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「秋の夜長をジャズヴォーカルで…」といったフレーズを昔はよく耳にしたものだ。今や完全に死語で、そうした日々が過ぎ去って久しい。(いまどきの秋の夜は、みんな何を聴いているのだろうか?)ただし当時から、その場合の ”ジャズヴォーカル” とは、普通は女性ジャズヴォーカルのことで、”男性” ジャズヴォーカルを指したものではなかった。そもそも聴き手が少ないジャズの中でも、いちばん人気がないのが男性ジャズヴォーカルだ、と昔から日本では言われてきた。基本的にジャズヴォーカルは英語で唄うので、まずジャズ歌手そのものの数が少ないし、意味の分からない英語の歌の仕事も日本ではあまりないので、職業としては苦しい。ジャズ好きは男が多く、女性ジャズファンの絶対数が少ないことも大きな理由の一つだろう。一方、女性ヴォーカルはいつの時代もそれなりの人気と安定した需要がある。ジャズ界でもビリー・ホリデイ以来多くのスター歌手がいるし、今でもダイアナ・クラールやノラ・ジョーンズ、メロディ・ガルド-のように、日本でも人気のある魅力的な女性ヴォーカリストは多い(だが11月のダイアナ・クラールの来日ツアー公演S席15,000円は、いくら何でも高すぎだろう。オペラなみ? 行こうと思ったが、高すぎてやめた)。
当然だが、アメリカには昔から素晴らしい(R&Bやポピュラーソングも唄える)男性ジャズヴォーカリストがたくさんいた。ルイ・アームストロング、ビリー・エクスタイン、フランク・シナトラ、メル・トーメ、トニー・ベネットなどが代表的歌手だが、日本では相当古くからのジャズファンを除けば、こうした男性ヴォーカルを好んで聞く人はあまりいないだろう。私も古今東西、ジャンルも男女も問わないヴォーカル好きだが、さすがに男性ジャズヴォーカルは持っているレコードの数も少ないし、滅多に聴かない。けれど、なぜかたまに無性に古い男性ヴォーカルのレコードを聴きたくなるときがあって、落ち着いた大人の男が唄う、古風だが、しかし今でも時にモダンに響く歌声を聴くと、女性ヴォーカルとはまた違う味わいがあって、しみじみと「いいもんだ」と思う。英語の歌詞の細部の意味は分からなくても一向に構わない。ジャズで唄った昔のスタンダード曲は、ほとんど原曲がポピュラー曲なので、愛だの恋だのといったありふれた言葉しか使っていないし、ジャズヴォーカルでは歌詞の細部よりも、声と歌い方の個性、それに伴奏を含めた全体の ”サウンド” が大事であり、いちばんの魅力だからだ(ただし、これは非英語圏の聴き手にとっての話で、歌手や演奏者にとって原曲の歌詞とその解釈はもちろん非常に大事だ)。歌詞の意味が理解できれば、より楽しめることは間違いないが、日本人リスナーがジャズヴォーカルを聴く場合、歌詞の意味がよく分からないがゆえに逆に癒される(つまり楽器ではなく ”人間の声による抽象的なサウンド” によって)、という不思議なヴォーカル世界を楽しめるのである。これが、分かりやすいメロディと、メッセージ性のある歌詞のコンビネーションが大事な他のポピュラー曲とジャズヴォーカルとの違いだろう。
男性ヴォーカルの私的好みは、どちらかと言えばフランク・シナトラ系の唄い上げるタイプ(キャバレー系)よりも、渋くしっとり唄う歌手だ。いちばんのお気に入りはナット・”キング”・コール Nat King Cole (1919 - 65)で、1951年に自己のピアノ・トリオを解散した後は、歌唱がポピュラー寄りすぎるという当時の批判に奮起したコールが、ゲストにホーン伴奏陣を迎えて全面的にジャズ色を出して唄った『After Midnight』(1957 Capitol) が、個人的には最高のヴォーカル・アルバムだ。ジャケットが象徴するように、軽快で、オシャレで、滑らかで気持ちのよい声と華麗なピアノで、1950年代の古き良きアメリカの姿が、そのまま音楽の中から聞こえてくるようなハッピーなレコードである。私が持っているCDは1987年の『Complete
After Midnight』で、<ルート66>、<キャラバン>、<キャンディ>他の当時のポピュラー曲も唄ったコールのヒット曲オンパレードだ。
もう1枚、コールのポピュラーシンガーとしての大ヒット曲<モナ・リザ>、<L・O・V・E>, <Paper Moon>、<枯葉> 他を中心に、ジャズ寄りからポピュラー寄りまで、様々なスタイルの歌唱と演奏を収録したゴージャスな『Unforgettable』(EMI) も素晴らしい。私が買った左記Deluxeバージョンには、1991年に娘のナタリー・コール Natalie Cole(1950 - 2015) が、時空を超えた仮想デュオで父親と共演し、リバイバル・ヒットした<Unforgettable>のトラックも追加されていて、文字通り忘れ難く素晴らしいレコードだ。今は当時の有名なヒット曲を中心にしたコンピレーションCDも他に何種類かリリースされているが、コールは何を唄っても素晴らしいので、どれを選んでも良いと思う。
