったラテン風味の哀感のあるピアノ、ロリンズのテナーとも素晴らしい。ハードボイルドな印象があるロリンズだが、実はメランコリックな曲が好きなんだと自分でも言っている。

『Tenor Madness』(1956 Prestige) は『Saxophone Colossus』(1956年6月録音/57年リリース)の1ヶ月前(同年5月)に同じヴァン・ゲルダー・スタジオで録音されているが、メンバーが異なり、レッド・ガーランド(p)、ポール・チェンバース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)という当時のマイルス・クインテットのリズム・セクションとの4曲に、12分に及ぶタイトル曲のみコルトレーンがゲスト参加した2管クインテットというアルバムだ。ケンタッキーの麻薬農場での4ヶ月強の治療を経て、ヘロインを克服して1955年に復帰したロリンズは、精神・体力ともに当時はまさに絶好調で、まずはクリフォード・ブラウンとマックス・ローチの双頭バンドに参加する。4歳年長のコルトレーンの遥か前を文字通り突っ走っていた時期であり、ライヴァルだったロリンズvsトレーンが唯一競演した曲 "Tenor Madness" を収録したアルバムである。バラード "My Reverie" はドビュッシーのピアノ曲『夢想』(1890) のメロディを基にして、1938年にラリー・クリントンが作詞して米国でヒットしたジャズ&ポピュラー曲だ。ドビュッシーのメロディ、和声はジャズに通じるところが多く、多くのミュージシャンをインスパイアしてきた。これはそのロリンズ流解釈。

『Sonny Rollins Vol.1』(1957 Blue Note)は、ロリンズのブルーノート第1作で、リリースは1957年だが、録音は1956年12月16日である。ということは、同年6月26日のクリフォード・ブラウンの自動車事故死の約半年後になる。5,6月の上記Prestigeの2作録音の直後、ブラウンとリッチー・パウエル(p)を同時に失って呆然自失状態だったブラウン・ローチ・クインテットにまだ在籍中の録音である。ブラウンに代わったドナルド・バード(tp)、パウエルに代わりウィントン・ケリー(p)、ベースにはジーン・ラメイをロリンズは雇った。ロリンズはその後徐々に、ピアニストとドラマーの選択に厳しくなってゆくが、カリブ出身のウィントン・ケリーとは、モンクと同じくリズム面での相性が良く、気分よく吹いているのが分かる。このアルバムは5曲のうち4曲がオリジナルで、唯一のスタンダードがバラード "How Are Things in Glocca Morra" 。ブロードウェイ・ミュージカル『フィニアンの虹』(1947) の主題歌で、ロリンズ好みのゆったりとした美しいメロディを持つ曲だ。

ある意味寄せ集めのブローイング・セッションだが、集まったのがスーパースターたちなので、文句なくモダン・ジャズの超名盤になったのが『Sonny Rollins Vol.2』(1957 Blue Note)。J.J.ジョンソン(tb)、セロニアス・モンク/ホレス・シルヴァー(p)、ポール・チェンバース(b)、アート・ブレイキー(ds)という超豪華布陣で、時代がハードバップ全盛期となると悪かろうはずがない。"Misterioso", "Reflections"という、モンクのブルースとバラードの名曲が入り、しかもモンクは若きロリンズ(高校時代)の師匠だったわけで、この二人の息の合い方、間(ま)の取り方は絶妙だ。マイルスの『Kind of Blue』(1959)がモードというコンセプチュャル・ジャズ・アルバムの最高峰なら、この『Rollins Vol.2』は、ジャケット写真のカッコよさと共に、フリー・ブローイング・ハードバップ・アルバムの最高峰だろう。バラード "Poor Butterfly" はプッチーニのオペラ『蝶々夫人』に触発されて、Raymond Hubbellが1916年に作曲し、ブロードウェイのショーで唄われた。タイトル通り、哀切さを感じさせる1曲だ。この曲ではシルヴァーがピアノを弾いているが、ロリンズ以前だと、アート・テイタム(1945)、エロル・ガーナー(1951)というピアニストが録音している。サックス奏者ではキャノンボール・アダレイ(1959)、ポール・デスモンド(1963)が取り上げているが、いずれもこのロリンズ版の後だ。この曲を選んだのがロリンズ本人なのかどうかは不明(おそらくそうだろうと思う)。

50年代からのもう1枚は、ピアニスト、ソニー・クラーク Sonny Clarkと共演した『The Sound of Sonny』(1957 Riverside)だ。パーシー・ヒースとポール・チェンバース がベース、ロイ・ヘインズがドラムスというと、わくわくするようなアルバムを期待するが、全体に軽快な演奏が多い普通のハードバップ・アルバムだ。クラークは名盤『Cool Struttin'』(1958 Blue Note) 参加の前年であり、ロリンズもクラークも調子が良い時期で、気負うことなくリラックスした演奏に終始している。唯一のバラードが "What Is There to Say?" (by Vernon Duke, E.Y. "Yip" Harburg)で、中盤でコロコロとしたクラークの気持ちの良いピアノソロも聴けるが、気のせいか、何となく全体にロリンズのプレイと溶け合っていないような感じがする。ロリンズは1957年6月のこのアルバムの直前3月に、西海岸でピアノレスの『Way Out West』、直後の11月に同じくピアノレスのライヴ盤『Village Vangurd』を録音している。このアルバムでも2曲はピアノレスだ。したがって本アルバムあたりを境にして、ピアノレスの演奏とアルバムが増えてくる。演奏中に、自分の頭の中で鳴っている和声(コード)と、ピアニストの弾くコードが衝突することに段々我慢できなくなっていったようだ。

ここに挙げた7枚のレコードはいずれも1950年代、すなわちロリンズが20歳代の録音の一部であり、しかもこれらのバラード曲に限らず、数多くの圧倒的名演があることを考えると、あらためてジャズ史におけるソニー・ロリンズの偉大さが見えてくる。しかし「橋」への隠遁以降、1960年代になるとモードやフリーへとジャズ自体も多様化し、ロリンズの演奏スタイルも変化してゆく。その時代以降のバラード演奏については、別途まとめて紹介したい。