時代は移っても、人間のやることに、たいして変りはないということでもある。江戸時代の強盗団組織も、盗人(ぬすっと)大親分の下に主要な手下、手配師、つなぎ、実行犯他の階層を持ち、その組織を通じて「おつとめ」(犯行)ごとに「実行犯」を全国からかき集め、足がつかないように犯行後は一旦解散して、犯行のたびに離合を繰り返した。大金を保有している狙いを定めた大店(おおだな。主として商店)など、犯行先の保有金品の総額、保管場所、家屋内の間取り、家族人員構成、生活パターンなどの詳細情報を事前収集するための「情報屋」や「仕込み」(「引き込み女」―女中、嫁などを1年以上前から店に潜入させる)や、さらに蔵の錠前の合鍵作りを頼む鍵師、屋敷の設計や工事を担当し、間取りを知る大工など特殊技能を持った人間――等々による巧妙な犯罪者ネットワークを組織していた。
大きな「おつとめ」の場合は、数年かけて周到に下見を行ない、戦略と計画を練った上で、犯行の直前に「盗人(ぬすっと)宿」と言われる旅館(もちろん仲間)に一同が集まり、当日(夜)一気に大店を襲う。鬼平側は対抗策として、この盗賊団の動きを事前に察知すべく、鬼平配下に元盗賊で裏世界に通じた「密偵」を置き、彼らを使って強盗団の情報収集をする。盗賊にもそれぞれポリシーがあり、「犯さず殺さず」をモットーに、人的被害を最小限にして金品だけをいただくのが最高の仕事とする職人肌の大親分もいれば、流れ者の実行犯を集めて、ろくに事前準備もしない荒っぽい「急ぎ働き(いそぎばたらき)」(押し込み強盗)で、平気で人を何人も殺して金品を奪う悪質な強盗もいた。
報道されている限り、このルフィ一味の手口を見ると、明らかに「オレオレ詐欺」「振込詐欺」など特殊詐欺犯罪の延長にある。特定のターゲット(主に老人)と、金品の保有額、家族構成やその周辺情報を精密に入手、分析し、「かけこ」や「うけこ」といった実行犯の役割を分担し、それらを巧妙に使って、いかにしてうまく「だまして」金をせしめるか――という、ある意味穏やかな(?)知能組織犯罪だったのが、詐欺情報が世の中に広まるにつれて、徐々に防御策を講じられて成功率が下がり、幹部も逮捕されたりする。しかし、この過程で集積してきた「犯行ターゲット情報」は組織主導者の手元に残されており、情報収集のノウハウも進化していただろうし、その後も金を使って情報屋の数と手段を増やして、ターゲット情報そのものは質量ともにさらに深化していることだろう。おまけに実行犯を集めるのは、ますます簡単になっている。そうして集積した情報と組織を使って、今度は詐欺ではなく、相手を殺しても確実に金を奪う、より荒っぽい「急ぎ働き」の手口(それもリモートコントロール)に変質してきたということだろう。
まさに「いつの世にも悪は絶えない」で、一定の割合で、どうしようもないワル(悪党)はいつの時代も存在する。特に「悪事」を想定した「新テクノロジー」への悪人の興味と反応は昔から素早く、現代では犯罪ツールとしての応用のみならず、SNSを使った実行犯の若者を対象にした闇バイト募集など、自然に、簡単にその種の人間が集まるようになった。テレビドラマの「鬼平」の江戸時代の盗賊団の手口(その計画性、組織的行動)には驚いたものだが、頭の良い悪党ほどタチの悪いものはないのだ。今度もそうだが、末端の実行役が捕まろうが痛くもかゆくもないと豪語している元手配師もいるし、フィリピンのように海外逃亡どころか、拘束されても平気で現地に根付いて、のうのうと生きている連中なのだ。こうして国境を楽々と越えて網の目のようにつながる犯罪ネットワークへの対抗策と、首謀者、責任者の摘発と妥当な量刑の適用など、デジタル犯罪時代に対応した情報力、機動力を持つ強力な現代版「火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)」の機能と、その業務を支援し、犯罪者を罰する法規制の改革が、急務だろう。
平和な世の中で生きてきて防犯意識が薄く(人を信じやすく)、デジタル社会に乗り遅れ、今後も増え続ける情報弱者の「団塊の金持ち老人」たちは、彼らにとって格好の犯行ターゲットであり、今後も同種の輩と犯罪は後を絶たないだろう。その背後には当然暴力団組織の存在もあるのだろう。金が有り余っていたひと昔前のようには、またコンプライアンスのゆるかった時代のようには社会の富の分け前に預かれなくなって、食い詰めたヤクザや半ぐれの予備軍が増加しているのは間違いない。この30年間、世界的に見てもデジタル化が遅れた日本で、いちばんそのデジタル技術を活用しているのが悪質な強盗団ではシャレにもならない。本当に日本は、かつてなくイヤな世の中になりつつある。