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2022/07/29

夏のオーディオ

夏のオーディオはあまり楽しくない。音が悪いからである。夏場はエアコンを使わざるを得ない日が多いので、まずエアコンが発する音そのものがどうしても気になる。我が家のエアコンはもう10年くらい使用しているので、なおさらだ。住んでいるマンションは立地、部屋の位置、間取りなど、オーディオ環境もかなり考慮して選んだ物件なのだが、皮肉なことに、外部ノイズに対する環境が良くなればなるほど、今度は内部で発生するノイズが気になるようになる。つまり部屋全体のSN比 (signal / noise) が悪化したように聞こえる。そうなると微妙な音の聞こえ方や、音質の違いがどうのこうの、などと言えるレベルの環境ではなくなるのだ。SNとは比率なので、原理的には再生音量(signal)を上げてやれば、対ノイズ比は向上し、相対的によく聞こえるようになるはずだが、一般家庭の環境ではそうそうスピーカーの音量も上げられない。さらに集合住宅の場合、夏場は自宅だけでなく各家庭のエアコン使用率が高いので、必然的にAC電源ラインに乗るエアコン由来のノイズが増える。そのせいで、「再生音場」の静けさに影響を与える背景ノイズ(バックグラウンド・ノイズ)も増えるので、やはりSNに影響が出て、音の「鮮度」が落ちる。

PS Audio Noise Harvester
ド素人なのに、なぜACノイズの存在が分かるかというと、大分前からPS Audioの "Noise Harvester" というノイズ・フィルターを2つ、別々の電源タップのコンセントに挿しているからだ。文字通りノイズを取り込んで(harvestして)それを光に変える、というふれ込みのフィルターで、原理や効果のほどはよく分からないが、ACノイズが多いと、それぞれが(目ざわりなくらい)派手なブルーのLEDランプを点滅させてノイズを「吸収する」(ことになっている)ので、「ああ今はノイズが多いのだ」と誰でも判断できる。事実、そういうときの音は明らかにクリアさに欠け、曇ったようになる(フィルターがなかったら、もっとひどいはず…ということになるが)。エアコンの他、蛍光灯、電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機、掃除機などから発生するノイズが影響することもよく分かる(使用中にランプが点滅するので)。自分の家で使っていなくても、隣近所がそうしたノイズをまき散らす機器を使っていると、青ランプが時に激しく点滅したり、ジーッと音がするほど点きっぱなしになることもある。これらのノイズの影響が少なく、ほとんどランプが点灯していないときは、明らかにSNが向上し、再生音場が非常に静かになるので、小音量でも細かな音がよく聞き取れ、見違えるように楽音のクリアさ、立体感等が向上して、聴いていて非常に「気持ちの良い音」になる。低域や高域がどうとか、音質が良くなるとか、そういうことよりも、「音場が静かになる(透明度が増す)」という点で効果があるというべき機器だ。

   マイ電柱
柱上トランスを自宅専用にする
長年こうした経験をしていると、いくら良い(高価な)機器を使っていても、一般家庭で楽しむオーディオとは、結局のところ「ノイズ制御」が肝心だということがよく分かる。真っ白なキャンバスを背景にして絵を描くか、薄汚れたようなキャンバスを使うか、という違いのようなもので、線や色彩(オーディオの場合は、音の輪郭、音色)と、背景とのコントラストに明らかな差が出てくるからだ。「マイ電柱」を立てて配電トランス段階から自宅専用回線にしたり、屋内に専用の「200V回線」を導入して100Vとは別回線にするとか、「家庭用バッテリー」を使うとか、昔からマニアが追及してきたACノイズ遮断のための大掛かりな方法もいろいろあって、もちろん効果はきっと大きいのだろう。しかし、私のような中途半端なオーディオ好きで、しかもマンション住まいの身では、家人を説得して、そこまでやる根性も知識も資金もないので、(大方のオーディオ好きはそうだろうと想像するが)何もしないよりはましだという結論で、せいぜいアイソレーション・トランスとか、電源コンセントとか、電源ケーブルとか、上記ノイズフィルターとかいった導入可能な機器を選び、自分なりに工夫しながら何とかノイズ低減対策をしてきたわけである(それすら「普通の人」からみると、わけが分からない行為だろうが…)。