もう1枚、コールのポピュラーシンガーとしての大ヒット曲<モナ・リザ>、<L・O・V・E>, <Paper Moon>、<枯葉> 他を中心に、ジャズ寄りからポピュラー寄りまで、様々なスタイルの歌唱と演奏を収録したゴージャスな『Unforgettable』(EMI) も素晴らしい。私が買った左記Deluxeバージョンには、1991年に娘のナタリー・コール Natalie Cole(1950 - 2015) が、時空を超えた仮想デュオで父親と共演し、リバイバル・ヒットした<Unforgettable>のトラックも追加されていて、文字通り忘れ難く素晴らしいレコードだ。今は当時の有名なヒット曲を中心にしたコンピレーションCDも他に何種類かリリースされているが、コールは何を唄っても素晴らしいので、どれを選んでも良いと思う。
モダン・ジャズ期の唄うジャズマンとして、一般的にまず思い浮かべるのはチェット・ベイカーChet
Baker(1929 - 88)だろう。『Chet Baker
Sings』(1954 Pacific) が何と言ってもいちばん有名だが、チェットのトランペットとヴォーカル、ラス・フリーマン(p)、レッド・ミッチェル(b)に、バド・シャンク(fl)とストリングスも加わった『Chet Baker Sings and Plays』(1955 Pacific)も、西海岸のジャズらしく軽快で非常に楽しめるヴォーカル・アルバムだ。どちらかと言えば、全体にリラックスできるこちらのレコードの方をむしろ好んで聴いてきた。アルバム冒頭のチェットのおハコ曲<Let’s Get Lost>もこれがたぶん初演だろう。このレコードはLPも所有しているが、コラージュを使ったジャケット・デザインも、ジャズっぽさと、チェットのムードがどことなく感じられて眺めていて楽しい。若きチェットの1950年代のアルバムは、どれをとってもトランペット、ヴォーカルの両方を楽しめる。
それから30年後の1986年にオランダで録音され、海外ではTimelessレーベルから『As Time Goes By』、『Cool Cat』として別々にリリースされた録音が、日本では独自の選曲による『ラヴ・ソング Love Song』(1986 BMG) というタイトルでリリースされた(当時「スイングジャーナル」誌のゴールド・ディスクに選定)。<I'm a Fool to Want You>、<You and the Night and the Music>、<As Time Goes By>他の、日本人好みのバラード系のしっとりした歌と演奏を集めたアルバムで、Harold Danko(p)、Jon Burr (b), Ben Riley (ds)とのカルテットによる演奏。ダンコは当時ヨーロッパでリー・コニッツ(as)と組んでいたピアニスト、ライリーは60年代にセロニアス・モンク・バンドのレギュラー・ドラマーだった人で、二人とも非常にシュアなプレイヤーだ。この録音は1988年に亡くなる直前の晩年のチェットなので、周知のように既に歯はなく、したがって歌の出来もなんとも言いようがないが、チェット・ベイカーに ”はまる” 人がいるのもわかるような気がする、独特のアンニュイで深い表現(それをある意味で陰鬱とか、鬼気迫るとか言う人もいるだろうが)にはなんとも言えない不思議な魅力がある。こういうジャズヴォーカルは、確かに他の歌手では聞けない世界である。スタン・ゲッツと同じく、ドラッグに依存した人生を歩んだ破滅型の白人ジャズ・ミュージシャンに共通する才気と音楽的魅力なのだろう。このCDは今は廃盤なので、中古しか入手できないようだ。しかし今はネットで根気よく探せば、ほとんどのレコードは入手できる。(配信による曲のバラ聴きでは、ミュージシャンのその時代における「作品」として作られた古いジャズ・アルバムの多くは、その本質と魅力を楽しめないように思う。)
それから30年後の1986年にオランダで録音され、海外ではTimelessレーベルから『As Time Goes By』、『Cool Cat』として別々にリリースされた録音が、日本では独自の選曲による『ラヴ・ソング Love Song』(1986 BMG) というタイトルでリリースされた(当時「スイングジャーナル」誌のゴールド・ディスクに選定)。<I'm a Fool to Want You>、<You and the Night and the Music>、<As Time Goes By>他の、日本人好みのバラード系のしっとりした歌と演奏を集めたアルバムで、Harold Danko(p)、Jon Burr (b), Ben Riley (ds)とのカルテットによる演奏。ダンコは当時ヨーロッパでリー・コニッツ(as)と組んでいたピアニスト、ライリーは60年代にセロニアス・モンク・バンドのレギュラー・ドラマーだった人で、二人とも非常にシュアなプレイヤーだ。この録音は1988年に亡くなる直前の晩年のチェットなので、周知のように既に歯はなく、したがって歌の出来もなんとも言いようがないが、チェット・ベイカーに ”はまる” 人がいるのもわかるような気がする、独特のアンニュイで深い表現(それをある意味で陰鬱とか、鬼気迫るとか言う人もいるだろうが)にはなんとも言えない不思議な魅力がある。こういうジャズヴォーカルは、確かに他の歌手では聞けない世界である。スタン・ゲッツと同じく、ドラッグに依存した人生を歩んだ破滅型の白人ジャズ・ミュージシャンに共通する才気と音楽的魅力なのだろう。このCDは今は廃盤なので、中古しか入手できないようだ。しかし今はネットで根気よく探せば、ほとんどのレコードは入手できる。(配信による曲のバラ聴きでは、ミュージシャンのその時代における「作品」として作られた古いジャズ・アルバムの多くは、その本質と魅力を楽しめないように思う。)