マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンのように誰もが知っているジャズの巨人については、邦訳書を含めてこれまでも数多くの本が日本国内でも出版されています。しかし知名度や商業的観点からはマイナーな存在であっても、創造的な素晴らしいミュージシャンはジャズの世界にはまだたくさんいます。アルトサックスの巨匠リー・コニッツ (1927-) の自伝的インタビューから成る私の前訳書「リー・コニッツ ジャズ・インプロヴァイザーの軌跡」(DU BOOKS 2015年)もそうですが、日本ではあまり知られていないジャズの世界、あるいはジャズ・ミュージシャンの人生や音楽を取り上げた海外の優れた書籍を日本語で紹介し、日本のジャズファンに読んで楽しんでもらうことには21世紀の今でも意味があると思っています。「即興演奏」が命のジャズには、「出て来た音がすべてだ」という考え方もありますが、一方で「自由な個人」の音楽でもあるジャズは、ミュージシャン個人の音楽思想や人生を知ることで、その人固有の音楽世界をより深く理解し楽しめることもまた事実です。今年90歳を迎えるリー・コニッツは、来る9月初めの「東京ジャズ」(NHKホール)にも出演が決定しているそうです。2013年の出演に続くものですが、おそらく最後になるかもしれない今回の来日実現にも、この本による日本でのコニッツ再評価がいくばくか寄与しているかもしれないと思っています。
ジャズ・ピアニストにして作曲家でもあるセロニアス・モンク(1917-82)は、コニッツに比べると世界的知名度も高く、また日本でも従来からジャズの巨人として認知されています。モンクとその独創的音楽の魅力を描いた伝記やエッセイは、海外ではモンクの没後いくつか書かれていますが、一方音楽家、人間としてのモンクは誰よりも多くの神話と伝説に満ちた人物でもあり、信頼性の高い情報が限られていたこともあって、これまでその真の姿はアメリカ国内でも正確に理解されているとは言えませんでした。ロビン・ケリーの原書は、その人間モンクの実像と魅力に迫ることに初めて挑戦した伝記で、モンクの生涯を追った著者の14年間に及ぶ研究過程で発掘した多くの新情報や事実を駆使して、知られざるモンクの姿を浮き彫りにしたことによって、2009年の初版以降米国では高い評価を得て来た書籍です。この興味深い本を日本のジャズファンにもぜひ読んでもらいたいと思い、著者の許諾を得て、約1年かけて600ページの原書を翻訳し、昨年夏にはほぼ完訳していました。しかし、この出版不況下では、長大な原書ゆえ大部となった日本語完訳版の出版に挑戦してくれる出版社がなかなか見つからず、やむなく昨秋著者に状況を説明し、一部を割愛した短縮版とすることを承諾していただきました。しかし、それでもその長さゆえに難しいとする出版社が多く、邦訳書の出版は半ばあきらめかけていました。幸いなことに、最終的にシンコーミュージック様がその短縮版を取り上げてくれることになり、ようやく出版の運びとなったものです。この間、出版の世界のことも多少学びましたが、リー・コニッツの本も、今回のモンクの本も、こうした分野や視点に関心を持ち、出版の意義を理解していただける編集者がいなかったら、いずれも邦訳書として世に出ていません。音楽書にとっては厳しいビジネス環境ですが、訳者として、そういう方々がまだ出版界におられることに感謝しています。
ジャズ・ピアニストにして作曲家でもあるセロニアス・モンク(1917-82)は、コニッツに比べると世界的知名度も高く、また日本でも従来からジャズの巨人として認知されています。モンクとその独創的音楽の魅力を描いた伝記やエッセイは、海外ではモンクの没後いくつか書かれていますが、一方音楽家、人間としてのモンクは誰よりも多くの神話と伝説に満ちた人物でもあり、信頼性の高い情報が限られていたこともあって、これまでその真の姿はアメリカ国内でも正確に理解されているとは言えませんでした。ロビン・ケリーの原書は、その人間モンクの実像と魅力に迫ることに初めて挑戦した伝記で、モンクの生涯を追った著者の14年間に及ぶ研究過程で発掘した多くの新情報や事実を駆使して、知られざるモンクの姿を浮き彫りにしたことによって、2009年の初版以降米国では高い評価を得て来た書籍です。この興味深い本を日本のジャズファンにもぜひ読んでもらいたいと思い、著者の許諾を得て、約1年かけて600ページの原書を翻訳し、昨年夏にはほぼ完訳していました。