私の場合、Mac主体のPCオーディオシステムなので、電源系統に加えて、音の起点となるPC本体から発生する信号経路へのデジタルノイズの影響も対策が必要になる。音の入り口なので、これは普通に考えられている以上に大きな影響がある(と思う)。MacBook Pro本体(再生時はバッテリーで駆動)、HDD/SSDの電源(外部アナログ電源化)、USBケーブルの選択(長さ、質)、MacからDDC/DACへのUSB給電方法(電源/信号分離)などいろいろと工夫して、何とかしてオーディオ回路へ影響を与えそうなノイズを極小化しようとしてきた。こうした細かなノイズ対策は、やればやるほど「音場が静かになる(見通しが良くなる)」ので、ド素人でもその効果のほどが分かるのだ。それでも、夏は電源系ノイズが侵入しやすいで、夏場の音はどうも気に入らない。

長年Macを使ってiTunes(データ管理)とAudirvana(再生ソフト)という組み合わせで再生してきたが、設定をあれこれいじっているうちに、歳のせいか、うっかりAudirvana側ではなく、いつの間にかiTunes側の再生で聴いていることが時々ある。もっさりしたメリハリのない音なので、今日はノイズがひどいなと思っていると、実はiTunes側で再生していた、という経験が何度かある。それくらい音が違うので、PCオーディオの場合「再生ソフト」の質は非常に重要だ。アナログの音の入り口であるターンテーブル、アーム、カートリッジの質と同じである。当初はMac専用ソフトだったAudirvanaだが、やがて"Plus" へヴァージョンアップし、その後はWinにも対応した。さらに昨年ストリーミングに対応するサブスク型の "Studio" へと変遷してきたが、今年になって、ローカルファイル専用で、かつサブスクではない買い切り型の "Audirvana 本(もと)" を日本専用にリリースして、いわば「先祖返り」した。私が使っているのは、原点とも言える買い切り型の "Audirvana Plus" で、確か当時日本円で7,000円台だったと思う。何でもかんでも「コスパが…」とかいう今の風潮は嫌いだが、それに従えば、オーディオという高額になりがちな趣味の世界で、これほど「コスパの高い」ソフトはないと思う。

山下達郎 「Softly」
「ストリーミング&サブスク」という、主流となりつつある音楽配信市場に関しては、ライヴを再開し、アルバム『Softly』をマルチ・パッケージで発売し、自作品は死ぬまでサブスクのチャネルには載せないと最近コメントした山下達郎のミュージシャンとしての思想に深く共感した。つまり音楽制作者側ではなく、音楽表現行為に一切関わっていない外部のサービス業者が最大の果実を受け取る、というビジネス構造への疑問である。配信は、新譜紹介など、昔のラジオが果たしていた機能をもっと便利にし、完全有料化したものと考えられなくはないが、関心を持った音楽を個人が入手するために、CDやLPなど何らかの音楽パッケージを購入するチャネルは、音楽家を擁する音楽制作・販売会社・レコード店など、別のビジネスだったのだが、デジタル化が根本的にその構造を変えてしまった。現代の配信ビジネスは、ごく限られた数の大資本がサブスクによって顧客を囲い込み、ビジネス全体を一手に支配してしまうのだ(これはDAZNなどスポーツ配信なども同じだ)。

そこには、常に「消費」を促す便利なサービスの介在が利用者の選択肢を狭めるという基本的問題に加え、その音楽を愛するがゆえに「自らの意志で」音楽パッケージ(CD、LP、テープ等)を購入してきた聴き手と、創り手であるミュージシャンとの間に存在してきた「見えない絆」を断ち切ってしまうのではないかという危惧もある。音楽配信は、世界中「いつでもどこでも音楽を垂れ流す」ことによって、音楽のもっとも大きな存在意義だった、個々の音楽家と聴き手を直接結びつけてきた関係を崩壊させ、ひいては音楽そのものの「消費材化」をますます加速することになる――という危惧を本能的に感じている音楽家や音楽ファンも多いのではないかと想像する。いったい音楽とは誰のために、何のために存在しているのか、という根本的疑問である。「個人が選択し、所有する音源」を聴くことの意味を再認識したり、ジャンルに関わらず、リアルな「音楽共有体験」を提供するライヴの場が増えてゆくのは当然だろう。

好きな音楽やミュージシャンを自分の意志で選び、気に入った音源(音楽パッケージ)を自分で探し、対価を払ってそれらを購入し、その音楽を最良と思える音で再生し、味わい、そこに込められた音楽家の意志や思想を聴き取る――という、かつては当たり前に行なっていた音楽を楽しむための一連の作業は、便利だとか速いとかいった実利の尺度とは何の関係もない、今振り返れば実に「ぜいたくな行為」であった(それゆえ「趣味」として成立していたのである)。今やYouTubeでもApple Musicでも、こちらが頼んでもいないのに、AIがお勧めの音楽や曲を「リスト」にして次から次へと勝手に提案してきて、勝手に再生し始め、CMなしにもっと快適に聞きたければ金を払え、と迫る。大きなお世話だ、ほっとけ、自分で選ばせろ、と思いつつも、人間というのは、やがてそのイージーさに慣れると、いつの間にか向こうの提案を口を開けて待っているのが普通の状態になるのだろう(こうして単細胞化がますます進行する)。

