ビリー・ホリデイやニーナ・シモンのような天才歌手以外にも、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレーといった有名な黒人女性歌手がいて、名盤も数多く、昔はジャズ・ヴォーカルと言えばまずは彼女たちのレコードを聴いたものだ。ただこういう歌手は、日本人的には濃い、重い、と感じる人も多く、代わってもっと軽くて聴きやすい白人女性歌手も非常に好まれた。アニタ・オデイ、クリス・コナー、ヘレン・メリル、ペギー・リーといった人たちが代表的で、やはり本格的なジャズ・ヴォーカルが楽しめたが、それ以外にも、もっと軽くて、アクの弱い、しかしジャジーな味わいのある白人女性歌手も昔はたくさんいて、そういう歌手の世界もなかなか捨てがたいものだ(その分野のマニアも昔からいる)。私的には、日本の年末はやはり昔の演歌が似合うように思うが、正月に女性ジャズ・ヴォーカルを聴いて1年をスタートするのも悪くない。ただし時節柄、胃にもたれそうな重い歌より、やはり軽く爽やかな、古き良き時代の白人女性歌手の歌でものんびり聴いて過ごす方がいい。ジャズ臭は薄く、中にはポピュラー音楽に近いものもあるが、その代わり現代の歌からは絶対に聞こえてこない、何とも言えない味やノスタルジーが感じられ、たまに聴くと非常に癒されるのである。
Night in Manhattan Lee Wiley (1951 Columbia) |
黒人以外の女性ジャズ・ヴォーカルとしてはミルドレッド・ベイリー
Mildred Bailey (1907-51) がまず挙げられるが、やはり同じスウィング時代に登場した歌手としてはリー・ワイリー
Lee Wiley (1908-75) がいちばん有名で、同じような生年だがベイリーより長生きしたこともあって、彼女はモダン・ジャズ時代になってから数多くのレコードを残している。したがって伴奏陣の演奏も古色蒼然としたものではなく、また容姿の印象もあって、ワイリーの歌唱はよりモダンで、あでやかで、かつエレガントだ。代表的なアルバムは、何をさておいても『Night in Manhattan』(1951 Columbia)だろう。素晴らしいジャケット・デザインと、1曲目<Manhattan>のワイリーのハスキーで、しっとりした歌声を聴いただけで、1950年前後のニューヨークにタイムスリップできる。ビバップ以降の、過激で高速のモダン・ジャズが全盛だった時代に、ニューヨークではこうしたゆったりしたヴォーカル・アルバムも作られ、楽しまれていたのである(まあ白人だけだろうが)。ワイリーのアルバムをもう1枚挙げるなら、『West of the Moon』(1956 RCA)だろう。こちらはストリングスをバックに、ワイリーもさらに脂が乗って素晴らしい歌唱を繰り広げており、ややこしい政治問題も顕在化していなかった、シンプルで、明るく、ゴージャスなハリウッド的アメリカ全盛期の空気がそのまま伝わって来る傑作アルバムだ。ノスタルジーあふれるアルバム・タイトル曲がことさら素晴らしい。
Sings Ballads Rosemarry Cloony (1985 Concord) |
ローズマリー・クルーニー
Rosemarry Cloony (1928-2002) は、歌手以外にも女優、タレントとしても活躍した人で、ジャズ、ポピュラー音楽の分野で数多くレコーディングしている。クルーニーの歌唱はとにかく何を歌っても「屈託がない」。声も発音も発声も情感も、くぐもることなく、妙な癖もひねりもなく、きれいに軽やかに出て来るので、こちらも何も考えずに聴け、素直に耳に届くが、やはりそこにはジャジーな味わいもある。これは歌手としての彼女の個性であり、それはそれですごいことだと思う。声質も歌唱もリー・ワイリーの延長線上にあるように感じるが、ワイリーよりは男性的かつクールで、アメリカ白人女性のジャズ・ヴォーカルを代表する人だと思う。西海岸のジャズ・ミュージシャンたち(Scott Hamilton-ts, Warren Vache-cor, Ed Bickert-g 他)によるセクステットが伴奏し、既にベテランになっていたクルーニーが有名バラードのみをゆったりと歌った『Sings Ballads』(1985 Concord)は、数多い彼女のアルバム中でも、そうした個性がいちばん良く出ているレコードだ。録音も非常にクリアで、ストレスがないので、ヴォーカル、ホーンの音色、ギターの響きを含めて、うるさいこと、細かいことを言わずに、ひたすらリラックスして楽しめる最良の女性ジャズ・ヴォーカル・アルバムの1枚である。
Where is Love? Irene Kral (1976 Choice) |
もう一人素晴らしいと思う歌手はアイリーン・クラール
Irene Kral (1932-78) だ。乳がんで亡くなる少し前、1974年に録音された『Where is Love?』 (Choice) は、彼女が残した最高傑作である。男性的で屈託のないローズマリー・クルーニーとは対照的で、アメリカ人女性とは思えないような屈託のある(?)実にきめ細かな情感を、歌詞一つ一つの言葉に乗せて歌う人だ。こういう白人女性歌手もいるのだ、と初めて聴いたときはびっくりした記憶がある。このアルバムでは、アラン・ブロードベント Alan Broadbent のピアノ伴奏だけで、どの曲もしっとりと語るように歌い上げている。いわばアメリカ風シャンソンの趣があって、小さなサロンで、彼女が目の前で歌っているような、非常に親密で不思議な感覚を覚えるアルバムである。トリスターノの弟子だったとは思えないような、歌に寄り添うブロードベントの非常に繊細なピアノも美しい。後年ダイアナ・クラールもカバーした<When I Look in Your Eyes>をはじめ、どの曲も素晴らしいが、個人的好みを言えば、やはり冒頭のごく短い<I like You, You’re Nice>の、語るがごとき歌唱が絶品だと思う。
ただ、これらの古いヴォーカル・アルバムは、どれもLPで聴くのとCD(データも)で聴くのとでは、やはり受ける印象がまったく違う(私は両方持っている)。LPで聴ける濃密な声や楽器の質感、場の空気が、どういうわけか電子化されると嘘のようになくなって、どこかさっぱりしてしまうのである。今のように、最初から音源を加工したりせず、アナログ盤を前提にしたほとんど手を加えていない録音なので、やはり音の鮮度が違う。LPレコードの人気が復活するのも当然だろう。特に昔のジャズ・ヴォーカルは、やはりアナログ盤で聴くと圧倒的に声がリアルになり、歌を聴く楽しみが倍化する。
ただ、これらの古いヴォーカル・アルバムは、どれもLPで聴くのとCD(データも)で聴くのとでは、やはり受ける印象がまったく違う(私は両方持っている)。LPで聴ける濃密な声や楽器の質感、場の空気が、どういうわけか電子化されると嘘のようになくなって、どこかさっぱりしてしまうのである。今のように、最初から音源を加工したりせず、アナログ盤を前提にしたほとんど手を加えていない録音なので、やはり音の鮮度が違う。LPレコードの人気が復活するのも当然だろう。特に昔のジャズ・ヴォーカルは、やはりアナログ盤で聴くと圧倒的に声がリアルになり、歌を聴く楽しみが倍化する。