しかし、この出版不況下では、長大な原書ゆえ大部となった日本語完訳版の出版に挑戦してくれる出版社がなかなか見つからず、やむなく昨秋著者に状況を説明し、一部を割愛した短縮版とすることを承諾していただきました。しかし、それでもその長さゆえに難しいとする出版社が多く、邦訳書の出版は半ばあきらめかけていました。幸いなことに、最終的にシンコーミュージック様がその短縮版を取り上げてくれることになり、ようやく出版の運びとなったものです。この間、出版の世界のことも多少学びましたが、リー・コニッツの本も、今回のモンクの本も、こうした分野や視点に関心を持ち、出版の意義を理解していただける編集者がいなかったら、いずれも邦訳書として世に出ていません。音楽書にとっては厳しいビジネス環境ですが、訳者として、そういう方々がまだ出版界におられることに感謝しています。
原書の概要は本ブログ2月度のモンク関連記事(モンク考)他に書いてありますので、興味のある方はそちらをご覧ください(邦訳版巻末の「解説」は、このブログ記事を基にしています)。著者ロビン・ケリー氏(UCLA教授)は米国史を専門とするアフリカ系アメリカ人の歴史学者ですが、学者とはいえ、自ら楽器も演奏し、またジャズを含めたブラック・ミュージックへの造詣も深く、これまでも様々なメディアに寄稿するなど、深い音楽上の知識を持った人物です。したがって著者は、ジャズ音楽家モンクの個人史に、自身の専門分野でもあり、かつジャズと不可分の米国黒人史を織り込むという基本構想の下にこの本を執筆しています。原書では、かなりの部分をそうした歴史的事例の記述にさいているために、ジャーナリストや作家が書いたジャズ・ミュージシャンの一般的伝記類とは趣が少し異なりますが、あくまで事実を重視した学者らしい豊富な史料と正確な記述で、モンクの実像を描くことに挑戦しています。邦訳版は、読者が日本人であることと、上記出版上の制約もあり、著者のご理解と了承をいただいた上で、原書の意図を損なわない範囲で、主として黒人史に関わる詳細な記述の一部を割愛し、ジャズと、モンクの人生、音楽を中心にした音楽書という性格がより強い本となっています。しかし、それでも全29章、704ページに及ぶ長編ノンフィクションとなりました。
本書はまたモンク個人の人生と音楽だけでなく、1940年代初めのニューヨークのジャズクラブ「ミントンズ・プレイハウス」に始まるモダン・ジャズの歴史を俯瞰する視点でも書かれており、特にモンクがその歴史上果たした役割と音楽的貢献にも光を当てています。これはチャーリー・パーカーを中心とした従来のモダン・ジャズ創生史では見過ごされて来た側面であり、音楽家として苦闘し続けたモンクの真の独創性をおそらく初めて具体的に描いたものです。また、その過程で生まれたモンクと多くのジャズ・ミュージシャンたち(エリントン、ホーキンズ、ガレスピー、パウエル、ロリンズ、ブレイキー、マイルス、コルトレーン他)との様々な人間的、音楽的交流も描いており、これらの中には従来日本ではあまり知られていない興味深い事実や情報も数多く含まれています。そして何よりも、モンクの魅力と同時に、本書は一人の天才音楽家を支えていた家族、親族をはじめとする周囲の人たちも描いた温かい人間の物語でもあり、歴史的、客観的視点を貫きながらも、本書の行間からは、人間セロニアス・モンクに対する著者の深い尊敬と愛情が滲み出ています。長い読み物ですが、モンクファンのみならず、ジャズに興味のある人たち誰もが楽しめる物語ですので、ぜひ読んでいただけると嬉しく思います。
- 以下は邦訳書「セロニアス・モンク 独創のジャズ物語」全29章の目次です。
ノースカロライナ州における19世紀奴隷制時代のモンクの曽祖父の話から始まり、誕生から死に至るまで、モンクの生きた年月に沿ってその波乱に満ちた生涯を辿った物語です。
ノースカロライナ / ニューヨーク / サンファンヒル / 伝道師との旅 / ルビー・マイ・ディア / ミントンズ・プレイハウス / ハーレムから52丁目へ / ラウンド・ミッドナイト / ビバップ / ブルーノート / キャバレーカード / 何もない年月 / 自由フランス / プレスティッジ / リバーサイド / コロンビーとニカ / クレパスキュール・ウィズ・ネリー / ファイブ・スポット / 真夏の夜のジャズ / タウンホール / アヴァンギャルド / 再びヨーロッパへ / スターへの道 / コロムビア / タイム誌と名声 / パウエルと友情 / アンダーグラウンド / ジャイアンツ・オブ・ジャズ / ウィーホーケン