それやこれやで、オーディオ的には暑い夏場はあまりやる気が起こらない。昼間のオーディオはほどほどの音で聴き、夜ベッドに寝転んでいるときは、やむなくイヤフォンで聴くしかないので、iPhoneでYouTubeの音楽を聴くことが増えた。そこで山本潤子の楽曲をiPhoneで聴いているうちに、あの美しい声は圧縮音源ではなく、もっといい音で聴いてみたいという欲求が起きてきて、ついでにジャズやJ-POPの手持ちのiTunes の楽曲も、久々にiPhone側に転送してみる気になった。iPod時代は定期的にやっていたのだが、そもそも外出することが減ったし、iPhoneを使うようになってからは、イヤフォンで音楽を聴くこともなくなったからだ。今はAppleがMac/iTunesのサービスを終了してMusicに変わっているが、そもそもの基本機能だった音楽データ管理に使うかぎり、長年使い慣れたiTunesは、音楽ファンにとっては、やはりよく練られた使いやすいソフトなのだ。

iTunesに保存してあるオリジナルデータは、XLDを使って非圧縮のAIFFで手持ちのCDからリッピングしているので当然データ量は大きく(50MB/曲くらい)、そのままだと音は良いが、大した曲数は転送できない(大容量のiPhoneを使えばいいのだが、そこまでやる気はない)。「適度に」圧縮したデータに変換して転送する方法が必要になるが、いろいろ調べたところ、なかなかこれといった参考情報が見つからない。今はみんな、クラウドやストリーミングで、元々圧縮された音源をそのまま聴くのが主流になっているので、昔ながらの「非圧縮データをPCから転送する」といったニーズが少ないからなのだろう。しかし、MP3などの圧縮音源は確かに軽くて便利ではあるが、私見では、やはりスカスカだったり、不自然な音が多いように思う(これは聴く人の「音」への姿勢と感度次第。それとイヤフォン、ヘッドフォンなのか、スピーカーなのか、でも違う)。音楽のジャンルにも依るが、特にJ-POPなど、ポピュラー系の音楽は最初からデジタル加工しすぎて、元々の音がつぶれたようなものが結構多いので、それを圧縮したり2次加工すると、さらに音が劣化するものと推察される(特に80年代など、デジタル化初期のCDなどがひどい。またミニコンポやラジカセ再生が流行した時代のCDもそうだ。同じ時代の楽曲でも、リマスターなど、改善され再発されたCDなどを聴くと、その差がよく分かる)。

外部ソフトを使えば簡単にデータの変換ができることは分かったが、Macは自己完結的に何でもできるように設計されている優秀なコンピュータなので、ド素人なりにさらに調べてみた。その結果、iTunesのAIFFファイルをAACに圧縮変換してMac内に(追加)保存する方法もあるが、元のAIFFデータをiTunesからiPhoneに転送(同期)する時、手動設定でビットレートを任意に決めてAACに圧縮できる方法があることを知った。まあ結局は圧縮なので、音質が劣化するのは仕方がないが、手持ちのファイルから、自分で曲(プレイリスト、アーティスト、アルバム、曲など何でも選択可能)やビットレート(圧縮率)を自由に選択できるところが気に入った。AACの128kbpsだと、やはりスカスカ感があったので256kbpsで転送したところ、イヤフォンならまずまず許容できる音になった(スピーカーではダメだろうが)。この、必要なら自分でデータ圧縮条件を変えて、iPhoneのデータ容量に応じて転送できる、という自由度があるところがいい。それで、よく聴いているジャズやポップスの楽曲を選んでiPhoneに数百曲ほど転送し、夜寝るときにはそれらを聴いて、快適に楽しんでいる。暑い夏は、こういう気楽な聴き方で過ごすのがちょうどいい。しかし快適すぎてそのまま眠ってしまい、イヤフォンのコードが首に巻き付いて、何度か夜中に苦しくて目が覚めたので、仕方なく初の「コードレス・イヤフォン」を入手してみたが、今度は、朝起きると、ベッドのどこかに転がってしまって、見つからない。夏のオーディオはどうやってもやはり面倒くさい。